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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「即答⁉」

 雨がここ最近ずっと降り続いている。


「じめじめする」

「我慢です。はい、次の問題」

「そうですね、じゃあ気分晴らしに遊びにいきましょうか。とか言ってみたらどうなのよ」

「魂胆がみえみえですよ」


 むすっとした表情で鉛筆を動かす美織。リシャットはその少し後ろで立って美織の解き方が間違っていないか確認している。


「リシャット」

「なんでしょう」

「遊びにいきたい」

「遊ぶ、というのはどのようなものを指すのでしょうか」

「あんたの頭鉄でできてるんじゃないの?」


 実はこの発言、割りと本気で言っていたりする。


 白亜だったときは遊んでいる暇などなかったし、そもそも子供時代はほぼほぼ記憶にない。勉強した内容は覚えているのだが日常生活が頭からすっぽりと抜け出てしまっているのだ。


 そしてシュリアとハクアの時はそもそも文化が違う。


「昔遊んだことなかったの?」

「白亜の時ですか」

「うん」

「それが全く思い出せないんですよ………周りにも自分にも興味なかったので………」


 子供らしからぬ思考回路である。


「あ、でもいじめは受けてたと思います。あの時はそれがいじめだとは理解していませんでしたけど」

「どういうこと」

「持ち物がゴミ箱に入っていたときは自分がゴミ箱の近くに落としてそれを誰かがゴミと間違えて捨てたのかな、と。甘ったるいお花畑みたいな頭のなかでしたから」

「甘ったるいお花畑………」


 その頃すでに人間不信なのでその言い方は語弊があるかもしれない。


「ねぇ、リシャットの白亜だった時の話、聞かせてよ」

「特に面白いこともありませんし、そもそも覚えていないことが多いのでお話しできるかどうかといわれると」

「いいじゃん。じゃあさ、好きな食べ物は?」


 それ、白亜の時と限定しなくてもいいのではないだろうか。


「好きな食べ物……好き? …………好きですか………」


 まさかの好物不明。


「じゃあ嫌いなのは?」

「………大抵のものは無理矢理口に入れていたので好きだとか嫌いだとか考えたことあまりないかもしれません」

「無理矢理?」

「食事を摂れなかったことも多かったんです。時間的な余裕も金銭的な余裕もあまりなかったので」

「お金はわかるけど、時間的な余裕って?」

「絵を描いて収入源にしていたのでそれの製作ですね。納得がいった絵しか売らないと決めていたので最後まで描いて結局棄てた作品も多いです」


 この頃から職人気質だったようだ。気づいたら朝だったとかよくあることである。


「じゃあさ、友達は?」

「いませんね」

「即答⁉」

「そもそもいじめられている時点で友達を作るのは絶望的だと思います」

「え、えと、ごめん」

「気にしてないので大丈夫です。はい。次のページ」


 リシャットは言葉遣いの乱暴さや目付きから初対面では怖がられがちだが、素直で人を惹き付ける天性の才能とも呼べるカリスマを持っている。……本来なら。


 両親が殺されなければきっと明るく素直で少し天然な人になる筈だったのだろう。逆に言えばそれをひっくり返してしまうほどの衝撃だったというのは容易に想像できる。


 昔の白亜を太陽とするなら、その後の白亜は茨だろう。入ってくる者には一切の容赦をしない鋭い棘だらけの壁を常日頃から周囲に張り巡らせて、自分も近付かないし誰も近付かせない領域を作り、太陽の光を完全に塞いでしまっている状態だ。


 だから棘が刺さることを覚悟で踏み込む者だけが白亜の本当の明るさに気が付くことしかできない。


 底抜けに優しいからこそ人を寄せ付けないように茨を張り巡らせるのだ。


 本当に嫌なら近付いてきた瞬間にナイフで刺してしまえば良い。それなのに傷はついても本当の意味での殺傷性はない棘を使用している。だからこそ、茨なのだ。


 本当に困っている人の助けを聞き入れるために。


『そろそろお時間です』

「そうか………お嬢様。今日はここまでにいたしましょう。続きはまた明日」

「いいけど、用事?」

「はい。では失礼いたします」


 音も立てずに去っていった。









「なんか疲れた……」


 電車に揺られながら溜め息をつき、文庫本を閉じる。そろそろ降りなければ。


 眉間を指でグリグリと押しながら扉が開くのを待つ。目の前にライレンが顔を見せてきた。


(なんだよ)

【お疲れですね。霊薬でも作りましょうか?】

(う、胡散臭い)

『私もそれ思いました』

【酷くないですか】


 ドアが開き、人が流れていく。今は子供の大きさなので普通に流されるが、もうこれは仕方ない。諦めて人の波に乗る。


 その瞬間、人の脚の間から反対側のホームが見えた。そこに、誰かが落ちたのも。


「ライレン!」

【子供です! 頭を打ったようで意識はありませんが息はしています!】


 人混みなど関係ないライレンがいち速く様子を見に行った。反対側のホームにはほぼ人がいない。かなり遠くに数人いるだけで、誰も気付かない。


「っ、通して、ください!」


 全然前に進まない。上に飛ぶにしても一瞬のためは必要だし、天井が低すぎて飛び上がる場所もない。


 かといって人を撥ね飛ばして進んだら今度はこちら側の人が転びそうだ。


 リシャットの耳は走ってくる電車の音に気が付いていた。非常用ボタンが押せれば良いのだが、遠すぎるし背が届きそうにない。


「抜け、たっ!」


 子供の体だったために何とか抜け出すことに成功した。


 非常用ボタンを押している時間がもったいない。直ぐに駆け出すがあまり急ぐと自分のスピードに理解が追い付かないことになるので壁に突っ込んでしまう危険がある。


 飛び降りてかなり乱暴に掴んだ時にはもう電車は見えていた。あちらもこちらに気づいたようで急ブレーキがかかっているようだが絶対に止まれない距離にいる。


 だが、リシャットにしては問題ない時間だ。


 直ぐ様方向を切り替えてホームに上がる。数瞬後に電車が後ろを通りすぎていった。


「間に合った………」


 脈もちゃんと動いている。頭も打っているが直ぐに目を覚ますだろう。


【お疲れ様です】

『カッコ良かったですよ』

(こんなときに茶化すな………それより大事になったな)


 未だに状況を理解していない人もいたが、電車が緊急停止したことで大きな音がしたためにホームにどんどん人が集まってきていた。


 写真を撮られないように妨害しつつ、子供に目をやる。


 この子の保護者はどこにいるのだろうか。リシャットは落ちる瞬間を見ただけなので親がいたかどうかは覚えていない。

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