「したな。実際結婚したし」
やっとテスト終わりましたよ………。頑張って書きますので更新頻度は上がると思います。
「………これはまた、程度の低いものを」
ノートがビリビリに破かれてゴミ箱に捨てられていた。リシャットはそれを丁寧に拾い上げてこっそり浄化をかける。ノートから漂う自分以外の匂いで誰がやったのか直ぐわかったが別に犯人を捕まえてもどうにもならないとわかっていたので取り合えず無視を決め込む。
ページがバラバラになっているのを見て、席につくと懐から針や糸を取り出して鮮やかな手つきで縫い合わせていく。
機械でやったようにしか見えない等間隔の縫い目のノートを完成させて満足したのかそれをそのまま鞄にいれてチャックを閉じる。
この鞄も勿論普通のものではない。チャックはリシャットの許可を得ないと開かないようになっており、魔獣の爪の攻撃だろうが耐えうる強度を誇る魔改造が施されている。
それだけではなく、手を突っ込んで出したいものを思い浮かべるだけでそれが手のひらに飛び込んでくるという超便利仕様。
これは大量にものが入るマジックボックスの術式のものを取り出すときに使うぶんだけを抜粋して鞄に取り付けたものである。
もう、なんでもありだ。
掃除の時間になると、リシャットと結衣を抜いた全員が校庭に出ていってしまった。
「「……………」」
リシャットも結衣も声を出さず、ただ延々と箒を動かす。
「えっと、ごめんね」
「? 謝られるようなこと、ありましたか?」
「え、だって………私のせいで皆に」
「その辺りは気にしていませんから。これでも苛めは何度も経験していますので」
白亜の頃もハクアの頃も、シュリアの時でさえ苛めというものを受けていたリシャット。ただでさえ目立つ容姿なのに無駄になんでもできてしまうので嫉妬の目にさらされることも少なくなかったのだ。
「でも………」
「別に気に病むほどの事ではないですよ。私はこんなことよりずっと辛い事を経験してきていますから」
「………聞いていい?」
ちゃんと断りをいれてくる結衣に子供らしくないな、と苦笑しながら頷く。
「私の右手の話です」
「そういえば殆ど使おうとしないよね」
「見せれば判るのですが、昔、ちょっとしたいざこざで大怪我をしてしまいまして、右腕が満足に動かせなくなりました」
「怪我してるの?」
「傷は勿論塞がりましたが、最初は少しショックでした。私元々右利きですし」
何をするにも両手が必要なことに初めて気がついた瞬間だった。
「それに比べればこんなこと痛くも痒くもないですよ」
痛みの部類が違う気がするが。
「結衣さんの方こそ、何故?」
「何故って…………ああ、知らないんだっけ。私のお父さん、人殺しなの」
それを聞いて、一瞬、そんなことか、と思ってしまったリシャットだが、この世界ではそれは一般ではなかったと思い返す。
大分、あっちの世界に毒されているようだ。
「私が生まれる前に、お父さんが他の人のお家に入って包丁で刺して殺したんだって。だから皆言うの。お前も人殺しをいつかするんだって」
「……………」
リシャットは殺しかけたことはいくらでもあれど、殺しはしたことがない。
ほっときゃ死ぬけどまだ助かる余地はある、みたいな怪我人を大量に病院送りにしていた。
勿論、魔物や動物は殺したことがあるし、魔獣もほぼ毎週手にかけている。
自分がいつか死ぬという危機感も普段から持ち合わせているつもりだ。
だが、彼女は違う。
生まれてすらいない時に父親が人を殺したといってその子供がそうするなど誰が決めつけられるのだろう。
彼女は殺しをする覚悟も殺される覚悟もない。それはただのか弱い女の子にとって、どれだけの重圧だったのだろうか。
「私は、そう思えません」
「?」
「結衣さんが悪いことなんてないじゃないですか。誰だって人殺しになる、もしくは家族が人殺しになる確率は同じなのに」
「家族が人殺しになる確率は同じ?」
「車で人を轢いて殺しても人殺し、銃で撃っても、包丁で刺しても同じ。そこにあるのは明確な殺意なのか、それともただの偶発的な事故なのか。それだけです」
わざわざ難しい言葉を使って説明するリシャットに首をかしげる結衣。
「殺意をもって殺すにせよ、過失だったにせよ、全部同じ。全部人殺しで処理されてしまう」
「何が言いたいの」
「気負うな、とだけ言わせて貰いましょうか。貴女が悩んでも答えなんて出てきません。うじうじ立ち止まってるより次の道を探して歩いた方がいい。そんなことなんていくらでもある。………まぁ、私は少し焦りすぎましたけど」
人生をほぼ棒に振った白亜からの心からの助言、否、忠告。
「歩こうが走ろうが結果は同じこと。変わらないことなんてない。当たって砕けろです。無視されてもいいじゃないですか。殴られたって蹴られたって。いつか暴力以外の形で見直させてやればいいんです。折角可愛い容姿をお持ちなんですから、歪めていたら勿体無いですよ」
手際よくゴミを集めながらそう言うリシャット。
「生きてさえいればいくらでもチャンスは巡ってきます。私達にできることはチャンスが来るまで自分の刃を磨き続ける事のみ。そうは思いませんか?」
「はははっ! こいつ、どんだけ殴っても声ひとつあげないんだぜ? キモッ」
「…………」
口の端に垂れる血を拭うこともせずにただただ無機質な目で相手を見詰めるリシャット。抵抗ということを知らないかのごとく、殴られてもほぼ無反応を貫いている。
「おい、先生来るぞ!」
「ヤバッ、逃げろっ!」
ゾロゾロと走って逃げていくのを横目で見ながらため息を吐く。
「ったく………顔を殴ったら先生にバレる確率が上がることくらいわかんねぇのかな………? 所詮は子供か」
痣の出来た頬を擦りながら回復魔法で治す。色が薄れるようにして元の白い肌に戻っていった。
「おい、そこにいるのは判ってるぞ。別に隠れなくても大丈夫だ。俺の他に人はいないしな」
「なんや、気付いとったんか………ってのは違うな。気付いてるのが当たり前、か」
「何を言っている? ……………そんなことより始めるぞ。集まってるか?」
「集まってますよ。もう全員。あとはお前さんだけやな」
「そうか」
コキコキと首をならすリシャットを見て、
「言わんでええんか?」
「なにがだ」
「苛められてること、さくら先生に言ってもええんやで?」
「別に良い。こんなところで仲良しこよしする年齢でもない。それに………いや、これは話すべきことじゃないな。忘れてくれ」
青い目はもう既に格技場へと向いていた。
この話はもう終わりだとそう言っているかのように。
リシャットの苛めは徐々にエスカレートしていき、ついには殴られ蹴られの暴力が始まった。とは言っても銃で撃たれても叫び声一つあげないリシャットである。
実に平然と拳を受けている。傷なら治るし、戦い漬けの日々で痛覚も鈍ってしまっている事を自覚しているのである程度なら平気なのだ。
「体の傷はいくらでもなんとかできるが、中身はどうしようもない。一瞬で何とかしたいなら応急処置で洗脳するしかないし」
「なんか怖いこと言っとるな………。つまり、どういうことや?」
「俺が殴られるぶんには問題ない。痛みも感じにくい体になっているし直ぐ治るしな」
「痛みも感じにくいって、それヤバイんとちゃうか」
「本来はヤバイな。今になってはもうどうでも良いけど」
そんな些細なこと気にしてどうする? とでも言いたげな目を向けるリシャット。
「そんなことより心配なのは結衣さんだな。あの子はただの子供だ。心が折れなきゃ良いが………」
「心が折れるってそんな簡単に?」
「心を折るのってそう難しくないぞ? 手と足を縛り上げてそれから……………いや、なんでもない」
「今なんかとんでもないこと言おうとした⁉」
心の折り方のレクチャーなどしている場合でもないと思い、リシャットは話をもとに戻す。
「俺は長い間戦場に身を置いてきた。魔獣との戦闘もそうだが、人間同士の戦いも何度も、な。その度に精神が病んでるやつらは何人も見た。戦場にしか居場所がないやつ、武器を使うことに快感を覚えるやつ、死期を悟って泣き叫ぶやつ。そうなるのが当たり前のようにそこにいた」
俺もそうなりかけた事はある、と呟いて小さく欠伸をする。
「ま、その時は戦場から引き戻してくれたやつがいたから助かったけどな」
「へー、リシャットがな…………そいつに惚れたりしたんか?」
「したな。実際結婚したし」
「………………はぇ?」
冗談半分で口に出したようだ。
「なんや、女に助けられたんか?」
「は? 男だよ」
「男と男が結婚したんか」
「いや、俺そんときは女だった」
「ああ、成る程……」
「今もだけどな」
「へー………………………………⁉ 今、なんて⁉」
長い沈黙のあとに叫ぶようにリシャットに問う。
「俺が男だと誰が言った? 白亜だった時は勿論男だったからな。そっちの感覚が抜けないんだよ」
「女の子だったんか…………どうりでちいさ――――ぶっ⁉」
「小さいは余計だ。さっさと行くぞ」
見事な回し蹴りを鳩尾に叩き込んだリシャットは少し不機嫌な声を出しながら歩いていった。




