【私は従者ですから】
「的がでかいからどこ攻撃しても当たるのはいいが………なんだこの硬さは」
トランプを飛ばしてみたがほんの少し傷をつけるだけで直ぐに破れてしまい、ほとんど効果がない。
鉄板くらいなら貫通するほどの威力を持ったトランプなのに、ここまでの硬さだと出来ることは大分限られてくる。
殴ってみたら少しは効果があったようで一瞬後ろにのけぞったが、直ぐに体勢を立て直される。
「やっぱり大振りで攻撃しないと効果もないか………」
ここに来たときの攻撃は吹き飛ばす程の勢いはあったので効くには効いたのだろうが、あまり離れてしまうとどんな攻撃がくるかわからない以上、それは得策ではない。
それに先程の攻撃は相手も人間を舐めていて割りと無防備だった為に、次また同じことをしてもガードされてダメージが通らない、なんてことも十分あり得る。
しかも、それだけではない。
「ヤバ………足折れてるかも」
1発蹴りを入れただけなのに多大な負荷がかかり、こちらにダメージがきている。直ぐに治しはしたが、魔力も無限ではない以上あまりとりたくはない方法だ。
幸いにして動きは遅いので余裕をもって攻撃を躱すことはできるが、時間をかけてタイムオーバーしてしまったらそれこそ目も当てられない。
「仕方ない………色々試すしかなさそうだな」
十分に距離をとり、手の先から無数の気弾を発生させる。その気弾はそれぞれ色が違い、赤や白などの様々な光を纏っている。
それらはリシャットを囲むように輪を描いて絶えず回転し続けていた。
『一気に出しすぎです!』
「何が効くかわからないんだ。同時にぶつけてみないと」
『それもそうですが………!』
「大丈夫だ。自分の限界くらい知っている」
自分を中心にして回っている気弾に向かって手を差し出し、指示を出すように亜人戦闘機に向ける。
それらは数個ずつの塊になって彗星のように尾をひきながら高速で被弾した。
「ギシャァアアアアア!」
怒り狂った亜人戦闘機が無茶苦茶に前足を動かす。それをギリギリのところで避けるようにしながら当たった場所を観察する。
火が出るようになっている気弾や当たった瞬間に弾けて無数の傷を与えるようなタイプのものは表面をほんの少し擦っただけだった。
効果があったのは氷や蔦で相手を拘束するタイプのものだった。だが、それも数秒歩を遅らせただけでほとんど効果はない。
何十種類もあった気弾のなかで効果があったのが拘束するだけで殆ど殺傷能力のないものだったのが残念だったが、威力を高めて撃った物は意外にもその場所を削り取るようにして効果を発揮した。
「普通の気弾を圧縮してぶつけるしかないか………」
爪の攻撃を避けながら掌で生成した人の頭ほどもある大きさの気弾を極小サイズにまで縮める。
小さくすると射程距離は一気に小さくなってしまうので近付くしかないのだが、いま攻撃を受けている腕に当てたとしても致命傷にはならない上に至近距離で爆発することになるのでリシャット自身が危険になる。
霞む思考をなんとか目の前の戦闘に向かせ、魔力切れを起こしかけている体に鞭をいれる。
「はぁ、はぁ………っ」
いくら相手の動きが遅いといってもリーチの差がありすぎて近付こうにも近付けない。
胸の奥から込みあがってくる鉄の味に顔をしかめた。
「時間がない…………!」
徐々に体が思うように動かなくなる。体力温存の為に最低限の動きしかしていないのに、体力の消耗が半端なものではない。
それこそ全力疾走し続けているかのような感覚である。
「ギシャァッ!」
「っ、マズ―――⁉」
避けきれない、そう思った瞬間にはもう既に体が地に叩きつけられていた。
「グハッ……」
あまりの痛みに全身が砕け散ったような錯覚を覚える。焦りと血が込み上げてきて息もままならない。
「ゲホ、カハッ―――」
血反吐を吐き、完全に砕かれている四肢に即座に回復をかける。頭が無事だったのは長年の勘により、全魔力を注いでそこだけはなんとか守りきったからだ。
だが、それにより節約して使っていた魔力でさえ本当の意味で空になってしまった。
強烈な吐き気と眩暈、咳をする度に痛む全身―――それら全てに堪えうる体は、もう最初からボロボロだった。
何とかして倒す方法は幾つか思い付く。だが、それを行う力はもう既に失われ、もし出来たとしてもこの山は確実に地図から消える。
把握していた世界が徐々に閉じられていく。風の音や水の匂い、手を包む硬質な感覚が………
「…………え?」
誰かが、何かが手を包んでいる。どこか懐しさを感じるその感覚を頼りに閉ざしかけていた感覚が徐々に戻り始める。
なにも感じなくなっていた手や足に砂の粒が刺さるのを感じ、水の中にいたように音がハッキリと届かなかった耳には懐かしい声が響く。
『―――様! 白亜様!』
「…………ひ、カリ……?」
リシャットが―――否、白亜が作った擬似的な体温と皮膚の感覚。どこか人間味のない少し抑揚のない声。
全身が全く動かなかった筈なのに、懐かしいその声に力を与えられたように再び震えながらも動き始めた。
無意識に回復魔法をかけていたお陰でなんとか動くことはできる。目を魔眼から通常のものに戻し、包帯をとると、目の前には滝のような涙を流し続けているかつての相棒がいた。
『よかった………よかったです』
「なん……で、ここに………」
声を発することも難しいが、それを聞かずにはいられない。
『先程、白亜様の気力波を感知しまして、飛んできた次第です』
「………本当に飛んできたんだ」
後ろに背負っているタンクのようなものをみて、そういやそんなのも作った気がする、と思い出す。もっとも、結局自分で飛べるので使ったことは殆どなかったが。
「それでも………こんな正確に座標を測れるような気力波ではなかったはずだけど………」
【私ですよ】
姿を現したのはライレンだった。
「あ、そういや途中からいなかったっけ……?」
【はい。存在を忘れられてるようで悲しいですが、彼女の姿が見えたので】
「ああ、そう………」
忘れていたことを割りと根に持っているようである。
【それで、これまでにないほどボロボロですが、大丈夫ですか?】
「………割りとキツい。今ヒカリがいなかったら死んでたかもしれない」
死ぬことはないにしても確実に気絶したのは間違いない。実際、数秒は記憶がないのだから。
「どうにかして懐に入り込めばなんとかなるかも……」
『では私が囮に』
【では私も】
ヒカリとライレンが即答した。
「………いいのか?」
『勿論です』
【私は従者ですから】
ライレンは突然、リシャットの血だらけの手を握る。首をかしげるリシャットに今まで渡した分の魔力を返す。
「これ………お前も必要なんじゃ」
【ここで死なれては困りますから】
これが終わったらまた貰います、と念を押すように言う。その様子に少し笑ってしまった。
「ちゃんと返そう。………双方生きてたら」
【そういうフラグ立てるのやめてもらえません⁉】
冗談めかしてそういうリシャットに即座に反応するライレン。まるで熟年夫婦のような阿吽の呼吸をみせる二人を羨ましそうな目でヒカリが見る。
実際、シアン含めこの中で一番最初に会ったのはライレンである。会っていなかった期間が長かったのだが、地味に付き合いの長い二人が妙に互いのことを判っているのはある意味で当然なのかもしれない。
ライレンから返してもらった、というか借りた魔力はかなりの量があった。直ぐに折れた骨を元通りに戻し、傷付いた内蔵を瞬時に修復する。
両手を握ったり開いたりしながら体の調子を確かめ、ヒカリとライレンに目配せをする。
「いいか? 俺が入り込んだら直ぐに離れろよ。…………散開‼」
ヒカリとライレンが右と左に分かれて亜人戦闘機の注意を引き付ける。突然視界に入ってきた二つの影に驚いているようだった。
(シアン、俺達は…………シアン?)
『よかったですね。昔の仲間に助けてもらえて』
(シアン、お前………拗ねてるのか?)
『何にたいして拗ねるのです。そもそも私にそんな―――』
「ふふふっ」
『ちょ、なに笑ってるんですかっ‼』
なんとなくジュードや玄武のような反応をしたシアンに笑いが込み上げてくる。
「さ、俺達もやろうか。頼りにしてるぜ、相棒」
『浮気性の相棒に言われてもあんまり嬉しくないです』
「ははっ、ごめんって」
先程まで死にかけていたような人には見えない。それを覆すほどのものが目の前にあるからだ。リシャットは掌を開き、そこにある米粒程の大きさの気弾に更に力を込めて真っ直ぐ前に足を踏み出した。




