「間違ってる」
平和なものだ。
リシャットは周りの子供たちをみてそう何度も感じている。
この校舎を出れば気力を隠す結界もない。こっそり出てしまえば魔獣に襲われる危険があり得ないほどに高まる。
それを知りもせずただ知識として戦い方を学ばせるこの学校は果たして正しかったのか。そう思わずには居られない。
勿論それで良かったと思う人もいるかもしれないが生まれたときから人の生き方を決めてしまうのだ。それが当たり前になっている今、その判断が正しかったのかどうか調べようがない。
無邪気に駆け回る子供たちにはもっと素晴らしい道を与える必要があったはずなのに、魔獣と戦うという道にしか進ませてやれない。
後付けする方法は出来なくはないが本当に大変だ。それに合わない人なら力が暴走してその人を殺してしまいかねない。
生まれたときに素質のある子供に付与するのが最も効率がいいのだ。だからそうしたのだが、
(全部間違えてたのかな………)
手の中にある物をグッと握り締めて目を伏せる。
「おい」
声をかけられたと思った瞬間、腹部に軽い衝撃が走る。リシャットからしてみれば消しゴムを軽く投げられたくらいの痛みしか感じなかったがその痛みから逆算してどれくらいの威力かを割出し、わざと椅子から床に落ちる。
腹部に手をやるのも忘れない。
「見ろよこいつ、本当に弱いんだぜー?」
「顔だけ良くてもなんにも出来ないんじゃただのゴミだな」
最近苛めに上級生も混じり始めた。もうどうにでもなれくらいにしか思っていないリシャットなので眉ひとつ動かさないのが余計に相手の神経を逆撫でするのだが。
「特別扱い受けてるのも気に入らないし、俺お前嫌いだな」
「そうですか」
別に嫌われても構わない、寧ろ嫌ってくれとさえ思っているリシャット。未だに自分のしていることに疑問を感じているのでその被害者にされることは大抵は受け入れるのだ。
彼らに苛められているなど些細な事でしかない。
彼らは被害者なのだ。魔獣を止めきれなかったリシャットのせいで生まれてしまった被害者なのだ。
「なんだよこいつ、気味悪い」
「いくら殴っても反応がない」
痛みなど感じていないかのように振舞うリシャットに気味の悪さを感じる人が多発するなか、その光景を見ている人が一人いた。
チャイムが学校内に響き渡り、各々が先生に言ったらどうなるかわかってんだろうな、とかキモい、だとか捨て台詞を吐きながらその場を立ち去る。
リシャットは口の中にあった血と泥が混じったものを側溝に吐き捨て、泥だらけの顔を洗う。
『お気持ちはわかりますが、あまりにも』
(いいんだ。俺の始末は俺がつける。シアンは気にしなくていい)
口の中を洗ってから蛇口をひねって水を止める。
全身泥だらけだ。昨晩雨が降ったからぬかるんでいる校庭に連れ出されたからだろう。
リシャットへの苛めに気付いているのは校長とリシャット門下生(実技教師達)である。
リシャットは全員に口止めをしているので他の誰にも話しはしていない。
「ねぇ、そこの子」
気配に気づいてはいたがわざと今気づいたかのように振る舞うリシャット。そこにいたのは初等部6年の篠原 雪だった。
誰だっけ? とリシャットが思った瞬間、シアンが解説してくれる。
『初等部6年の篠原雪です。実技はあまり得意ではなく、頭を使ったゲームなどを得意とします』
どこで調べたんだそんな情報、と突っ込みたかったがそういえば岡村にそんなことが書いてある資料もらった気がするとようやく気づいて口をつぐむ。
「先生に言おう? 皆寄って集って小さい子を………」
小さい子? ああ、俺か。と気づき、
(俺もう還暦過ぎてんだけど)
心のなかで反論する。勿論聞こえているはずがないが。
「ね、お姉さんも一緒に言ってあげる」
「………」
リシャットは首を横に振る。
「……もっと苛めが酷くなるから?」
違う。またリシャットは首を振る。
「もしかして、M?」
断じて違う! リシャットはブンブンと首がとれそうな勢いで横に振る。
「じゃあ、なんで?」
「…………」
リシャットは胸ポケットからメモとペンを取り出して文字を書き、それを見せる。
〈バレたらあの人達、怒られるでしょう?〉
それを見た瞬間、篠原の目が驚愕に見開かれる。
「それで君が苛められてたら何の解決にもならないよ」
〈解決しなくていいんです〉
サラサラと綴られる文字は言葉なんかよりよっぽど力を持っていて、感情がダイレクトに伝わってきているように感じた。
〈我慢してすむなら私はそれを受け入れます〉
確かにこのまま誰にも言わず終わっていく事も可能だ。それが出来てしまうだけの我慢強さは持っている。
「でもそれじゃああいつら、これから先もずっと苛めるよ」
〈私はそれでいいです。大丈夫ですから〉
他人よりもかなり体が丈夫なので自分はまだやれると考えるのがリシャットの悪い癖である。
限界をハッキリと理解してしまっているが故に本当にそこギリギリまで頑張ってしまう。
それはジュードやリン、ヨシフや美織までリシャットに長く関わったことのある人達は皆それを心配しているのだ。
「声、出せないの?」
頷くリシャット。これは隠しても意味がないので。それに調べれば直ぐにわかることである。
「だから人に言わないの?」
横に振る。
「間違ってる」
「………」
「それは間違ってるよ」
怪訝な目でリシャットを見る篠原。
「待ってて、今先生を………?」
呼びにいかせるわけにはいかない。リシャットは篠原の足になるべく力をいれずに抱き付く。
(骨折っちゃいそうで怖いけど………)
かなり慎重に行動を妨害する。
「なんで止めるの、これは正しいことなんだよ。苛める人が悪で君は正義なの。わかる? 悪い人はいつか捕まるんだよ」
有無を言わさないような迫力だ。
どうやら彼女は少し歪んだ正義感を持っているらしい。こうと決めたことは決して変えない頑固な人のようだ。
しかし頑固さならリシャットも負けてはいない。
〈確かに一般的にみて間違っているのはあちらかもしれません、ですが決めつけてはいけません。苛めでも好意による行動でも他人が決めつけることではないのです〉
子供らしからぬ文面なのは仕方がない。骨を折らないように慎重に慎重を重ねて行動しているのだからそこまで手が回らなかったのである。
「君は悪くないの」
〈それでも私が殴られてあなたは何の不利益も被らないでしょう?〉
「見てて気分わるいもの!」
〈じゃあ見ないでください! 見えない場所で殴られるようにします〉
そういう意味ではない気がする。だが、篠原は止まらない。リシャットが止めていなかったら即座に先生の所に走っていきそうだ。
「ああいう人は許しちゃいけないの! この世にああいう人がいるからいけないの!」
とんでもないこと言い出した。
〈必要なんです、ああいう方も〉
「なにを……」
〈綺麗な場所だけ見て、蓋を閉じてしまえばその場所はいずれ崩壊します。濁った場所にこそヒントがある。そう思うんです〉
ジュード達と王都を散歩したりしたとき、スラムを何度も目にした。
住んでいた筈の人が居なくなっていて別の人がいたり、盗みに走ったり、ハクアの武器に目をつけて襲ってくる人もいた。
それを改善するためにスラムの人を警備員として雇い、食べ物を提供した。
結果的に王都全体の治安は向上、今まで盗まれるかもと避けられていた露店が一気に増えて、結果的に町全体が潤った。
〈要らないものなんて何一つない〉
リシャットは篠原を見上げてそう書いたメモを眼前に突きつけた。




