「これランダムでってことにしたら駄目でしょうか」
もう何度目か判らない。そう思いながらタオルでリシャットの額を拭くが、どれだけ拭いても常に汗が滲み出てくる。
痛みには波があるらしく、今は落ち着いてはいるがまたいつ叫び出すか判らない。それに落ち着いているとはいえ痛みは継続しているので苦痛に満ちた表情が和らぐこともない。
「どう?」
「どう、といわれても。なんとも」
「何回叫んだ?」
「数えたところでは16回です」
部屋に入ってきたのは小さな手桶を持った大国主大神である。
「16回も死んでるのか………」
「え、死んでるんですか、これ」
「普通の人間なら、ね。たった7年でそれだけの怪我を負ってるみたいだ」
桶の水にタオルを浸す。氷水を持ってきているのでかなりの冷たさだがリシャットにこれを全てかけたとしても気づくこともないだろう。
寧ろ一瞬で蒸発してしまいそうだ。
「体温は?」
「………さっきは42度です」
「可哀想ではあるけど、順調ではあるね」
すると、指輪がチカチカと点滅し出した。
「あ、交換じゃない?」
「そうですね」
直ぐに別の指輪をつけると元々嵌めていたものは中心からパキンと音をたてて壊れた。
清水も非常に疲れた表情をしている。
「休んだら? 見てるよ?」
「いえ、リシャットさんの方が辛いでしょうし………私も起きていたいんです」
そういうと大国主大神がその隣に座って、
「このリシャット君の方法、凄い古い方法なんだよ。こうやって神になる人なんて歴史上成功したのほぼいないしそもそもこういう方法があるってことを知らない神も多いと思う」
「他にもあるんですか」
「あるけど、成功確率が完全に運になっちゃう方法なんだよね。湖の底にドボンとか」
やけに生々しい話である。実際にやった人もいるらしい。
「リシャット君のこれは本人の意思に問う方法なんだ。精神力が弱ければ直ぐに諦めて死んじゃうから。最も危険で最も成功率の高い方法なんだよ」
確実に伊東を助けに行くためにわざわざこれを選んだんだと大国主大神が言う。
「でね、リシャット君は凄いよ」
「凄いって?」
「本来なら三日に渡って痛みを分散させて受けるんだけど、急いでるからって一日で終わらせようとしてる。その分辛いのを判ってて、ね」
歯を食い縛って痛みに顔を歪ませているリシャットに哀れむような目をむける。
「途中で気絶したらいけないのに気絶して当然のレベルの痛みを全身に受けている。見えていない目を必死に開けているのはそういうことなんだよ」
気絶した時点でチャレンジは終了、それは死に直結することを意味する。
耐え抜くだけの覚悟が今のリシャットにはあるのだ。
「それと、君が交換した指輪は二個目。つまり」
「もう終わるってことですか⁉」
「そういうこと」
手を握りしめて荒い息を繰り返すリシャット。どうみてもギリギリだが、終わりは見えた。
「頑張ってくださいリシャットさん! あともう少しです!」
聞こえていないとは判っていても声をかける。感覚としてはテレビの向こうにいるスポーツ選手を応援するような気持ちだ。
気付けばリシャットの手を握って必死に話しかけていた。
「リシャットさん、死なないで………」
「………死んでたまるか」
「へ?」
かなり辛そうな表情のままなんとか上体を起こすのは先程まで死にかけているようにしか見えなかったリシャットである。
「おお、終わったかい?」
「まだ、一応痛いけど、慣れては、きました」
「慣れる痛みじゃないと思うんだけどね」
胸の辺りを押さえながら呼吸を整えるリシャット。汗は止まらないが目は確りと開いている。
「ありがとな、清水。ずっと、声が聞こえてた」
元々白い肌が更に蒼白くなっているがリシャットは笑みを浮かべて清水に話し掛けた。
「いや、そんなことより大丈夫なんですか」
「結構キツい、かな。けど、なんとか、なりそうだ」
言葉が繋がらないほどに息を乱しているリシャット。それでもなんとか体が起き上がれているのは清水が横で支えているからだ。
「………………?」
すると次の瞬間、リシャットの表情が突然疑問の色に染まった。まるで今まで苦しんでいたのが嘘のようにその顔からは苦痛の色は消えている。
「終ったのかい?」
「終わったみたいです」
けろっとしているリシャット。今まであんなにギャーギャー叫んでいたのに終わり方は非常に呆気ない。
「それと、なんか選択肢があるみたいで」
「「選択肢?」」
大国主大神も首を捻る。
「えっと、紙ありますか」
紙とペンを貰ってスラスラとなにかを書いていくリシャット。
「こんなのが今目の前に浮かんでるんです」
「ああ、これ種類だよ。何を司るかっていう」
「それって自分で決めれるものなんですか」
「いや、リシャット君の場合は資格が沢山あったんじゃないかな」
大量に並ぶ文字。もうどれがどれだかわからない。
「これ、選ぶことによってなんか変わったりしますか」
「まぁ。例えば闘神だったら多分戦うこと全部に補正がつくと思うよ?」
「ゲームみたいな言い方ですね」
清水もその紙を覗きこむ。
「そもそも違いがよくわからないのが多いんですけど………魔神と術神ってほぼ一緒ですよね?」
「殆ど一緒だね。まぁ、君のお兄さんと同じになるけど」
「じゃあ止めます」
「酷いね、君………」
あまりにも選択肢が多いともうなんでもいいと思い始めたようで、
「これランダムでってことにしたら駄目でしょうか」
「なんて適当なんだ………」
これから先の一生に関わってくることにどれだけ無関心なんだと言わざるを得ない。
「ランダムでってのも出来るみたいです」
「じゃあもうそれでいいんじゃない?」
「神様まで投げやりに………」
もう何がどうなっても知らんぞ、みたいな雰囲気になりつつ適当にくじを引くリシャット。
「あ、出ました。時空神だそうです」
「「ああ、そう………」」
なんて有り難みのないくじなんだろう。
「どうせなら闘神にしちゃえば良かったのに」
「なんか面倒で」
適当すぎる。
「完全になったとは言っても君の体はまだボロボロ。回復力が格段に上がったとはいえ力も馴染んでないしね。だから今日一晩はここに泊まって明日の朝に家に帰るといいよ」
「ありがとうございます」
「大事な友人の子に死なれては困るからね」
まるでチカオラートが死んでいるように聞こえるが存命である。普通に生きている。
「私はどうしたら」
「どうしたい?」
「じゃあリシャットさんと一緒に帰ります」
「じゃあ布団用意しておくね。君もほぼ不眠不休で疲れただろうし」
そう聞き、リシャットが首を捻る。
「不眠不休?」
「君の世話をずっとしてくれてたんだよ」
「あ、そうだったんですか」
声が届いてはいたがそれには気づかなかったらしい。
「清水。ありがとうな」
「いえ、リシャットさんが一番辛かったでしょうし」




