「おい。面倒くさくなったじゃないか」
「それじゃあ先ずは気力っちゅうもんを感じてもらうところからはじめよか」
気力は血のように身体中を巡っている。意識しなければ感じることもない。
【今のうちに彼女、視ておきます?】
(ああ、そうだな)
目に気力を軽く流し、気力量が見える上限を1000まで上げる。
「…………これは、驚いたな………」
リシャットは気力を見ようとする時、その人の輪郭がぼんやりと光っているように見える。
だが、彼女……結衣はかなりの気力量を持っていた。
『アホみたいに光ってますね』
(最近言葉遣い悪くないか、シアン)
【リシャットさんのが移ったのでは?】
『それは少し恥ずかしいですね……』
(なんで俺は地味にディスられてるんだ………)
周りの子供達の光が蛍だとしたら結衣はスポットライトレベルである。目がチカチカするので直ぐに見るのを止めた。
「どうや? 次はいよいよ気弾を作ってもらうで」
「「「おおー!」」」
いつのまにか伊東の話がかなり進んでいた。リシャットも姿勢をただして伊東の話を聞く振りをしながら結衣に気を配る。
話聞けよ、と思うかもしれないが聞いたところで意味がないし、そんなことより気力を暴走させる危険がある結衣を観察した方がいいのだ。
「―――ってわけやな。じゃ、やってみよか」
「「「はーい」」」
またいつの間にか話が終わっていた。どうやら今から極小サイズ(リシャットにとっては)の気弾を作るらしい。
体育のマット運動の授業のような自由さである。各々できるやつを好きにやれ、みたいな。
「一応、やっといたほうがええで?」
こそっと伊東に囁かれる。確かに授業に参加しないのも不味いかと思ったリシャットはそれっぽく苦戦している風を装いながら結衣の気力の流れを音で聞き取る。
その内、何人かが成功させ始めた。親指の爪くらいの大きさの気弾を作っては一喜一憂する子供達。
「できた………!」
結衣が、手の上の小さな気弾を満面の笑みで見つめる。
「キッツ…………」
その斜め後ろではリシャットが苦戦していた。
単に言えば、結衣の膨大な気力を自分の体の中に無理矢理取り込んで暴走を防いでいるのだ。
だが、いままでこんなことをしたことはないので相当以上に消耗している。
【そりゃ元々譲渡するようにできてませんからね】
『なんで受け渡しできるようにしなかったのですか』
【すると思わないじゃないですか。っていうか私に対する態度冷たすぎません?】
他人の力の譲渡には無駄なほど精神力を使う。それで入ってくる量は雀の涙程なのだ。
得る分より出す方が圧倒的に多いのでこんな方法誰も使おうとは思わないだろう。
だが、リシャットは元音楽家であり、薬師であり、数学者であり、研究者だ。なんでも出来る分、追究することに喜びを感じる。
【またスイッチ入っちゃいましたね】
『また徹夜ですかね………』
【止めないんです?】
『止まりませんから。もし健康を害すると判断したら体を乗っ取ってでも休ませますのでご安心を』
【止め方が過激ですね………】
『マスターはそれぐらいしないと止まりませんから』
リシャットはこんな会話をしているのに一切気づいていないのだ。
集中力もそうだが、一度興味が湧くとやらずにはいられないたちなのでこうなったらもう後はどうしようもない。
気が済むまで研究させてやるしかないのだ。
【やっぱり強い人ってどこかしらズレていくんでしょうね。そこが面白いところですが】
どうやったら気力をほぼロスなしで受け渡しできるかを考え続けているリシャットを見つけた伊東はその状態のリシャットに近付く。
「えーと、リシャットさん?」
「……………」
「あのー」
「……………」
一切耳に入っていない様子である。ちょっと可哀想なのでライレンが声だけを聞こえるように調節して伊東の耳元で囁く。
【聞こえてますか?】
「ぅっひゃぁぁあああ⁉」
「っ、なんだっ⁉」
流石にこの叫び声には思考に耽っていたリシャットも反応した。
「何も居ないじゃないか………」
「いや、今、耳元で」
「耳元…………ライレンか」
「へ?」
リシャットがジト目でライレンを見ると、ライレンも首を振りながら、
【驚かせるつもりはなかったんです! ただ、伊東さんがリシャットさんに話しかけていたので】
「? 話し掛けてたのか?」
「話しかけてたで………っていうか、あの悪魔さんやんな?」
【幽霊じゃないですよ。悪魔のライレンですよ。一応冥王ですよ、はい】
いじけ始めた。
「おい。面倒くさくなったじゃないか」
「そんなこと言われてもぉ………」
初対面でも幽霊と勘違いされたライレンである。割りと凹んでいるようだ。
「まぁ、いいか。一応授業の途中だから集中し過ぎるのもよくないしな」
「え? ああ、そうやったな。………っちゅうか、ライレンさんの話して大丈夫なん? 周りの子が…………………⁉」
周囲を見渡して固まる伊東。何故なら、一切風が吹いていない。それどころか生徒の動きがピタリと止まり、なんの音もしない。
「ああ、練習がてら少し時間を止めてみた。最近少しずつ戻ってきているからな。簡単な停止魔法くらいは慣れておこうと思って」
実は、悲鳴じみた叫び声が聞こえた時点でもう時間を止めていた。
【世界の時間を止める………高位の神でも難易度が高い筈の魔法をなんの準備も無しで発動させるとは、やはり面白いですね】
「そろそろキツいけどな。息を吐き続けてる感覚がする」
たとえそうだとしても滅茶苦茶な肺活量だ。
「それじゃもとに戻すぞ」
パチン、と指をならすと風が再び吹き始め、子供達の声も聞こえるようになった。
「先生、どうですか?」
「え? ああ、ええんちゃう? …………綺麗すぎへんか?」
「そうでしょうか」
満面の笑みで極小サイズの気弾を作ってみせるリシャット。気力を使いなれているものが見れば確実に飛び上がるほど驚くような完成度のそれは力の向きがハッキリと見えるほど整っていた。
気弾は気力を体の外に出し、その場で回転させて作り出すもので、上手い人ほど力の向きが揃っている。
いろんな方向に渦巻いている気弾では亜人戦闘機に届く前に崩れて消えてしまったり、ぶつかった瞬間に霧散して殆ど効果がなくなってしまったりする。
気力は糸のように繊細で、扱いにくい。なので少しは反対向きに力を込めてそれをまとめる必要がある。
簡単に言えば毛糸玉を作るとき、一本の毛糸を全て同じ向きに巻いていったとしても確実に途中でほどけてしまう。なので斜めに巻いたり上下に巻いたりするのだが。
リシャットの場合、全て同じ方向で糸を巻いた毛糸玉を片手でゲームをしながら作り上げたようなものである。
今のところ、意識はほぼ全て結衣に向けているので気弾は殆ど見ていないのだ。
ではなぜ同じ方向で気力という糸を巻いた毛糸玉を作れるのか。
リシャットは気力そのものを気弾用に改造しているのだ。精神力や体力をどれだけの比率で使うかによって気力は性質が変わる。
これに気付いているのはリシャットとシアン、ライレンだけである。そもそもそんなことは誰も考えない。要は、同じ方向に巻く方法を考えた訳ではなく、糸そのものを改造してしまったのだ。
気弾用の気力は糸一本一本が絡まり合うように出来ており、同じ方向で巻いても互いに纏まってちゃんと毛糸玉になるのだ。
そうやって出来た気弾の威力は小さな手榴弾である。亜人戦闘機の二型なら兎も角、一型や三型などの比較的硬くない外殻くらいなら弾き飛ばせるレベルだ。
子供達の中に気弾に詳しい子がいなくて良かったと心から安心した伊東だった。




