「貴方は私より、頭がいいのでしょう?」
「なんとかなりませんか?」
「うーん……そうだな………じゃあ、君が家で働くかどうかちゃんと決めてからそれは検討しようか」
「はい」
ということで早速会いに行くことになった。話の展開が急すぎる。
「それじゃあ行こうか」
「あ、これ………」
財布から金を取り出すリシャットを止める。
「ここ、私の会社が運営している喫茶店だから。ある程度はただで飲み食いができるんだよ」
それを横領というのではないか、とリシャットは少し思ったがそれでいいならいいか、と考えるのをやめた。
『それでいいんですか』
(本人がいいって言ってるんだからいいんじゃない?)
楽観的すぎるリシャットにシアンはため息を吐いた。
「ここが家だよ」
「………!」
家、というより屋敷だった。
「あ。また雑草が」
庭の石畳の隙間に雑草が生えていた。この広い庭を管理するのは大変だろうなと思いつつ雑草に目をやる。
「あ、それハーブですよ」
「………そうなのか?」
「はい。ハーブって地味だから雑草に見られないことが多いんですけど」
プチ、と先端を千切って匂いを嗅ぐ。
「お茶にしたら美味しいですよ」
「そういうのもできるのか?」
「はい。一応」
欄丸がつまらなさそうにリシャットの千切った草をさらに千切る。この行動に特に意味はない。
「ここが娘の部屋だ」
コンコン、とドアを叩くと中から声が聞こえた。
「はいるよ」
促されてリシャットも中に入る。そこには縫いぐるみをまるでバリケードのように積み重ねた女の子がいた。
と思ったらその縫いぐるみがいくつかリシャットの方に向かって飛んできた。
勿論普通にキャッチする。
「バーカ! バーカ!」
「………」
罵られた。
(え、俺この子の家庭教師やるの?)
『みたいですね』
なんだか嫌な予感を覚えながら飛んできた縫いぐるみを床に置く。
「えっと、悪いね、リシャット君」
「いえ………。この方ですか」
「ああ。娘の美織だ」
「美織さんですか」
会社名と一緒。
「美織。この人が新しい家庭教師の………」
「私より小さいじゃない‼」
リシャットは地味に傷ついた。
「美織が同じくらいならいいと言ったんじゃないか」
「やだ! ヤダヤダヤダ!」
同じくらいの年の子ならいいというのはそんな人材はいないと思っていたからのようだ。七歳にしては頭がいいようである。
「大体、こんなやつに教えられることなんてないもん!」
なかなか酷い。
「………ごめんね、リシャット君」
「いえ。それは構いませんが」
リシャットが真っ直ぐ目を向けると美織が突然静かになった。別に威圧している訳でも殺気を出しているわけでもない。
だが、魔王でさえ黙らせるリシャットの目には有無を言わせぬ恐ろしさがある。
「………美織さん。確かに私は貴女より小さいですね。だからといって貴女が知らない事を私が知らないこともないとは思いませんか?」
わざと面倒な言い回しをつかう。
「美織の方が知ってるもん!」
「そうですか。では、こうしましょう」
少しだけ口角を上げる。挑発的な笑みを浮かべて、
「私が知っている事を貴女が上回ったら私は即座にここを去ります。逆に言わせてもらえば、私の知っていることがなくなるまで私はここから離れません」
ニコッと人形のような造形を崩さずに笑う。
「貴女は私より、頭がいいのでしょう?」
ニヤニヤとまるで嘲笑うかのような顔のままそういうリシャットの顔面に縫いぐるみが再び飛んできた。
リシャットがそれを掴むと美織が叫んだ。
「あったり前でしょ‼ すぐにここから追い出してやるんだから‼」
内心で意地悪い笑みを浮かべるリシャットにシアンがため息をついた。
「よくここまで丸め込んだね……」
「いえ、美織さんは素直な方ですので。少し馬鹿にしたような態度をとれば乗ってくるかな、なんて」
ムキになったリシャットもリシャットなのだが。
「ところで………この家って何人で管理しているんでしょうか?」
「ああ、実は最近一気に使用人が辞めちゃってね。自分達で何とかしてるんだよ」
「自分でこの屋敷を管理しているんですか………」
リシャットはぐるりと辺りを見回す。
庭のハーブもそうだったがどこも手が足りていないように見える。先程窓枠をさわってみたところ埃が手についた。
「………あ」
「?」
「君、ここで働かない?」
欄丸が声をかけられた。何をいってるのか理解できていなかったのでリシャットが通訳をする。
「ここでお手伝いとして働かないかだって」
「む? リシャットではないのか?」
「いや、お前一人じゃ不安だから俺もやることになると思うけど」
「リシャットがいいならいいぞ?」
ということでトントン拍子に話が進み、欄丸とリシャットはこの屋敷で働くこととなった。
得体の知れない輩を雇う方も雇う方だが、あっさりとそれに乗っかるリシャットも流石である。
欄丸はこの状況の異常さに気づかない。
シアンとライレンだけがこの状況にただただ驚いていた。
「欄丸。そこできてないぞ」
「む?」
欄丸に掃除を教えながら屋敷内を見て回る。
『それにしても広いですね。まぁ、ジュードの家程ではないですが』
「家というか城だしな」
屋敷一軒と比べれる大きさでないことは確かである。
「ジュードとはだれだ?」
「ジュードは………俺の弟子だ。とはいっても俺よりも年上だけど」
ハーフエルフとある国の王子ということ以外を話すリシャット。
「リシャットにもともだちがいたのか」
「中々失礼だな。お前」
軽く睨みながら手を動かす。欄丸の10倍は動いているが全く疲れた様子はない。
【………友達居なさそうですもん】
「あ?」
【何でもございません‼】
ライレンがジャンピング土下座をして飛んでいった。
「騒々しいな、あいつ……」
リシャットと欄丸はこの屋敷の管理を任されている。本来ならばありえないことなのだがリシャットの半端ではない家事能力に全部任せてくれることになったのだ。
ちなみに、雇い主のあの社長の名は大地だったことを働きはじめてから一週間後に知った。
名刺なんて役職しか見ていなかったリシャットである。
「お、やってくれてるね」
「一通りの清掃は済ませましたので」
旦那様、と普段呼んでいるので名前なんてどうでもいいと考えているリシャットだが仕事は十二分にこなす。
愛想というものは欠片も存在しないが。
「欄丸。取り合えず部屋に戻っておいてくれ。俺は直接お嬢様の方に行くから」
「わかった」
手を洗って美織の部屋に向かう。
軽くノックをして中に入ると縫いぐるみが飛んできた。リシャットはそれを難なく避ける。
「まだよ!」
すると頭上からも降ってきた。リシャットは器用に片手でぱしぱしとそれをキャッチし、美織に渡す。
「むぅ」
「残念でしたね。じゃあちゃんとお勉強いたしましょうか」
「なんでそんなに見なくてもわかるのよ」
「手の内は明かしませんよ」
「ケチ」
机の横に立ち、教科書を広げる。
「? これは………」
「今日習ったのよ‼」
「そうですか……。個人的に嫌いなので飛ばしてもいいですか?」
「ダメでしょ」
「ダメですか」
歴史の教科書に目を通すリシャット。
「なんで嫌なの?」
「………………秘密です。ではこの人についてですが」
長い沈黙の後、その写真を指差す。
「それはそれは死んだような人間だったとか」
「死んだような?」
「やる気が全くない変人だったそうです」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「……………なんででしょうね?」
またしばらく黙った。美織に睨まれて目線を移動させるリシャット。
「なんで目をそらすのよ」
「そうですね。お嬢様がこの人の事を隅から隅まで調べたら教えてもいいですよ?」
「なんでそんなに上から目線なのよ」
「これでもお嬢様の先生ですから」
昔の自分の写真を指差しながら意地悪い笑みを浮かべる。
「この人はあまり好きじゃないです」
「格好良いのに?」
「容姿………もあまり。それ以上に内面が好きになれません」
「なんで?」
「そうですね………では宿題です」
人指し指を立てて、小さく頬笑む。
「この人………揮卿台白亜の資料を学校でもネットでもいいから探して読んでみてください。その感想をお聞かせくだされば私が何故この人を嫌っているのかお教えしましょう」




