「白亜、だから?」
「おう、ねーちゃん。元気か?」
「ねぇねぇ、こっち見てよ、話せるお姉さん!」
「ちょっとちょっと、無視しないでくださーい」
「あー、聞こえる人? 聞こえる人だよね? お話ししようよー」
あちらこちらから声が聞こえる。空だったり地面だったり、真横だったりから、とてつもない音量の声の爆弾のようなものが清水の耳に突き刺さる。
「どうだ、慣れたか」
「慣れるわけないじゃないですか………」
「だから言ったろ、覚悟してって」
「タイミング遅すぎます」
しれっとした顔で悠々と歩くのは勿論リシャットである。嵌められたにも関わらず、その顔を綺麗だと思ってしまう自分が腹ただしい。
「なんで私まで」
「いや、まず人間があの場所にいたらそりゃ少しはなにか支障をきたすことがあってもおかしくないだろうし」
「それ入る前に言って欲しかったです」
ガンガンと頭に響く声に顔をしかめながらリシャットの後ろをついていく。
「っていうかリシャットさんもこれ聞こえてるんですよね?」
「清水の50倍くらいの音は聞こえてると思うぞ。そのぶん声の量も増える」
「なんでそんな平然としてられるんですか」
「慣れた。初日は記憶ないけど」
「え………」
まさかの気絶で一日を終えていたということに驚く清水。
清水は今現在、一時的にではあるが動物の声が聞こえるようになっていた。リシャット曰くあと二、三時間で治るらしいがこれが案外辛い。
動物の方はなぜか清水が言葉を理解していることをわかっているようで、あったら必ず話しかけてくる。また、全ての動物の言葉が聞こえるのでアリの大行列とか耳が壊れるかと思った。
そんなこんなで耳を押さえながら歩いて数十分。
「なんか久しぶりな気がします」
「居なかったの二日だけどな」
学校についた。ボッコボコになっているグラウンドを見ないようにしながらいつも通り校長室へ。
清水がリシャットにこっそり校庭は? と聞いたら、後で直すと言ったので今は面倒だからやるつもりはないらしい。
校長室へ入ったらすぐに岡村が出迎えてお茶を準備した。
「リシャットさん! 清水先生‼ 大丈夫でしたか⁉」
「いや、俺何してきたとかなにも言ってないんだけど………」
「ですが、雰囲気が変わったように感じます。なにかとてつもないことをしてきたのでは?」
なんだこの人。リシャットだけでなく清水すらそう思った。雰囲気が変わったと一目でわかるなんて相当である。
勿論リシャットは力を隠してある。のに看破されたと言うことはこの人どれだけリシャットのことを集中して見ているのだろうか。
もし岡村の立場がリシャットだったとしても気づけないほどの小さな巧妙に隠された違いである、筈なのに。
この人もある意味では人間の限界を越えていると思う。
「ああ、まぁ、死にかけてはきたけどこの通り無事だ。それに伊東を探しに行く力もある。後は根性だけ」
「そうですか。それは良かったです」
自分のことのように喜ぶ岡村。その後に無理をしないでくださいねと付け足すのも忘れない。
「ああ、それとリシャットさんのクラスメイトが毎日リシャットさんと話をさせろとここに来てますよ。筆頭はさくら先生です」
「先生が筆頭………」
今回のことで説明を求めたいのは理解できるが、リシャットも暇ではない。それに説明できないことも沢山ある。
流石にもうリシャットをサンドバッグにできるような人間はいないだろう。いたら寧ろ称賛にあたいするほどの勇者である。
やってることは最悪以外の何者でもないが。
「俺にはもう関係ないだろう。正直色々バレた状態で学校に通う意味もよくわからんしな」
「え、じゃあもうここには来ないんですか」
「いや、ちょっと警察の方と連絡を取ってここの警備にあたれないか聞いてみる。丁度トップとは知り合いだしな」
「リシャットさん何者………?」
そのトップと会えたのは偶々だったが。
「それともうひとつ。教室に忘れ物したんだけど、いつなら取りに行ける?」
「今すぐにでも行けるんじゃ?」
「質問攻めにあうとかごめんだ。早く伊東を探したい」
本当にどこにいるのかわからないために虱潰しは確定なのだ。時間はいくらあっても足りない。
「そうですね、というか、そろそろだと思いますよ」
「何………いや、そういうことか…………」
面倒くさい、とでも言いたげな目が更に面倒そうな色になる。
理解できなかったのは清水だ。
「え、どういうことですか」
「今にわかる」
その瞬間、力強く扉が開かれた。中に雪崩れ込んできたのはリシャットのクラスメイトとその担任である。
「校長先生‼ 今日こそは…………え? リシャットさん?」
「あー………ほら、面倒くさくなった………」
ガシガシと頭をかいて小さくため息をつく。先程の愚痴は恐らく清水にしか聞こえていないだろう。
愚痴というより独り言である。
「リシャット君! なんでここに⁉」
「なんでって……忘れ物取りに来ただけです」
至極適当に答える。それでいいのだろうか。
「り、リシャット!」
前に出たのは、いつもリシャットを苛めていた子だ。
「その、ごめん‼ 俺達、ずっと酷いこと………」
「別に気にしてませんから結構です。謝罪も要りません。謝罪するなら誰かにおなじことをこれから先二度としないと約束していただけるほうが自分は嬉しいです」
淡々と告げられた。空気を読まないリシャットらしい回答だが、今回はそれで良かったのかもしれない。
「お前、その、怒ってないのか」
「………怒る? なにに怒る要素があるのですか?」
「俺、お前殴ったんだぞ」
「ええ。そうですね。それが何か?」
「蹴ったし、気弾だってぶつけた」
「あれくらい痛い内に入りません。痛いっていうのは体が欠けたり無くなったときに言うことです」
それを実際に体験している本人に言われると生々しい。
現在右腕が丸々ないので余計にそう思えてしまう。
「話はそれだけですか? 私もやることがあるので失礼します」
「ちょっと待ってリシャットさん‼」
さっさと立ち去ろうとしたリシャットを呼び止めたのはさくらだった。
「ずっと、隠してたの?」
「力をですか? 勿論です」
「なんで教えてくれなかったのか、聞いてもいい?」
「…………そんなに狙われたいんですか?」
怪訝な顔をしているリシャット。だが、さくらもなぜリシャットがそんな表情をしているのか理解できていないようだ。
「私の力は残り香がつくほどに強い。自分でもそう断言できる程度には強いです。何故だか判ります?」
「白亜、だから?」
「いいえ」
フッと姿が消えたかと思うと目の前に瞬間移動のように移動していた。実際は歩いただけなのに、まるで空間を入れ換えたかのように一瞬で体が移動した。
「私の力はここにいる人達のものと決定的に違うところがある。それは何故なのか」
またフッと消えて移動する。今度はソファに座って茶を飲んでいた。
「簡単な話です。私の生命力を注ぎ込んでいるのですから、そのぶん使えるものは増える」
次に消えたときはもう既に廊下にいた。まさに神出鬼没である。
「皆さんもやろうと思えば多分できてしまいますので。そのやり方は教えませんが、ね。やつらの狙っている物はそれです。まさに人間が死ぬときに一気にだすことの出来る力、要するに火事場の馬鹿力です」
くるん、と指先を動かすとどこからか数枚の紙が飛んできた。よく見ると魔方陣が書いてある。
「それのエネルギーは普通の気力の数十倍。やつらはそれを使って何かを企んでいる。そうとしか思えない。だから私はここにいる。やつらと接触しつつも隠れられる場所を、ね」
紙をしまってから岡村の方に向かってお辞儀をしながら、
「では帰ります。さようなら」
嵐のように去っていったのにも関わらず、一切の痕跡を残さないまま帰っていったのだった。




