「ラッキーパンチが当たった……」
「化け物!」
「………黙れ」
スタンガンを首に押し付けて気絶させる。
「はぁ………もう10人目なんだけど……」
『多いですね』
【全員で14人じゃなかったですか?】
「その筈なんだけど………俺のとこになぜか大量に来てるんだよなぁ……出口他にもあるのに」
麻酔はもうとっくの昔にきれてしまった。元々相手に使われても困るということで3本ずつしか用意しておらず二丁合わせても6人までしか倒せない。
そこから先は直接戦闘にしなければならないのだが、これはリシャットの独壇場なので説明は省く。
おかしいのはここを含めて出口は5つある筈なのに何故かほぼ全員リシャットのいる出口に逃げてくる。反対側ではヨシフ達が暴れている筈だ。
「俺のとこに来てくれるなら好都合かもしれないけど……なんでわざわざ」
そもそも、出口の中でも最も廊下が長い場所にあるのだ。
(ま、俺が気にすることでもないか)
小さく欠伸をしながら連絡を待つ。
「っ!」
背後に殺気を感じ取り、大きく前方に転がるようにして距離をとる。
次の瞬間、リシャットが居たところに銃弾が撃ち込まれた。
「…………誰だ」
耳に音が届かなかった。つまり、相当遠い所から撃ち込んでいるかリシャットのようにほぼ無音で動くことができるかのどちらかだ。
恐らく前者だろう。だが、警戒は弛めない。
「………」
先程、一瞬しか殺気を感じなかったのは銃弾に殺気が込められていたからだろう。
逆に言えば銃弾等の物に直接殺気を植え付けたり普段バレないように抑えたりすることが可能なほど殺気の扱いになれているということだ。
殺気をハッキリと理解できる人はそういない。それを叩きつけるということは相手がリシャットを敵と見なし、殺気に勘づけるほどの腕を持っていることを理解していることに他ならない。
「どっから来る………?」
殺気で判断して避けたので飛んでくる場所まで意識を張り巡らして居なかったので探すしかない。
耳を澄まし、目を閉じて全てを遮断するあらゆる物の声が耳に飛び込んでくる。
その情報量の多さに脳が処理しきれなくなり、鼻から血が垂れ、頭に熱が籠っていく。
「み、つけた………!」
ここから数百メートル離れた場所に、音の持ち主を見付けた。否、聞き付けた。鼻血を袖で拭いながら持っている通信機でリズに連絡を取る。
この通信機は超高性能トランシーバーみたいなもので、傍受されない構造になっているらしい。
「リズさん! 南東の326メートル程の場所に人がいます! 撃ってきたので――――」
「ごめん……リシャット」
「っ!? どうしたんですか」
「捕まっちゃった………」
「……撃たれたんですか」
「うん……」
リシャットが狙われる前にリズが撃たれてしまっていたらしい。声は苦しそうだが意識もハッキリしているのでそれほどの重傷ではないだろう。
「足ですか」
「ええ」
「今すぐそっちに行きますから」
「来ないで」
「………ですが!」
「来ちゃ、駄目」
キッパリとそう言われた。
「嫌です」
「来ないで」
「行きます」
「やめて。お願いだから、やめて………」
その声を聞き、動かしかけていた足を止める。これと同じような声を自分も何度か出していたから。
助けに来るなと、リン達に言った自分の姿が重なった。
「それでも、行きます」
「なんで………」
「だって……子供って我が儘を言うものなんでしょう? 我が儘言ってるだけです」
来ないで、とそう言われた。
自分も昔は同じ言葉を何度も吐いた。
だからこそ、リシャットはよく知っている。
「それに……来ないで、って言ってるときの方が来て欲しいって本当に思っているときだから」
通信を切って走り出す。
【間に合うんですか?】
「判らん。だから………一旦戻る」
『体も持ちませんし、魔力も足りませんよ』
「覚悟の上だ。ここでやらなかったら絶対後悔する」
『はぁ………お好きにどうぞ。何があっても知りませんから』
ため息をつき、呆れてはいるがシアンもちゃんと手伝ってくれる。どれ程の魔力をどれだけの時間体に流し続ければよいのか、シアンが計算した内容が直接頭のなかに入ってくる。
「流石は、俺の相棒だ」
小さく笑って右手に気力を集中させ、胸に押し当てる。
『制限時間は13分です。それ以上は体への負担もそうですが魔力が枯渇して最悪死にます』
「大丈夫。13分もあれば国一つ位は落とせるから」
【それが誇張一切ないってところがまた怖いんですよね】
「煩い」
次の瞬間には、子供の面影を全くと言って良いほど無くしたリシャット………否、白亜がその場を疾走していた。
「先に面倒な狙撃主をやる‼」
あの距離から正確に狙い撃ちしてくるのだ。先に止めておかないと危険である。
本来なら、諦めた方がいい距離だ。だが、白亜は人間ではない。
「見付けた」
「ぐっ!?」
一瞬で相手を捕捉し容赦なく蹴る。狙撃場所が見付からないようにカモフラージュしてあった岩が砕け散る。
それと同時に狙撃主も吹き飛び、口から血を吐いて気絶した。
「死んでないよな」
肋骨がかなり折れているようだがそんなのどうでもいいとばかりに胸ぐらを掴む。
【折れた骨が内臓に突き刺さっているようですね】
「……仕方ない。死なれては困るからな」
ある程度まで回復させ、担ぐ。
「残り時間は」
『回復魔法を使ってしまったので残り6分です』
「了解」
再び走る。肩の上の男など気にも止めず空を飛ぶように枝の上を走る。森の中なので明かりは月くらいしかないが、そんな中でも白亜の目はハッキリと前を捉えている。
「不味いっ!」
男が子供にナイフを降り下ろそうとしているのが見え、咄嗟に袖の麻酔銃をナイフに向かって投げる。
音速を越えた銃は火花を散らしながらナイフに激突、男の腕の骨を折ることに成功した。
「ラッキーパンチが当たった……」
投げた本人が一番驚いているが、それはそれだろう。その男の眼前に飛び降りて肩に担いでいる荷物を男に向かって投げつける。
二人揃って吹き飛んでいった。
「…………飛ばしすぎたか」
『残り3分』
ちらと横に目を向けるとリズが足から血を流しながら子供を守るように背を向けて座り込んでいる。
こちらの様子には気付いていないようだった。
【これは好都合ですね】
「お前がいるとバレそうで怖いんだけど」
【つれないこと言わないでくださいよ。ミラさんは居ないから良いじゃないですか】
「そうかもしれんが……」
全員無事だと判断したので目の前に意識を戻す。
全員男で4人。一人吹き飛ばしたので3人。
「なんか聞いてたより人数多いなぁ………まぁ、いいか」
こちらの持っているものは弾の無い麻酔銃、折り畳み式の多機能ナイフ、ピッキング用の針金、時計、通信機、ドライフルーツ、スタンガン(手のひらサイズ)である。
ドライフルーツは論外として、他のものも使えるのか微妙なところだ。
多機能ナイフは便利ではあるが戦闘用に作られているものではないので殺傷力が低い上に傷をつけられたとしても軽く皮膚を切り裂く位でしかない。手刀の方が余程威力がある。
スタンガンは皮膚が出ているところでないとあまり意味はない上に一瞬で気絶させることができる保証はない。
後のものは投げるくらいしか用途がない。それなら小石の方がいい。
対してあちらは、拳銃全員所持、ナイフ全員所持、防弾チョッキ全員装着、スタンガン(長いやつ)全員所持。
見える範囲でもこれだけある。元々白亜は戦う予定がなかったので武器はほとんど持っていない。あちらは戦う気満々だったので完全装備。
「これはまた……随分と難しい感じの」
【しかもこちらは全員守らないといけないですもんね】
『もう時間ないのでさっさとやっちゃってください』
「ん」
その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。否、白亜が相手に攻撃を仕掛けた。上へ、右へ、左へ。それぞれ男達の体が紙切れのように吹き飛んでいく。
これに未だ誰も反応できていないところが恐ろしいところだ。
実は白亜がここに来てから未だ数秒も経っていない。
全て、一瞬で終わらせてしまうからだ。しかし、その分体への負担は大きい。
「ぐっ!? 殴っただけで手首やっちゃったかも………」
『取り合えず全員固めて縛ってここから離れましょう』
「ああ」
なけなしの魔力を使って男達の体に蔓を巻き付けて縛り上げる。
「あ、魔力切れた……」
『お疲れ様です』
縛り上げてその場から離れた直後に元の姿に戻って荒い息を吐く。
「はぁ、はぁ、はぁ………眠いな」
【今日は殆ど徹夜ですからね】
「昔は……四日くらいなら寝なくても良かったのに……年かな」
『その若さで年って言葉が出てくるとは思いませんでした』
その場に踞り、暫し体力の回復に努める。
「初仕事がこれって……色々とキツかったな」
『そうですね。課題も沢山有りそうですし』
「まぁ、一先ずはこれで終わりとしますか」




