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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「皆と一緒に居られる事が何よりも嬉しいから」

「お嬢様。少し宜しいでしょうか」

「どうしたの?」

「買い忘れた物があるかもしれないので今少し確認しても宜しいでしょうか」

「何買い忘れたの?」

「いえ、かも(・・)しれない、ですので」


 買い忘れてない可能性もあると事前に言っておくリシャット。


「いいよそんなの。早く帰ろう?」

「あ………はい……かしこまりました」


 一瞬で撃沈した。少なくとも数十秒は立ち止まりたいのだが無理そうである。


(おい。駄目だったぞ)

『駄目でしたね………。流石は美織様』

【美織様関係なくないですか………?】


 下手したらもう直ぐで姿が見えてしまう。普通に倒せたらいいのに、とどうにもならないことを考える。


 小さく唸り、見えないくらいの速度で倒すべきかとも一瞬考えたが風を押さえることも出来ないので最悪バレてしまう。


 美織がリシャットを不審げな目で見つめる。


「…………なんでしょう」

「どうしたの?」

「いえ、なん―――」


 リシャットの視界に亜人戦闘機ノン・ストッパーが入った。


「あ」


 しかも美織もそれを見てしまった。沈黙したまま亜人戦闘機ノン・ストッパーと目が合う。


「「「…………」」」


 数秒、互いに動かず固まっていたリシャット達。動き出したのは亜人戦闘機ノン・ストッパーだった。


「キシャアアアア!」

「あーあ………やっぱりか………」


 最近リシャットは見付かればほぼ確実に襲われている。見逃してはもらえないようだ。


「お嬢様。これを持って家に走ってください」

「な………ちょ」

「お願いしますね」


 左手の荷物を美織に全部渡して腕捲りしながら亜人戦闘機ノン・ストッパーを真っ直ぐ見据える。


「何言ってるのよ⁉ っていうかまさか戦うつもり⁉」

「はい。私も逃げたいところですが、お嬢様の足では追い付かれてしまうと判断しました」

「私が遅いから戦うって………」

「上手く逃げるつもりです。警察の方にも連絡をいれますのでその内………」

「アホじゃないの⁉」


 コキコキと首をならし、まるで軽く運動してきます、とでも言っているようなノリで言うリシャットに叫ぶようにそう言う美織。


「別に死ぬつもりはありません。捨て身でぶつかるわけでは無いのでご安心を」

「問題そこじゃない‼」

「あ、その袋のなか卵が一杯入ってますのでお気をつけください」

「聞いてる⁉」


 マイペースにそう告げるリシャットを恐ろしいものを見るような目で見る。


「…………お嬢様も、そんな目で見るのですか」


 それまで美織に顔を向けていなかったリシャットがゆっくりと美織の方を見る。


 見たこともないほどに悲しみに染まった目だった。


 怒っているわけでも呆れているわけでも悔しく思っているわけでもない。


 ただ純粋に悲しんでいた。美織にはその目の意味が分からなかった。


「………早くお逃げください。また後で参ります」


 そう言って、もう美織を真っ直ぐ見ることはしなかった。美織に背を向けて無造作に構えをとる。


 美織はどうするか迷っていた。だが、この場に居るべきではない、とだけは漠然と判っていた。


「………わかった」


 互いに背を向けて美織は家へ、リシャットは目の前の魔獣へ歩を進めた。美織もリシャットも、後ろを見ることはしなかった。









「ふぅ………こんなもんか」


 リシャットは突き刺さっているトランプを魔法で燃やしながら証拠隠滅する。


 弁当を届けたあの日から、なんとなく美織とは話さなくなった。勉強もちゃんと教えているし夕飯のリクエストも聞いたりするが、今までやっていた美織のいたずらや雑談が一切無くなった。


 二人とも、なんとなくだった。特に理由があるわけではないのだが互いに互いを避けるようになっていた。


 あの時、リシャットは本当に時間稼ぎに徹し、とりあえず美織が離れたところで屋根づたいに美織の所に戻ったので戦闘らしい戦闘もしていない。


 だが、それでも美織とリシャットの壁になるくらいには大きい案件だったのだ。


『少し休まれた方がいいのでは』

「いや………まだやれる。時間もある」

【………】


 足に突き刺さっている破片を乱暴に引き抜きながら立ち上がるリシャットをライレンは無言で見つめていた。


 そして、それから三ヶ所を移動したときの事。


「っ」

「キシャアアアア!」


 右肩に爪が掠った。激痛を堪えながら何とか倒し、人気のないビル群の屋上を見つけてそこに降りる。


「うっわ………」


 昔の弾痕をなぞるようにして深々と切り裂かれている。血の量も半端ではない。ポタポタと垂れる血が小さな池を地面に作っていく。


 ここでは人も来ないだろうと感知系統の魔法や能力を一旦全て切断し、壁に背中を預けて怪我の回復を待つ。


 ゆっくりと呼吸をしながら夜空を見上げる。


 町中の光でほとんど星は見えないが、うっすらと夏の星座が見える。急に、故郷の事を思い出した。


 山中の小さな村なので良く雪の降る冬はともかく、夏は本当に綺麗な星空が望めたものだ、とぼんやりと思い出す。


「そういや………ロシアも星空、綺麗だったな………」


 たまに星空の綺麗な日は屋根の上で一人空を見上げる事もあった。


 そして、記憶のなかで最も綺麗だった夜空はシュリアとして傭兵団でルギリアと共に働いていた頃に見た物だった。


 リシャットの記憶のなかで最も朧気でふとした瞬間に忘れてしまっているような脆い記憶。


 何十年も前、しかも何度も生まれ変わって大分薄らいでいる記憶だが、鮮明に覚えていることもある。


 ルギリアと初めて会ったときや傭兵団を結成したときなど、記念日になるほどハッキリとした思い出の中で、なんでもない日の記憶など、もう無いに等しい。


 それはルギリア達もよく知っていて、シュリアと話すときは思い出せるようにわざとどうでもいいことを話すのだ。


 傭兵団の団員の会話の癖や性格、自分の好き嫌いや互いの愚痴を。


 それをシュリアは笑顔で聞き続ける。少しでもあの時の事を思い出せるように。同じ記憶を共有出来るように。


 だが、やはり寂しい物はあったのだ。日が経つ毎に何かを忘れていっているような気がしてならないとルギリアに一晩中泣き付いた事もあった。


 白亜とシュリア、そしてハクアの記憶がごちゃ混ぜになってしまうこともあった。


 だからあの時の夜空はシュリアとしての自分に残った大切な思い出(宝物)なのだ。


 特別な日でもなんでもなかった。傭兵団の仕事で夜営をしたとき、薪を探して迷ってしまったのだ。霧も出てきて不安ばかりが募った。


 ルギリアがそれにすぐ気づいて探しに来てくれたのだが二人揃って濃い霧に道を隠されてしまい、しばらくその場で霧が晴れるまで立ち止まった。


 シュリアはその時の会話を覚えていた。


「霧払いは使わないのか?」

「……うん。魔法って無闇に使っちゃいけないとおもうから……」

「いや、いいさ。俺もなんの対策もせずに森に入ったのが悪いんだから」


 近くの岩に二人で腰を下ろし暫く黙る。短い沈黙の後、口を開いたのはルギリアだった。


「シュナは、さ」

「ん?」

「ずっと追われてたから傭兵団に入るって選択肢しかなかっただろ?」

「そう、ね」

「後悔………してる?」


 不思議そうな目でルギリアを見つめるシュリア。その後、小さく笑って、


「ちょっとだけ。男ばっかりで皆お風呂も入らないし」

「う……」

「でも、そんなことはどうでもいいの。私は貴方に会って助けられて…………貴方を好きになって。こんな幸せなことはないわ」


 頬を赤く染めながらはにかむシュリアをルギリアが見惚れるのも仕方がなかっただろう。


「皆と一緒に居られる事が何よりも嬉しいから」

「そんなことよく恥ずかしげもなく言えるな………」

「ふふ。私が貴方に会う前はいつ死ぬかって悩んでたくらい大変だったんだから。言いたいことは早く伝えないと言えなくなっちゃうかもしれないでしょ?」


 悲しげに笑うシュリアの手の上にそっと手を置くルギリア。恥ずかしいのかそっぽを向きながらやっている。


「………俺がそんなことさせない。言いたいことが言えなくなることなんて絶対にない。だから……もっとゆっくりでいい」


 不器用で、それでいてしっかりと内容を伝えてくるルギリアに小さく笑いながらその肩に寄り添う。


「………私、いつかバチが当たるわ」

「なんでだ?」

「だって………帰る場所があって、守ってくれる人がいて、これまでもその先もずっと助けてもらえる。幸せ続きでいつか何か悪いことが起こるわね」

「………どんな理屈だよ。これからもっと先、幸せになれることなんていくらでもあるんだ。こんな小さな事でバチが当たるならお前の人生バチしか当たらないぜ」


 その返答が意外だったのだが、シュリアには何よりもそれが嬉しかった。


「あ、霧が………」


 話し込んでいるうちに霧が晴れてきていた。


 ふと上を見上げると木々の隙間から溢れんばかりの光の粒が真っ黒な夜空に散っているような光景が見えた。


 一つ一つの星が各々違う光を放ち、強い輝きをもつものや淡くぼんやりと光るものもある。その全てが美しい。


 全部が同じではないからこそ、美しいのだ。

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