「……私免許持ってないです」
(それにしても、なんでこんな平和な時代に護衛依頼なんだ……? 専門の業者に頼んだ方が安心できるだろうに)
『いずれにせよ、やることはやりましょう』
(わかってる。ライレンは周囲を)
【了解です】
出ていったライレンを見送りながら少し目を細める。それを睨まれたと勘違いしたのか、
「ちょっと、キモいんだけど」
「そうですか」
今日はよく年下に叱られる。
まぁ、基本周囲は年下なので誰に怒られようが動じないリシャットである。
本人も全く気にしないので柳に風状態だ。
リシャットは周囲に気を配るが手紙から感じた血の臭いはしない。ここで書かれたようではないようだ。
「いい? これからテレビ局にいくから絶対に邪魔しないでよ」
「?」
理解していないリシャットに再び物が飛んでくる。それを難なく避けるリシャットが気に食わないようだ。
「あんた本当に使えないわね! 早く車出しなさいよ」
「……私免許持ってないです」
「はぁっ⁉」
車よりも早く移動できるので実際必要になったことがない。それどころか実年齢は10歳である。
「その年になって免許ないとかマジであり得ないんだけど」
「必要になったことがないので」
精一杯睨んでもさらっと流す(そういうことに慣れてしまっているので)リシャットに嫌気がさしたのか。
「もういい! 着いてこないで!」
「そういわれましてもそういう契約ですので」
「じゃあ逃げてやる!」
ドアが悲鳴をあげた。
「これは中々に難しい………会ったときのお嬢様よりキツいな」
『早く追いましょうよ』
「ああ」
部屋の鍵が全て閉まっている事やゴミなんかも綺麗に片付けて部屋を出るリシャット。ライレンがついていっているのでここまで楽観視しているのだ。
それにしてもマイペースである。
「あの人の臭いは……こっちか」
軽く常識の範囲内で走って外に出ると臭いが途切れた。
『車を使ったようですね』
(だな。だがライレンがいるなら場所は判る)
意識を集中し、場所を突き止めた。ライレンとリシャットは契約を交わしているので何となく居場所が判る体質なのである。
「走った方が速いか」
周りから認知できないよう魔法をかけ、ビルの隙間を蹴って屋根を伝い、縦横無尽に走り回る。
ルートを逆回りしたら本人よりも早くついてしまった。
魔法を解除し入り口の横で立つ。道行く人が奇っ怪なものを見る目でリシャットを見ながら通っていく。
長身でスーツを着たあからさまに外国人の風貌のパッと見長髪の男性はとんでもなく目立ってしまうのだ。
しかも無表情でただ立ってるだけなので余計に人形に見える。
「な、なんでここに……⁉」
「テレビ局にいくから、と仰っていたので先に」
「なんで私より速いのよ⁉」
「ですから、車が必要になったことがないと申しましたでしょう?」
話が噛み合わない。それはもう、見事に。流石は天然記念物である。
「ちょ、きなさい‼」
人の目が集まってきそうだと瞬時に判断したのかリシャットの手をとって楽屋に入った。
「1から説明しなさい。あんたは何者なの」
「リシャット・アルノルドです。貴女のお母様からボディガードを頼まれました。普段はとあるお屋敷で執事を勤めさせていただいております」
そういって完璧な礼をして見せるリシャット。
「ちょっと待って。ボディガード?」
「そう伺っております」
「マネージャーでしょ?」
「いえ」
ここでやっと解ける誤解。
「なんでボディガードなんか」
「私にも知らされていません。が、なにかしら切羽詰まっているご様子でしたので」
「お母さんが?」
「ええ」
嘘じゃないでしょうね、と念を押してくるがそれはこっちの台詞だと言いたい。
「まぁ、それはわかったわ。じゃあ次の質問。どうやってここに来たのよ」
「? どうやって、ですか」
「私タクシーで来たのよ? 電車とかじゃ絶対に間に合わない距離だし、車もないんでしょ」
「走ってきました」
「は?」
「走ってきました」
嘘を言っても仕方がないとそう告げるリシャット。
「馬鹿なの?」
「それは私が判断することではないかと」
「じゃあ馬鹿なのね」
「そうですね。貴女が思うならそうなのでしょう」
すると突然近くのグラスを叩き割った。
「?」
「誰か助けて‼ 変な人が楽屋に押し入ってきたの‼」
なんという古典的な手だ、と馬鹿正直に感心するリシャット。
というか、本当に馬鹿なのかもしれない。
「あの、叫んでもいいですが聞こえないようになっていますよ?」
「………は?」
グラスの破片を集めてなにやら呟く。
その瞬間に逆再生をするかのようにグラスが元通りになっていく。
「かけてるところはないな……よし。お怪我はございませんか?」
「な、なによ今の……? え? え?」
「さぁ、なんでしょう。それよりお時間大丈夫ですか?」
どこまでも天然記念物な人である。
「あ、この事は内緒で。まぁ、バラしたところで誰も信じてくれないでしょうけど」
にこやかにそう言うリシャット。ここにきて初めての笑顔だった。
「ヒッ……!」
「それでは、何かあったらお呼びください。部屋の外に出ていますので」
すたすたと出ていくのを、ただ見送るしかできなかった。
リシャットは部屋から出て張り紙に書いてある名前で初めて本当の依頼主の名前を知った。
「平崎……莉乃さん」
これがリシャットと平崎の邂逅だった。そして事態は思わぬ方向へと雪玉のように転がっていくことになる。




