『選択肢がないんですけど』
電車に乗せられ、中心街にある完全個室で有名な料理店に入る。
予約してあったらしく、直ぐに上の階へ案内された。
「………そんなに警戒されると寂しいかな」
自称大国主神はメニューの紙を開きながら苦笑する。
「あ、君のことは知っているから。念話でも大丈夫だよ」
『………何故、私のことを?』
「あの人から聞いたからね。君のお父さん」
『………』
あの甲冑野郎か、と直ぐに気づいて苦虫を噛み潰したような表情になる。
「そんなに嫌い? あの人君のこと大好きだよ?」
『どこが嫌いとかは特にないです』
「え? じゃあなんでそんな態度を?」
『根本的に合わないというのと生理的に同じ空間に居たくない』
「もう全体的に嫌いなんだね………」
どこが嫌いと聞かれれば、全部である。中々評価が酷い。
「じゃあ君の伯父さ―――お兄さんは?」
『兄さんは、別に……』
「あ、どうも思ってない感じかな」
『兄さんは兄さんっていうか………』
要するに関心がないらしい。
チカオラートを拒否っているリシャット的には神様という種族そのものには全く興味がないらしい。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことである。
「ま、まぁ、それはいいとして」
苦笑しながら大国主神は適当に摘まめるものを幾つか近くにあったタッチパネルで注文し、リシャットに向き直る。
「今日君に会いに来たのは顔を見たかったっていうのと、君のその力のこと」
個室だが、念には念をと声を潜めて大国主神が言った。
「率直に言うと……君はもう永くない」
「…………」
そう言われて一瞬眉が動くがそこまで気にしていない様子のリシャットに驚く大国主神。
「知っていたのか?」
『確信はなかったですが、もしかしたら、とは』
「………そう」
まるで他人事のような態度のリシャットに一瞬違和感を感じながらまた前に視線を戻す。
「後数回、悪くて次。君が本気で力を使えば死ぬ可能性がある。何もしなくても………大人にはなれないだろう」
それは、リシャットも薄々気付いていた。今世では色々と疲れることも増えてきているし、たまに原因不明の頭痛や体の痺れに襲われることも少なくない。
もしかしたら、また死ぬのではないか。そういう思いが頭の片隅にあった。
「ただ、君を助ける方法はあるんだ。その力を完全に無くすか、半神の君を完全な神にするか。その二つ」
『選択肢がないんですけど』
「後者を選べばいいのにとは思うんだけど、神嫌いの君にはどっちも選べないだろうね………」
本来は後者のデメリットはほぼ無い。寧ろメリットしかない。のだが。
神という種族そのものを嫌っているリシャットからすればそうなった場合確実にあの甲冑野郎と付き合わなければやっていけなくなる。
正直顔も会わせたくないリシャットはそれはなんとしてでも御免したい。
かといって能力を消せば日本が終わる。これは比喩でも言い過ぎでもなく、本当に日本が終わる。
美織達の命も危うくなる。それだけは絶対に避けなければならない。
「君が迷うのもわかるけど……君の体は勿論、魂すらもう限界なんだ。これ以上下手に力を一気に消費したりすれば魂そのものが崩壊して生まれ変わることすら不可能になる」
「…………」
生まれ変わることすら、出来ない。つまり本当の意味で死ぬわけだ。どんな治療を施しても確実に覆すことの出来ない完全な死。
以前ジュードが助かったのはジュードの魂を何とかしてハクアが留めていたからだ。体の傷を治し、なんとか魂をその場に留めていれさえすれば悪魔の力でなんとかなるのだ。
だが、リシャットの場合完全に条件のひとつが叶えられなくなるだけでなく体そのものすら崩壊し、この世から消え去ることになる。
そんな説明を受けながらリシャットは迷っていた。もう次はない。そもそもここまで何度も転生に成功し、記憶を持ち越せたのが奇跡だ。
それを理解しているリシャットはもういいのではないかとすら思っていた。もう、このまま消えた方がいいのかもしれないと。
生きてきた中で自分の不幸体質も苛めも気にはならなかったが自分が居ることで不幸になった人も少なからず居ることはかなり気にしていた。
「君は、生きたくないのか?」
『そういうわけではないですが………生きていても、意味がないのでは、と思ってしまうのです』
「どうして?」
『もう死んだ筈の人間が生きていることそのものがいいことではないと』
人の死は覆らない。本来はその筈なのだ。リシャットはその自然の摂理を完全に無視して何十年も生きている。
その事に後ろめたさを感じている。
「そう」
納得したような表情をして大国主神が頷く。チカオラートから聞いたリシャットの性格の話と本人が本当に一致していたからだ。
例えそれが正規の方法だったとしてもリシャットはなにかしら他人のデメリットを見付けて悩んでしまう。
ある種のコミュ障なのだ。他人の不利益に繋がるようなことが出来ない。例を出せば道を聞くことが出来ない。道を聞いているときはその人の時間を無駄にしているわけだしその人にはなんの利益もないからだ。
自分がそうされても特になにも思わず、寧ろ進んで道を教えるのだが自分からそれをやることは出来ない。
敵対している相手であってもそれは同じこと。現にリシャットは今まで人を殺したことはない。
そういう性格なのだ。
『………』
「まぁ、今決めなくてもいい。その時になったらでも十分間に合う。携帯ある?」
携帯の番号を赤外線で交換する。
『神様なのに携帯………』
「たまにこうやって人のフリをして街の中観光するからね。こういうのも必須なんだよ」
『一体そのお金はどこから……?』
「お賽銭」
『……それ使っていいんですか?』
「大丈夫だって! バレなさそうなところからコッソリ貰ってるからさ」
それでいいのか。実際お賽銭は神様に渡すというかそういう意味でいれる人が多い、というかほぼ全員そうだろうから一応ちゃんと神様の手に渡っているということはまぁ、いいのではないだろうか。
これ以上追求しない方がいい気がする。
なんという名前で登録されているのか気になったので見てみたらカミさんという名前で入っていた。
『………奥さんみたいな名前で入ってるんですけど』
「間違ってないでしょ? 神さん」
『間違ってないですけど………』
この人のネーミングセンスもあまり無いらしい。
そんなこんなしていると部屋に料理や飲み物が届いた。
「美味しそうだ」
『美味しそうですが………これ何人前ですか』
「余ったら全部引き受けるよ」
軽く7人前はいってそうだ。見ただけで腹が一杯になりそうである。
「さて、いただきます」
『……いただきます』
さっさと箸をのばして食べ始める大国主神。こう見ると神様ということは完全に頭から抜け落ちてしまう。それぐらい庶民的というか、なんか普通にその辺にいそうだった。
割り箸を割って近くに置いてあった春巻きをそっと摘まんで口にいれる。優しく扱わないと割り箸は勿論、春巻きは悲惨な、否、飛散なことになるのでかなり動きは静かでゆっくりだ。
ちなみに普段は滅茶苦茶な強度の箸を使っている。自作の。
『……美味しい』
さすがは有名店、味が確りしている上にお茶に合う。
リシャットは少食なのであまり食べられなかったが久し振りに自分以外の人が作った料理を食べた。それがなんとなく嬉しかった。
「満足した?」
『はい。というか………本当に全部食べたんですね』
「まぁね‼」
リシャットは半人前も食べていないだろうから6人前くらいは最低でも食べているだろう。まだまだいけそうな雰囲気なので本気で食べたらどの辺りまで入るのか検証してみたい。
研究者として調べたいことができるというのは、それは抗えない力なのだ。




