「その年でブラック飲むんだ………」
「き、君⁉」
「ほう………」
驚いている男とその近くで青筋を浮かべるチンピラ(仮)。
「……後悔するぜ?」
「そうですね。それはおじさん達では?」
わざとおじさんという言葉を混ぜて更に挑発する。
「お望みなら………やってやるよ!」
案の定殴りかかってきた。
「…………ふっ」
殆ど目を動かさずに体をほんの少しずらして掴みにきた右手を避け、その手を逆手で持って真っ直ぐ前に投げた。
「いだだだだだ!?!?!?」
「五月蠅い」
手首のツボを押し、痛みに悶絶する男の首筋を手刀で叩いて気絶させる。
「なんだこのガキ………!」
「逃がすとは言ってませんけど?」
反対方向へ逃げようとするチンピラ(仮)に向かって走りだし、壁を何度か蹴りつつ数メートル跳び上がって相手の目の前に音もなく着地する。
「………!?!?!?」
「はい。おやすみ」
手首を掴んで後方に投げる。
「ぐげっ!」
蛙が圧死したような声をあげて気絶した。
「あ………やり過ぎたかも………」
流石に受け身も覚えていない相手は投げないほうが良かったかな、と白目を剥いて気絶している男をツンツンとつつく。
『脈拍、脳ともに異常ありません』
「じゃあいいか………」
ここまでされればもうカツアゲしないだろうとそこに放っておくリシャット。
「大丈夫ですか?」
「ああ………助かったよ。凄いんだね」
「いえ。偶々居合わせただけです」
男の手を掴んで起き上がらせる。
「それにしても大の大人を軽々と……」
「武道は粗方心得ていますので、それの応用です」
リシャットの場合、半端ではない運動神経が備わっているのでそれも伴っているのだが。
「君、名前は?」
「えっと……リシャットです」
「ん? ………ああ、君の髪、地毛なんだ」
「はい」
この年で染めてる人も少ないと思うけど、そうは思わないのかな。と内心で呟きながら路地の外に出る。
「リシャット」
「欄丸。ごめん。少し遅くなった」
「むしろはやいほうだろ」
「そうか? ただ、少し体が思うように動かないと感じる。鍛えないとな」
「ほどほどにな」
欄丸と話していると助けた男が首をかしげている。
「君、今何語で話してたんだ?」
「ロシア語ですよ?」
「………ひとつ聞いていいか?」
「はい」
「何語が話せる?」
「?」
突然そう聞かれて面食らうリシャット。会話がわからない欄丸も首をかしげている。
「どうしてです?」
「嫌なら言わなくてもいいけど………」
「えっと……日本語、ロシア語、英語、フランス語、イタリア語、タイ語、スペイン語、中―――」
「は?」
「?」
目を丸くしている男の反応に更に疑問符を頭に浮かべるリシャット。
「本当に?」
「? 主要言語なら粗方は理解できますけど……?」
なにがおかしいのだろうか、とでも言わんばかりの表情である。
「君!」
「?」
「少し時間はあるかい?」
「い、一応………」
「少し話をしないか!?」
近くの喫茶店に連れ込まれるリシャットと欄丸。
「ご注文は……」
「あ……じゃあブレンドコーヒーとホットミルクで」
「私もブレンドを」
「かしこまりました」
店員に一先ず注文してから話をし始める。
「君、さっき数ヶ国語を話せると言ったね?」
「はい」
「それって読み書きは出来るかい?」
「ええ、まぁ………それなりには」
リシャットがそう言うと目を輝かせて身を乗り出してきた。
【ヨシフさんのような反応ですね】
(ああ、確かに……)
両手でリシャットの左手を掴んで、
「君、家庭教師やってくれないかい?」
「………え?」
家庭教師という言葉が頭のなかを疑問符と共に駆け巡る。
「それは、一体……?」
「ああ、申し遅れました。私はこういうものでして」
突然敬語になった男性から名刺を貰い、それを読む。
「ミオリ株式会社……? どこかで……? ………………あ」
そこに書いてある社名を記憶の中から探しだした。
「娯楽品や化粧品とかを売り出してる会社の……」
「そうそう」
知っててくれてるんだ、と笑顔で言う男。
リシャットはその下に目を落として数秒固まった。
「代表取締役社長………」
「一応ね」
少し照れている。その姿が一瞬ジュードと重なった。
「家庭教師っていうのはうちの娘にして欲しいんだけど……」
「それなら、ちゃんとしたところに頼んだほうが良いのでは……?」
「それができるならそうしたいんだけど………」
話を聞くと、この人の娘はそれはそれはお転婆で家庭教師が悉く来ては辞めてを繰り返していると言う。
我が儘なのだ。しかも言うことを全く聞かない上に悪戯が大好きだと言う。
それで、どうしたらちゃんと勉強するか、と聞いたところ、「私と同じくらいの子ならいいよ」と言ったそうだ。
「………普通なら無理ですよね。お子さんの年齢は?」
「今年で7才だ」
「同じくらいか……」
現在6才(ハッキリとは不明なので外見年齢)のリシャットはうってつけの人材だったわけだ。
「それで、参考として聞かせて貰いますけど……何の教科をやるのですか?」
「できれば、全部」
「全部ですか……」
別にできないわけではない。寧ろそこらの家庭教師より知識も経験も豊富である。
「できるかい?」
「できないことはないんですけど……」
欄丸はどうするのか。ロシア語しか理解できない上、文字も書けない、そのロシア語でさえ片言。
働き口など、普通に考えたら無い。
「お家の方かい?」
「家の……保護者…………?」
寧ろリシャットが保護者である。
「家の人です」
取り合えず間違ってない、とそう言うリシャット。
「彼は日本人だよね?」
「いえ、一応ロシア人です。クォーターで日本人の血が強く出たとか」
「ああ、そういうことなんだね」
これまでに考えておいた適当な欄丸の家族構成を話すリシャット。
「君は、彼の何?」
「親戚です」
「そうか」
説明が面倒になったので親戚のひと言で済ませた。
するとそのタイミングで頼んでいた飲み物が届く。
「ブレンド二つとホットミルクです」
欄丸にホットミルクを渡してブレンドコーヒーを口に含むリシャット。勿論砂糖もミルクも入れない。ブラックのままである。
店員も男もリシャットがホットミルクを飲むものだと思っていたようで唖然とする。
「その年でブラック飲むんだ………」
「? 何かおかしいでしょうか?」
「いや、なんにも」
シュールすぎる光景に苦笑しながらリシャットに再度同じ話をし始める。
「娘の家庭教師、やってくれないかな」
「………二つ、条件が」
「なんだい?」
「住む場所が欲しいです。それとこの人もなんとかならないでしょうか?」
「住む場所は……ないのかい?」
「あったけど無くなっちゃいました」
わざと少し口調を崩してあっけらかんと話すリシャット。
「そうか……。いや、聞かないでおくよ」
「ありがとうございます」
「それで、彼もどうにかならないか、って?」
「この人、ロシア語しか話せないですし色んな事に疎いですから働き口が見つかりそうにないんです」
「雇ってくれ、と?」




