【子供かッ!】
『ほら、あーんです』
【ちょ、逃げないでくださいよ‼】
顔を青ざめてブンブンと横に振るリシャット。ヒカリとライレンがまるで注射から逃げる子供のように逃げ回るリシャットを捕獲しようと動く。
だが、リシャットもリシャットである。壁を走ったり空中で二段ジャンプしたり、兎に角人間離れした身体能力で逃げる。
飛び降りたときでも全く足音が聞こえないのだから余計に捕まえにくい。
『早く見せてくれないと悪化しますって』
【ほら、怖くないですから】
リシャットはイヤイヤ、と首を振る。
『全く……兄貴は相変わらずこれが嫌いなんだなぁ』
『壱鉄。そんなこと言ってる暇があるのなら白亜様を捕まえる手伝いをしてください』
『えー? 無理ッ! 兄貴がああなったらいつも捕まえられなかったじゃん』
武器形態から中型犬くらいの大きさの猫のような形態になった壱鉄がぺたんと地面に寝そべりながら欠伸をする。
リシャットも驚いたのだが、リシャットが作った武器たちはこの50年で自分自身を常に改造しまくっていたので武器なのに通話機能がついていたりこんな風に別の物のように体を作り替えることすら出来るようになっていたのだ。
ところで、今一体何をしているかというと。
『早く検査しますから降りてきてくださいよ』
柱にくっついて離れないリシャット。実は白亜の時から身体検査が大の苦手だったのだ。
人に体を触られること自体が苦手なリシャットは年一回の健康診断が本当に大嫌いでその日になると脱走を試みる程だった。
大抵その時はひかりが無理矢理連れ戻していたが。未だにお婆ちゃんになったひかりに強く物を言えないのは逆らえないことを知っているからである。
要するに刷り込み。昔のように動き回れないと知っていてもあの人には勝てる気がしないのだ。
だが、たとえ同じ名前のヒカリでもそうとは限らない。寧ろ滅茶苦茶抵抗する。勿論危害を加えるという意味ではなく、逃げ回るという意味で。
『マスター。検査しましょう』
(やだ)
『子供じゃないんですから。そんないいわけは通用しませんよ。喉が中々治らないのも何らかの原因があるのかもしれませんし』
(ヤダッ!)
【子供かッ!】
思わずライレンがツッコミをいれてしまうほど珍しい光景だった。
『わかりました』
(ちょ、シア――――)
リシャットの手から力が抜け、柱から落下する。スッと着地したときには半目くらいまでしか開いていない目が確りと開かれていて、纏っているオーラが別人だった。
【乗っ取りました?】
『ええ。あまりにも抵抗するので手こずりましたが』
リシャットは現在強制的に夢の中である。
『さっさと終わらせてしまいましょう』
『わ、わかりました。こちらへ』
口調も態度もよく似た二人が奥へと入っていくのをライレンと猫形態の壱鉄が見送る。
【………女って恐いですね】
『………恐いな。兄貴を黙らせるとか、不可能だと思ってた』
【黙らせるっていうか強制的に眠らせたというか……】
男二人がそんな話をしていた。
「…………」
納得いかない顔をしたリシャットが出てきた。雰囲気が元に戻っているところを見ると本人のようだ。
(嵌められた………)
『マスターの体は私が管理していますが、それでも何があるのかわからないのでちゃんと検査は必要ですよ』
念話でずっと会話をしているのは声がまだ出せないからだ。回復力の高いリシャットでもまだまだ時間がかかりそうなところを見ると龍魔法は余程コストの大きい魔法だということなのだろう。
【どうでした?】
(とりあえず何もなかった。喉はちょっとグロかった)
『モザイク必須の見た目でした。ゾッとしましたよ』
ヒカリが肩を抱いて震える。
(それにしてもヒカリ。お前そんなに感情豊かだった?)
『いえ、自分でグレードアップを繰り返しまして』
(凄いな………まさかそこまで自分で考えてやるとは思わなかった)
感情プログラムを作ったのは自分だが、とんでもない進化を遂げているヒカリたちを見て驚きを隠せなかった。
因みにここは白亜の隠れ家的な場所で昔は研究室として使っていた場所だ。夏休みなどの長期休暇中は基本ここにいたので住めるくらいの環境は整っている。
リシャットが寝た後にヒカリが案内してここに運び込んだらしい。そのついでとばかりに身体検査しようとしたら寝ていたはずなのに速攻で起き上がって今に至っている。
(魔力がギリギリだから暫く休んでから帰ることにするよ)
【そうですね】
そう言った瞬間、ヒカリと壱鉄が同時にリシャットのほうを見る。
『帰っちゃうんですか⁉』
(あ、ああ……)
『ここが家じゃないですか‼ せめて一泊してください‼』
(俺もやることあるし……)
『兄貴は俺らを見捨てるのかー!』
(いや、別に今生の別れとかそんなんじゃないし)
泊まってけオーラを全面に押し出しながら二人が迫る。
(また来るから)
『嘘です』
(即答するなよ)
『だって……だって、そう言って帰ってこなかったじゃないですか』
「…………」
これにはリシャットもなにも言えなかった。最期に交わした会話がそれだったから。
『逃がしません。ずっと一緒です』
(いやそれはそれで困るんだけど………)
『嫌です。白亜様でいう健康診断並みに嫌です』
その言葉だけを聞くとなんだか覚悟が軽いものに聞こえる気がするがリシャットの検査嫌いはとんでもないものなのだ。
それでも逃げるのはなんだか悪い気がして転移で思いっきり逃げてしまわないのがリシャットらしいところなのだが。
(あの時は……すまなかった)
『いくら謝られても許しません。……ずっと、ずっと待ってたのに………』
死んだから、というのは結局言い訳にもならない。日本にもう一度来ているのに連絡すらしなかったのが余計に駄目なのだろう。
50年、否、もう60年は経っている。それだけの時間は人間ならば薄れて記憶としては消えていくのかもしれないが、彼女は人間ではない。
白亜の手によって作られた人工物である。記憶など消えることもない。
彼女からしてみれば60年前は昨日のことのように思い出せるが、時間というものも同時に短くなることも長くなることもなくただ延々と溝を深めるだけのものになっていた。
記憶が完全にあるからとはいえ、60年は長すぎたのだ。
『悪いと思っているのなら、どうして会いに来てくれなかったんですか……!』
(………)
なにも言い返せず、ただリシャットが黙っているとその沈黙を破った人がいた。
『………マスターはもう誰も巻き込みたく無かったんですよ』
(シアン!)
『隠す必要などないでしょう? それこそジュード達に怒られますよ。特に玄武』
(………)
ジュード達は関係ないだろ、と口を尖らせるがその言葉はやけに小さい。念話だからなんとか聞こえているレベルだろう。
『どういう、ことです……?』
『マスターはもしあなた達に会いに行けばあなた達はマスターを壊れてでも助けようとするからです』
(………)
『マスターはまた魔獣と戦っています。あの時のように。もしそれを知ったらあなた達は絶対に助けに来るでしょう? 今回のように』
ライレンはそれを知っていながらヒカリを呼んだのだ。もう、隠す必要などないと考えたから。
【彼女はリシャットさんを、いや、白亜さんを助けようと必死でした。それにいつまでも無視し続けるのは無理ではないでしょうか】
ライレンはリシャットの為ではなく、ヒカリの為にヒカリを呼んだのだ。
(…………もう、関わらせたくなかった。お前らに会いに来るのは全部終わってからにしようって、ずっと考えてた)
ぼそりと呟かれるようにして出たその言葉は普段ハキハキしていて真っ直ぐなリシャットには似つかわしくない迷いの入った怯えるような色をしていて、再び静かな時間をその場に作り出す事となった。




