【激甘ですね】
ミュルを頭の上にのせながらリシャットは小さくため息をつく。目の前には正座で縮こまっている男と女の子がいた。
言わずもがな欄丸と美織である。
「私は………今、ほんの少し怒っています。何故だかお分かりですか?」
ゴゴゴ、という効果音が聞こえてきそうなほど分かりやすく怒っているリシャット。
「お前もだ。欄丸」
ロシア語で欄丸にも話し掛けてから腕を組んで向き合う。
「お嬢様。私が言いたいこと、分かりますよね?」
「ごめんなさい」
「謝ってすむなら警察は要りません。何故だとそう聞いているのですが?」
「…………勝手に練習してごめんなさい」
この二人、リシャットの居ない隙に護身術の練習をしていたのだ。
「私はいつも言っていますよね? 危険なことは私の前か緊急事態以外では使うなと」
「ごめんなさい………」
俯く美織に再度ため息をはきつつ欄丸を軽く睨む。
「欄丸。お前もなんでやった」
「お嬢さんが……強くなりたいから、と」
「お嬢様が?」
「我も止めたのだが…………。守られるのは嫌だと」
この会話は美織は理解できていない。リシャットは呆れたような顔になる。
「だからってお前も付き合うな。お嬢様もお前も未熟すぎる。下手にやって怪我される方がよっぽど危険だ」
「それは………すまない」
リシャットは美織をちらと見て、ちゃんと反省しているかどうか見る。
『許してあげればいいではないですか』
【そうですよ。なんだかんだ言って美織さんも心配なんですよ】
シアンとライレンもそう言う。
「はぁ………まぁ、確かに危険だと思ってどちらかと言えば相手を面食らわせる方法しか教えてないですしね………」
美織にそう言い、
「今回は許します。ですが次やったらちゃんと罰は受けてもらいます。いいですね?」
「は、はい‼」
「それと、今度から簡単な投擲術、棒術を教えます。以上」
「へ? それって………」
「勘違いしてはいけませんよ、お嬢様。身を守る術を教えるだけで戦う方法を教えるわけではありませんから」
今日何度目かのため息を吐きつつそう言う。美織が徐々に元気を取り戻していくのが目に見えてわかった。
「はぁ………。ちゃんと反省してくださいよ。二度とこういうことはしないこと」
「うん‼」
嬉しそうな美織に再度ため息をつきつつ部屋を出ていった。
『結局甘いですね』
【激甘ですね】
「許してやれって言ったのどこのどいつだよ、全く……」
頭の上のミュルを落とさないように気を付けながら廊下を歩いていく。気配を感じさせない歩き方で。
「欄丸‼ 絶対焦がすなよ‼」
「う、うむ!」
背後に向かって叫ぶようにそう言いながら手元のフライパンの中身を溢さない絶妙な力加減で動かし続ける。
その目は忙しなくあらゆる方向に動き、ほんの少しでも気になったら直ぐ様そちらに移動する。
一度に作っている料理はざっと13種類。冷蔵庫で冷やし中の二品を除き、あとの10種は目の前で一斉に調理し、最後の一品をオーブンで焼いている。
だが、コンロとオーブンは真反対にあるので不安しかないが欄丸に任せている。
「っと、あぶねっ」
焦げ付くか焦げ付かないかのギリギリのラインを渡り続けるリシャット。一品ずつ作れば簡単なのだがそうも言っていられないのだ。
「今日は人数が多いんだ! 一品でも減ると面倒だからな!」
「わ、わかっている!」
ちなみに、ミュルは毛が入るのでキッチンには入れない。
「よし、もう大丈夫か………」
手元の大量の鍋やフライパンを交互に見ながら振り向く。
鼻がスン、と動いた。
「おい。欄丸」
「なんだ」
「焦げてないか」
「ぬ?」
オーブンを開ける。グラタンの端が微妙に焦げていた。
【ギリギリセーフですかね…………?】
「アウトだよ」
そもそもリシャットがあそこで振り向いていなかったらどうなっていたのか。
「まぁ、ギリギリ及第点だ。さっさと運ぶぞ!」
「リシャットがいつにも増して怖い………」
キッチン内を走るようにして皿に料理を盛り付けていく。
しかも手元を全く見ていない上にたまに料理が空を飛んでいる。それでもちゃんとソース等が跳ねることなく皿の上に着地するのだから不思議なものだ。
「早く運ぶぞ」
「う、うむ!」
なんとか食堂に料理を全て運び終わった瞬間、家の扉が開け放たれた音がした。
「ヤッベ、マジでギリギリだった………」
服を整えながら扉へ向かうリシャット。その後ろには欄丸もいる。
「リシャット! ご飯!」
「ご用意してあります。皆様、ようこそおいでくださいました」
美織の後ろに続くメンバーに頭を下げるリシャットを見て慌てて欄丸も頭を下げる。
本当に危なかった、と内心冷や汗が止まらない。
「お飲み物は前回のものに加えてもう少し増やしてみました。お好きなものをお飲みください。それでは失礼します」
食堂に案内してから直ぐ下がろうとするリシャットを一人の人がそれを止めた。
「少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「ええ、なんなりと」
「後ろの人は?」
「私の親戚で欄丸という名前です。が、ロシア育ちなので日本語はほとんど理解できません」
名前は完全に日本名なのに日本語は話せないという不思議な人になってしまっている。どう見ても外国人のリシャットがペラペラなのも不自然だが。
リシャットに質問を投げ掛けたのはあの先生である。美織の学校は小学校にしては珍しく6年間クラス替えがない学校なので担任もまた同じ人がやるのだ。
ここに集まった理由は、美織の誕生日パーティーである。
立食パーティーを希望した美織の為にリシャットが文字通り目を回すほど動き回ってなんとか料理を用意したものだ。
どこかのホテルのビュッフェがこんな感じだったよな、というかなりぶっとんだものである。
ほとんど全てリシャットが作ったとは思えない量の食べ物である。クラス全員でも食べきれない量だ。
「それでは、失礼します」
食堂を出て真っ直ぐ自分の部屋に向かう。かなり乱暴に戸を開けたので中にいたミュルが飛び上がって驚いているがそんなものはお構いなしにベッドに倒れこむ。
「あー………疲れたぁ……………」
ここ数時間、料理を完成させることだけを目標に動き続けていたのだから仕方がない。
本当だったらもっと余裕があった筈なのに欄丸が卵をパックまるごと地面にぶちまけてしまったのでその買いだしやらをしていたら本当に秒単位で間に合うか間に合わないかの瀬戸際に立たされていたのだ。
ベッドに倒れこむぐらい許してほしい、とは本人の言葉である。




