「お望みなら手伝わしてやる」
「はい、お疲れ様。とりあえず休んで」
目の前に降り立ったリシャットに心臓が飛び出そうなほど驚く教師陣。
「いま、何処から」
「そこだけど」
指を指したのは街灯の上。ここの辺りの街灯はカバーのようなものがついており、光を下に集める工夫がされている。
そのカバーはそれなりに大きいのでリシャット一人くらいなら完全に体を隠すことが出来るのだ。
リシャットはボロボロになった亜人戦闘機の残骸を軍手を嵌めた手で放り投げながらなにかを探す。
「なにやってるんです?」
「ああ、気にするな。無いかもしれないしな。今はとりあえず休んでおくといい」
気力の総量が限界に近いと見抜いていたリシャットはいつもなら絶対に言わないようなことを言う。
「なんかリシャットさんが優しくて怖いんやけど」
「お望みなら手伝わしてやる」
「ヤスミマース」
リシャットは休憩の重要さをよく知っているので休める時に休んでおかせるのだ。勿論、鬼のようなスパルタ訓練を常とするリシャットでも流石に今日はこれ以上戦わせる気はない。
何かを見付けたリシャットは丁度足のつけ根辺りを力任せに引きちぎった。するとそこから金属の箱のようなものがでてくる。
「これか………? シアン、どうだ」
『似ていますが………恐らく位置を感知するものかと』
【確かにそれっぽいですが、こんな小さいものでエネルギー消費効率大丈夫なんですかね?】
「じゃあ違うのか…………」
とりあえずそれを脇に置いてまた物色を始める。
「えっと、リシャットさん?」
「なんだ」
「なにを探してるんです? 手伝いますよ」
「あー、俺一人で大丈夫だ。それにもう見つかったしな、っと」
ブツブツ、とコードを引っ張るような音を立てながらリシャットが取り出したのは少し大きめの段ボール箱くらいの大きさの、過剰なまでに金属で補強された箱だった。
少し大きめの段ボール箱といってもリシャットが持てば抱えるほどの大きさだ。
「それは?」
「多分俺達の天敵」
「へ?」
それを無造作に上部を指でつつき、耳を当てる。
「うん。これだ。ちょっと爆発するかもしれないから離れてて」
「ばっ―――⁉」
さらっと言ったリシャットに驚きながらも、リシャットの言うことなので、と少しずつ後ろに後退する。
ある程度下がったと見や否やリシャットは指先に気力を通し、身体強化をかけて金属の蓋のようなものを摘まむ。するとまるで布でも摘まんでいるかのように金属がひしゃげ、リシャットの指の形にそって折れ曲がる。
勿論、これはリシャットだから出来ることであり、他の誰がやっても同じような結果にはならない。
寧ろ力を入れすぎてその下まで貫通してしまったり、逆にいれなさすぎて殆ど摘まむ動作もできなかったりするのだ。
それを片手間でやってしまえるところは流石の一言である。分かりやすくこの難易度を言うならば、一切水面を揺らさずに石を落とせと言うようなものである。
無茶ぶりだと思えるようなことをやってのけるのがリシャットがリシャットたる所以なのだろう。
「シアン」
『お任せを』
蓋を開けるとごちゃごちゃしたコードの塊が見えた。シアンはどれを切ったら安全かリシャットに教え、リシャットはその言葉の通りにコードを引きちぎっていく。
十数本切ったかと思ったら更に中からなにかが出てきた。それを慎重に取り出し、まじまじと観察する。
「ライレン」
【間違いないです。同じものでしょうね】
「そうか」
それを持ったまま盛大に溜め息をつくリシャットに恐る恐る清水が近付く。
「えっと、リシャットさん。大丈夫ですか? 疲れてない?」
「ん? とりあえずは大丈夫かな。問題は増えてるけど」
プラプラと目の前で取り出したものを振って見せるリシャット。清水はそれを反射的に受取り、じっくりと観察する。
細長くて丸い、アーモンドのような形をしたそれは真ん中に切れ目が入っていて何かをいれる容器のようだ。だが、大きさ的に入っても乾電池である。
「これ、なんの入れ物ですか?」
「俺達」
「え?」
「気力を自身のエネルギーに変換する装置だ。お前らなら兎も角、俺に使われたら俺が死ぬ感じの割りと過激なタイプのものだな」
固まる清水からそれをまた受けとる。
「ああ、もう力を吸い取る機能は壊したから問題ない。危険物には変りないから俺が預かるけどな。ちょっと調べたいこともあるし」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?」
「力を吸い取るって………前はそれ用の機械がなければ無理だろうって言ってた………」
「ああ、小型化に成功したらしい。やつらはこれを【ベクトル・シリグ】って呼んでるらしい。シリグってのはやつらの言葉で変換だな」
何処からそんな情報を仕入れてくるのか。それは全てライレン任せである。ライレンは普通の人間や魔獣の目には入らない上に知識が長生きしているだけあって豊富なのである。
偵察の技術などはリシャットを凌ぐ程で、こんなことを調べるのは簡単なのだ。
「ここ最近はこのベクトル・シリグを回収しているんだが、一機一機別の場所に隠してある上にコストがかかるから持ってないやつも多いから探すのめんどい」
ベクトル・シリグを手の中で弄びながら再び溜め息をつく。
「元々、魔獣とほぼ同じ大きさの機材を使わなきゃ力の引き出しは無理だったんだが、やつらの技術力は半端じゃない。たった数ヵ月の間にここまで小型化されているとはな………」
無造作にその危険物をポケットに突っ込んで指先を残骸の山に向ける。
「火焔」
ボソッと詠唱を終えた瞬間、塵の一片も残さずに残骸がその場から燃え尽くされた。恐ろしいところは地面にも一切の焦げも見当たらない上、こんなに至近距離でいたのに熱を感じなかった。
「はい、証拠隠滅完了。さっさとここから離れるぞ。結界維持もそろそろ面倒になってきた」
あまりにも無惨な亜人戦闘機の最期に、なんとなく同情すら覚えた清水だった。
ズバァン、ととてつもない音が屋敷中を駆け巡る。連日の戦闘でほぼ寝ていないリシャットが簡単すぎて飽き始めていた宿題を前にうつらうつらしていたときだったので本気で驚く。
あまりの驚きに目の前にあった紅茶のカップを落としてしまうくらいには動揺していた。
「やっちゃった……………」
絨毯に染み込みつつある紅茶に溜め息をつきながら割れたカップを拾って袋に入れていく。
「リシャット! 帰ってきたわよ!」
「おかえりなさいませ」
「玄関にいないって珍しいわね」
「少し手が滑ってカップを割ってしまったので。あ、そこから先は近付かないでください。破片が飛び散っている可能性がありますし」
耳を澄ますと一所懸命に全員分の荷物を運ぶ欄丸の声や雇い主である大地の声が庭の方から聞こえてきた。
欄丸の声は掠れていて、歩調が少し乱れている。どうやら相当お疲れの様子だ。
「リシャットが食器割るのって初めてじゃない?」
「そんなことは…………あれ? どうだったか…………」
そういえばそんな気もする。このまま考え込んでしまうと手が止まるのでそれもやめて床に目を移す。
掃除機で破片を吸い取り、紅茶の染み込んだ絨毯には魔法を掛けてシミを消す。
「終わりましたよ」
「そう? あ、これおみやげ」
袋の中には銀色のハーモニカが入っていた。
「吹けるんでしょ?」
「吹けますが………吹けるってお話しましたでしょうか」
「ううん? 欄丸がなんでも出来るって言ってたから」
「そういうことですか」
少しずっしりとしたそれはひんやりとしていて指で弾くと高い音が美しく響く。
「ねぇ、吹いてよ」
「今ですか」
「うん」
かといって断る理由もない。リシャットはそれを口に当てて息を吹き込んだ。
ゆったりとしたメロディから始まり、単調ではありながらも深みを感じさせる、そんな曲だった。




