「………死ぬほど辛いと思うよ?」
「それで、自分には普通に話してもらいたいのです」
「普通に、ですか」
「ええ。貴方が無理して話しているようには見えませんが、そういうことなのでしょう?」
「…………」
一瞬目を逸らし、頭を掻く。
「………わかったよ。日本語でこう話すのは久し振りだけどな」
欄丸と話すときは基本この口調なのだが日本語ではないので懐かしい感じがする。
「はは。聞いていた通りです。では改めまして、これから宜しくお願いします」
「ああ。宜しく頼む」
どう見ても小さいリシャットがかなり偉そうにしていて、背の高い老人がへりくだる図は、端から見ればカオスである。
握手を交わし、本題に入った。
「それで、今日早めに来ていただいたのはお願いがあるためなんです」
「?」
「話によるとたった数ヵ月でどこにでもいる警官を一流の戦力にまで鍛え上げたと聞いているのですが」
「ああ、まぁそうだな。あの時は業務とか気にしなくて良かったし、俺も時間がなかったからギリギリまで追い込んだから」
「我々の教師陣にも指導をお願いできないでしょうか?」
え? と一瞬表情が固まる。追い込んだ、とはっきり言っているのにそれを頼むのか、と。
「………本気?」
「勿論です」
「………死ぬほど辛いと思うよ?」
「覚悟の上です。自分共は有事の際には魔獣と戦う必要があるのです。ですから生半可な戦力では困るのです」
それはそうかも知れないけど。と呟いて目を閉じて思考する。
今回の話のメリットもデメリットもリシャットには殆ど関係ない。
メリットは教師陣の戦力増強、デメリットはリシャットの存在が露見するかもしれないというのとそれにかかる時間位である。
リシャットの存在もバレる人にはバレているので実質問題はない。
「………まぁ、俺は構わないけど、こっちもやることがあるからな。基本そっちを優先させて貰うが」
「それは聞き及んでいますし、簡単なアドバイスだけでも構いませんので」
「へぇ…………」
どこまでも底が見えない透明に近い青色の目を真っ直ぐに向ける。何かを品定めするようなものではなく、純粋にその真意を知ろうとしている目だった。
「………嘘はないみたいだし、こちらも構わない。そうだな………貸し一つってことで」
「ありがとうございます」
指を一本立てて悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「思っていたのとずいぶん違いました」
「俺の性格か?」
「はい。もう少し………無気力だと聞いていたもので」
「その通りだ。俺だって変わるさ。もう………二十年以上も前の話だしな」
二十年前何があってそうなっていたのか、この二十年で何があって変わったのか。それは言わなかった。
「そろそろ、かな」
壁に掛かっている時計を見ながら鞄をもって立ち上がるリシャット。
「俺の事情を知ってる人って何人居る?」
「自分と教頭、生活指導の先生の三人です」
「そっか。それなら良いや」
ぐぐっと伸びをして改めて手を前に出す。
「これから色々あると思うけど………宜しく」
「はい。宜しくお願いします」
最後にもう一度握手をして部屋を出た。
「確か………初等部二年………あ、ここか」
キョロキョロと辺りを見回し、何度も地図を確認しながら一つの教室に辿り着く。
コンコン、とノックをすると引き戸がカラカラと音をたてながら開いていく。
「あ、転校生かな?」
「はい」
「はいってはいって」
先生だと思われる女性に引っ張られながら教室に連れ込まれた。
見るからに外国人のリシャットにざわつく生徒たちを宥める先生。
リシャットを前に立たせ、自己紹介をさせる。
「………リシャット・アルノルドです。ロシアから来ました。宜しくお願いします」
名前と出身だけでいいか、とさっさと自己紹介を終わらせるリシャット。
「はい、ありがとう。先生は東さくらって名前だからさくら先生って呼んでね」
「あ、はい」
促されるまま一番後ろの席に座るリシャット。視線が一気に集まるが、目立ちまくって日々を過ごしているリシャットにとっては最早日常茶飯事の視線だったので軽くスルーする。
「じゃあ皆、リシャットさんに自己紹介しましょう。明君から順番に名前と趣味を言っていってね」
「はーい。えっと、僕は小金井 明っていいます! 好きなことは読書です!」
明から始り、次々と名前が連呼されていく。普通なら覚えきれない量の情報量をリシャットとシアンが分担してデータに纏め、分類分けして名前と顔を完璧に記憶していく。
人の顔と名前がなかなか一致しないリシャットが編み出した苦肉の策である。
「はい、全員終わったね。皆、仲良くするように!」
「「「はーい」」」
そうして授業が始める。九九の授業だった。
「リシャットさん! 6×2=?」
「12」
「オッケー! じゃあ前の席に戻って明君!」
席の順番に当てられていくので一回当たると回ってくるまで暇である。
「ねぇねぇ」
「?」
「九九、覚えた?」
「ええ」
「凄いねー」
中身60過ぎているので当然なのだが。
隣の席の白河 結衣が話しかけてきたことに一瞬面食らいながらそう答えるリシャット。
そうこうしているうちに授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あ、授業終わり‼ 次の時間は体育だから皆着替えてねー」
「起立、礼。ありがとうございました」
自己紹介の時、委員長だと名乗っていた女子が号令をし、休み時間に入る。
案の定、皆群がってきた。
「なぁ、えいご話せるのか?」
「どこから来たの?」
等々。リシャットは一斉に話しかけられても全部理解することは可能だが今ここでそれを発揮しても不気味な子供である。
「えっと………」
どうするべきか迷っていると一人の女子が前に出てきた。結衣である。
「ちょっと、困ってるじゃない。一人ずつよ一人ずつ」
「…………面倒なやつ。行こうぜ」
どうやら結衣は嫌われている、もしくは避けられているようだ。リシャットの周りから人が掃けていく。
「えっと………ありがとうございます」
「いいの。困ったときはお互いさま」
リシャットは何故彼女があそこまで避けられているのか、理解できなかった。
『悪い子ではなさそうですよね』
(それは同感だな)
時間もあまり無いので服を着替え始める。皆自分の席で着替えるようで、男女の区別はない。皆一緒である。
リシャット的には助かるのだが。
体操服にサッと着替え終わり、丁寧に制服を畳む。
「え、はやっ⁉」
「そうでしょうか?」
寧ろこれぐらい早くないと遅すぎると美織が拗ねる。
リシャットは許可を貰って足首にミサンガを着けている。これは体への負荷を数十倍にまで上げ、あらゆる体の制限を一気に狭くするという、普通に考えたらデメリットしかないものだ。
勿論リシャットのお手製である。
これをつけていないと超人的な力がダダ漏れ状態になり、もしそれを抑えてもいつまで経っても全く疲れるそぶりを見せないということになってしまう。
現代の子供にあった体にしてみたところ、本来の力の数十兆分の一にまで身体能力を落とすという計算になった。
しかもこのミサンガ、無駄なほど消費魔力が多く、使うだけで疲労していくという面倒くさい仕様になっている。




