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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「しまりのない表情になっておられます」

「はっ‼」


 気づいたらベッドにうつ伏せの状態で寝ていた。


「これは疲れてんのか、俺は………」

『おはようございます』

「早くはない………むしろ昼寝だけどな」

『最近あまり寝ていないので心配だったんですよ?』

「それは、まぁ、な」


 他人にバレないように夜中に動く必要があるのでどうしても睡眠時間を削らなければならないのだ。


「どれくらい寝てた?」

『一時間程です。呼ばれてないですよ』

「なら、良かった」


 コキコキ、と首や肩をならしながら部屋の隅にある机の前に移動する。


 そこには木の板や絵の具などが置かれている。リシャットはその中から小さな宝石等を取り出して作業を始めた。


 邪魔な部分は指先で削り取り、金属を魔法で溶かして溶接する。


 人間離れという言葉も生ぬるいほどの異常っぷりである。


 その内、どこからか万年筆を取り出して宝石に細工を始める。米粒に絵を描く方が簡単なのではないかとも思えるほどの精緻な細工が徐々にリシャットの手によって形作られていく。


「出来た………」


 ふぅ、と息を吐きながら箱にそれをしまって引き出しからノートを出して今日あったことを書いていく。


 日記、というより報告書かなにかにしかみえない文章がずらりと並ぶノートはこの世界の誰も読むことのできない字で書かれていた。


「みー」

「ミュル。どうした?」

「ミャー」


 よじ登ってきたミュルを肩に乗せて小さく欠伸をする。


「くぁ………なんだろう、眠い」

『睡眠時間が足りてないんですよ』

【そうですよ。もっとしっかり寝ないと】

「はいはい」

「み?」

「なんでもない」


 シアンとライレンの声が聞こえるのはリシャットだけなので独り言にしか聞こえないのが難点である。


 そのまま何をするでもなくぼーっと過ごす。


 いつの間にか来客も帰ったようで欄丸が食堂の片付けをしている音が聞こえた。寝ているリシャットを起こさないようにという配慮だろう。


「欄丸…………すまん。寝過ぎたな」

「そうでもない。ここの音に気づかないほど疲れていた証拠だからな」


 寧ろ年中無休で屋敷の管理や食事、警備をし続けているリシャットが異常なのだが。


「お嬢さんが美味しかったと言っていた」

「そうか。夕飯はその残りでいいかな」

「大分余っていたし、良いと思うぞ」


 二人で片付けをしていると美織が来た。


「リシャット」

「お嬢様」

「美味しかったわ。ありがとう」

「いえ。………ああ、そうだった。お嬢様、お誕生日おめでとうございます」


 小さな箱をポケットから取り出して美織に手渡す。


「開けて良い?」

「勿論」


 カパ、とよく磨かれた木製の箱を開けると淡くピンクに色づいた透明な宝石のストラップが入っていた。


 光に透かしてみると細かな模様が浮き上がり、より一層輝きをみせる。


「綺麗………いいの?」

「はい。手作りですのでそんなに良いものではないのですが……それは普段から身に付けるようにしておいてください」

「なんで?」

「お守りです。模様があるでしょう? それは魔除―――災害避けの意味が込められているものです。気休めにしかならないかも知れませんが」


 気休めにしかならない、というのは嘘である。魔力を込めながら小さな宝石に術式を刻み込むという果てしなく面倒な作業をやっているところをみてわかるようにこのお守りは効果抜群である。


 使用者が身の危険を感じると物理障壁が張られ、怪我をした場合は即座に治療に魔力を使う。


 これは使用者さえ願えば他人を回復させることも可能で失った四肢でさえ元通りにはえさせることも可能である。


 その代わりにもうこれは魔力を閉じ込めてあるものなので使われた魔力はもう二度と補充することはできない。


 色が透明になったら使えない合図だ。


 勿論普段転んで少し擦りむいたくらいで発動しては困るので色々と細工は施してあり、それが発動した時点でリシャットに連絡が行く。


 宝石自体に転移陣を仕込んでいるのでリシャットが宝石を介して美織のもとへ飛ぶことも出来る代物だ。


 日本では使えるものはいないので価値は美術品としてのものでしかないがこれをリグラートで売ろうとしたら即座に国宝に指定されて国に買い取られることになるだろう。


 それぐらい稀少なのだ。


 この魔力を刻んだ宝石もその術式も。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 嬉しそうに笑う美織にお辞儀をしながらそう言った。それを欄丸以外に見ているものが二人。


「良い雰囲気だねー?」

「みー」


 ミュルを抱いた大地が入ってきたのだ。


「旦那様。いつの間にお帰りになられていたのですか?」

「気づかなかったのかい?」

「お恥ずかしながら、ミュルだけはどこにいても気づけないのです………」


 何故だかいまだに不明なのだがミュルがいるとその周辺の音すらリシャットの耳に届かなくなる。


「そうかい。美織。プレゼントがあるよ」

「本当?」

「ああ。部屋においてあるからみてくると良い」

「うん‼ ありがとう‼」


 大地に抱きついてから部屋に走っていった。


「旦那様」

「どうしたんだい?」

「しまりのない表情になっておられます」

「へ?」


 まるで今すぐにでも溶けてしまいそうな表情である。


「いやー、嬉しくてね……」

「まぁ、確かに思春期に入るまでもうあまり時間が無さそうですしね」

「え」

「?」


 ガシッとリシャットの肩を掴んで必死な顔をしながら揺さぶる。


「どういうことだい⁉」

「いえ、あの。お嬢様は大人びていらっしゃるので恐らく思春期にはいるのももうあまり時間はないかと………」

「なんだって………」


 この世の終わりを見てきたような顔をして呆然としている。


「いや、わかりませんよ? もしかしたらそんなことはないかも知れませんし……」

「でも君が言うんだから」

「私は未来が見えるわけではないですよ?」


 信じられるのは良いことだがまるでリシャットの言った言葉が全て現実になるような言い方である。


「し、思春期に入ったら父親は嫌われるんだろ?」

「人それぞれだと思いますけど………」

「だ、だって本で」

「いや、私に言われましても………」


 この後同じような説明を何度も繰り返す事になったのは仕方のないことだったのだろうか。


 因みに、欄丸は話が面倒になりそうだと早々に逃げていった。賢明な判断である。









「ふんふーん♪」

「随分ご機嫌ですね」

「えへへ。プレゼントにバッグ貰ったんだもん」


 勿論、バッグだけではない。その他大量に。


「それは良かったですね。でも流石に護身術を習うときは置いておきましょうか」

「はーい………」


 名残惜しそうにバッグを家にいれて細い枝を持つ。


「今日は棒術でしたね。では始めます」

「よろしくお願いします」

「はい。では先ず基本の構えから」


 リシャットは最初の姿勢を大事にする。構えたときに少し上を向けば隙が大きくなり、下を向けば反応しきれない時が出てくる。


 それを戦場でしっかりと理解しているため美織の姿勢を何度も微調整させながら変な癖がつかないよう教える。


「それでは一本とってみてください」


 くるり、と手の中で棒を回しながら不敵に笑うリシャット。


「はあっ!」

「振りかぶりすぎです。もっと腹筋に力をいれて‼」


 ペチ、と足を叩かれて一旦距離を取る美織。その動きはそこら辺の子供を凌駕していた。


「はい、休憩です」

「ふぅー」


 お茶を飲みながら一息つく。


「リシャット強すぎ」

「昔は弱かったですよ」


 棒をピタリと美織につき出すようにしながら小さく笑う。


「お嬢様もいつかは強くなれますよ」

「どれくらいかかる」

「10年すればそれなりに戦えるようにはなるかと」

「長っ! っていうかリシャットって私と同い年だよね⁉」

「ええ。そうですね。ほら、隙有り」


 ペチリ、と首を優しく叩いて動きを無理矢理に止めさせる。


「もー、全然わかんないよ」

「そう言われましても………私もかなり自己流なので」

「むぅ………」


 少し不機嫌になる美織を小さく笑ってまた軽く叩くのだった。

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