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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「………太りました?」

「何て曲?」

「決めてないですね」

「決まってないの?」

「というか、今適当に即興しただけですので」


 リシャットは即興演奏のほうが、楽譜通りに弾く事より得意だったりする。


 どちらも相当なレベルなのは間違いがないが、何故即興のほうが得意かと聞かれると大抵、


「即興だと間違えてもバレませんし、誤魔化しが効くので………」


 割りと理由まで適当だった。


「それにしても………いえ、なんでもないです」

「なに?」

「いえ」

「いいなさいよ」

「ですが」

「ほら」

「………太りました?」


 此処に伊東達がいたら、確実に突っ込んでいるだろう。何言ってんだ、と。


「………本当?」

「はい。その…………少し、顔回りと腰回りが」


 滅茶苦茶失礼である。が、実際に美織は旅行前と比べてややぽっちゃりしていた。


「「……………………」」


 一気にその場の雰囲気が悪くなる。言い出したリシャットが悪いのだが、本人が空気読めない天然記念物なのでどうしようもない。


 こんなときにかける言葉も判らない。


 慰めるのも何か違う気がするし、下手に追い討ちをかける気がする。もう、無意味かもしれないが。


「みー」


 救世主がきた。クリクリした目を向けてミュルが美織に抱っこをせがんでいる。


「ミュルー! ただいまっ」


 ミュルを抱き上げて毛に顔を埋める美織。それと同じタイミングで欄丸と大地が来た。


「いやー、大変だったよ」

「おかえりなさいませ。いかがでしたか?」

「楽しかったけどね。向こうの地下鉄に乗ったんだけど、その電車の中で暴動が起こってね…………危うく銃で撃たれるところだったよ、ははは」

「笑い事でしょうか、それは…………」


 リシャットに起こったことなら笑い事で済む話だが、大地達に起こったことならかなりヤバイ。


 暴動、というよりテロである。


「欄丸君が鎮圧してくれたんだよ。こっちではニュースにならなかったかい?」

「…………そういえば、ここ最近テレビとか全くつけてません」

「それじゃあ知らないかな。ああ、これだよ」


 懐から取り出した端末で何かを調べてリシャットに見せる。


 そこには英字新聞が表示されており、ロンドンで起きたテロとその実行犯、欄丸と美織がデカデカと一面を飾っていた。


「……………午後1時、ロンドンの地下鉄内でテロが発生、鎮圧したのは日本人、か………俺が行かなくて良かった………」


 もしこんな風に報道されたら一瞬で居場所がばれる。ヨシフ達にネチネチと叱られるのは目に見えている。


「頑張ったぞ」

「んぁー、えらいえらいー」

「思ってもいないことを口に出すな」


 胸を張って自慢する欄丸が癪だったので軽く受け流す。


「それで、リシャット君」

「なんでしょうか」

「僕に、イタリア語を教えてくれないかな。あ、イタリア語話せるよね?」

「はい。構いませんが……何故急に?」


 そもそも英語で基本十分では、と首を捻る。イタリア語やドイツ語、英語、フランス語などはラテン語から徐々に分かれていった、一種の方言のようなものである。


 英語ができれば他のものもそこまで覚えるのは苦労しないのだが、大抵どこの国でも英語ならばある程度は通じる。


「ちょっと覚えなきゃいけない用があってね。いいかな」

「簡単な会話くらいですか」

「そうそう。お願いするね」

「承知しました」


 用というのが気にはなるが聞いてもどうにもならないのでこの話は直ぐに切った。


「あ、これおみやげ」

「紅茶ですか。ありがとうござ――――いくつ買ってきたんですか⁉」

「ざっと三十種類くらい?」

「いや、こんなに誰が飲むんです⁉」


 実質飲むのはリシャットだけである。大地はコーヒー派、美織はココア、欄丸は牛乳(コーヒーや紅茶の香りが苦手)ばかり飲むので。


 来客用にとっておくだとか、そのレベルではない。幸いにして日持ちのするものなので毎日少しずつ消費していけば賞味期限は大丈夫である。


 最早どの期間にどれを飲みきらなければならないか、というノルマになってきていた。


「さてと、時差ボケも激しいし、今日はもう休ませてもらうよ」

「承知しました。何かあればお呼びください」


 大地が自分の部屋に行くのを見届けて欄丸に向き直る。


「改めて、お帰り。どうだった?」

「楽しかったぞ。ただ、あの二人、とんでもなく金を使いまくるものだからな………」

「まぁ、その為に貯金してたしいいんじゃない?」


 大地が毎月少しずつ旅行貯金を貯めていたのをリシャットは知っている。美織までお小遣いを貯めていたのだ。


 何故なら、口座から少しずつ引かれていたからである。「生活費…………」とたまにリシャットは呟いていたが、前々世で割りとギリギリの生活を経験していたのでここ最近は節約術をフル活用していた。


「………おみやげとか凄いことになってるんじゃない?」

「なってる。リシャットの鞄がなかったら持ちきれなかった」


 実はこっそり、リシャットは鞄に空間魔法を付与したアイテムバッグというものを作っていた。


 これはアイテムボックスとは違いいくらでも入るわけではない上に、時間を止めるほどの効果はない。


 畳四畳分くらいものが中に入り、重さも大分軽くはなるが少しずつ増えていくのだ。これがアイテムボックスに勝る点は生き物を入れられるということだろう。


「とりあえずお疲れ。おやつあるけど食べる?」

「食べるっ」


 無邪気な欄丸に苦笑しながら冷蔵庫へと歩を進めた。


 冷蔵庫の中に入っていた欄丸のプリン(犬用)をミュルがこっそり食べてしまっていたことに欄丸が激怒し、リシャット特製のハルバードを持ち出して屋敷内を走り回り、ミュルと共に小一時間説教を喰らう羽目になるのだが、それはまた別のお話。









 リシャットは悩んでいた。


 ここ最近、どうにも体調が優れない。それはまだいいのだ。


 それ以上の悩み事、それは………


「お嬢様。勉強の時間です」

「ヤダッ」

「あ」


 美織が窓から木に跳び移って逃亡した。


 最近のリシャットの悩みは、美織の反抗期である。


 特に勉強を嫌がり、教科書を見せた瞬間に窓から逃げ出すレベルである。


 リシャットの訓練を受けているだけあって身体能力も半端でないのでこういった芸当が可能になってしまうのだ。


「俺、一応家庭教師なんだけど…………」


 これではただの執事である。つい仕事中に素の口調が出てしまうほどリシャットは困り果てていた。


 訓練の時間だけはちゃんと来るのだが、それをしながら問題を出したりするとその瞬間に逃げ出す。


 好物で釣っても無反応。


 リシャットを精神的に追い込むという点では、世界最強は美織なのかもしれない。

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