【その会話聞こえてますからね!?】
「あー、食った食った!」
全員満足気な顔をして椅子に座っている。
(デザートなくなっちゃった)
『また作ります?』
(もうこの際コンポートに変更しようかな……オレンジあったし)
【オレンジのコンポートですか。食べたいです】
(えー)
ライレンがキラキラした目で催促している。
(余ったらな)
【はい】
くぁ、と小さく欠伸をして窓の外を見る。
『雲の流れが早いですね』
(気圧も変化してきたな。気温的に雪は無さそうだし、霙か雨になるかもな。早めに洗濯物取り込んでおくか)
【洗濯物ですか? お手伝いしましょうか?】
(魔法使ってるところ見られたらどうするんだよ)
【それもそうですね】
ぐっと伸びをして椅子から立ち上がる。
「洗濯物?」
「え?」
「あ、いや、その」
ミラが目線をライレンに向ける。シアンの声は聞こえないがライレンの声は聞こえるので話を推測したのだろう。
「ええ。少し降りそうなので」
「手伝おうか?」
「いえ、直ぐ終わるので大丈夫です」
やんわり断って外に出ていった。
「それにしても本当にあの子何歳? 育ちすぎでしょ」
「そうなんだよね………なんでもできるし」
「なんでもって?」
「それこそ料理とか掃除、庭仕事もリシャットが全部一人でやったのよ?」
窓の外をリズが指差して言うのでミラが窓の外を覗く。
花が等間隔に植えられてグラデーションになっている。
「凄いわ。ヤバイわ」
「ね」
小さくアップルパイの残りを齧りながら外の様子を見る。
「降るのかな?」
「どうだろ? 晴れてるよね?」
「まぁ、どちらにせよ取り込むから問題ないんだけど」
すると、ハンガーごと洋服を抱えたリシャットが帰ってきた。積み上がっていて顔が見えない。なのに平然と歩いている。
障害物をスルスルと見もせずに避けていく。しかも足音を立てるのを忘れているので無音移動。
「えっと、持とうか?」
「あ、えっと………お願いします」
ここで頼んだのは別に持ってもらわなくてもいいかな、と一瞬考えたがよくよく考えると足元を全く見ていないのに普通に運んでるのはおかしいだろうと今更ながらに気付いたからである。
「こういうの、どこで教わったの? お母さん?」
「はい。それ以外にも色々とありますが」
実際、白亜の時母に教わったことである。流石にアップルパイの食感残したまま焼くというのは教わっていないが。
「ねぇ、リシャット」
「?」
「貴方って戦える?」
「へ?」
ミラに突然そう言われて面食らう。
「ちょっとミラ! リシャットに変なこと吹き込まないでよ」
「だってここまで色々できるなら問題ないでしょ」
「そういうことじゃなくて―――」
「戦えますよ?」
「え?」
「寧ろ得意中の得意です」
それがなにか? とでも言いたげな表情で見つめ返す。
「私がいってるのは、子供の殴り合いとかじゃないわよ?」
「? 別に普通に戦えますけど……? あ、武道の心得ですか?」
「そうじゃないけど、うん。それでいいや」
「大抵のやつなら」
「大抵のやつ?」
「はい。弓道とか剣道とかもそうですし、合気道とか空手とかも。やったやつなら粗方」
白亜の時は毎日そればかりやっていたのだ。出来ないはずがない。
「じゃあ、人を殺したことはある?」
「何を言ってるの!?」
「ないです。が、致命傷を負わせたことは、一度だけ」
剣聖と戦ったとき、腕を切り飛ばした。リシャットは殺しをしたことが実は一度もない。
殺す覚悟も殺される覚悟もあるが、なるべく殺さないようにする。勿論、命の危機にでも瀕すれば迷いなく殺るだろうが、今までその必要は無かったのだ。
「あるのかよ………銃か?」
「いえ、かた………ナイフで」
「「「今何て言いかけたの!?」」」
【口が滑りましたね】
ニヤニヤと笑みを貼り付けたライレンが視界に入ってきた。
(黙ってろ。気になって仕方ない)
【えー、良いじゃないですかぁ】
(鬱陶しい)
ジロリと睨みをきかせる。直ぐに黙った。
「今、ナイフの前になんて言おうとしたの?」
「……秘密です」
刀でやりました、何て言ったらどこの時代の人間だと怪しまれるどころではないだろう。
「………まぁ、いいや。そこまで言ったってことは私達が何の仕事をしているか判ってる?」
「おおよそは」
「そっか」
リズが隠しきれてなかったことに落ち込む。
「そんなに分かりやすかったかな?」
「いえ、そうでもないと思いますよ。ただ、家に銃痕があるのはちょっと………」
「ああ、成る程……」
徐に壁際まで歩いていく。
「こことか」
ちょん、と突っつく。そこに何があるのか、全員が知っていた。
「気づいてたのか?」
「はい。目には自信があるんです」
目が良いの範疇を越えている気がする、と全員が思った。
「判ってたなら言ってくれれば良かったのに………」
「必死に隠そうとしているのを見ると言い辛くて……」
「もう判ってるなら言ってもいいよね。私達、何でも屋なの」
「戦闘専門のな」
とんでもない家に拾われたものである。
「それにしても………この話もう少し後になるかと思っていました」
「それはこっちの台詞だよ………」
昨日あったばかりでもうバレた。
「本棚も気付いてるんだよね?」
「はい。後ろの壁が少し変色していたのでよく動かしてるのかな、って」
「ああ、そういうことだったのか………」
通りで気付くのが速い訳だ。実際はライレンが煩かったのもあるが。
「それで、さっき言ってたけど本当に戦えるの?」
「はい。なんならちょっと体動かしますか?」
「へ?」
「………本当にやるの?」
「やらないんですか?」
コキコキと手首を回して関節を解す。
『なんでわざわざ戦闘力を見せるんですか?』
(これから一人で鍛練するにも勝手に出ていったら不自然だろう? ここで腕を見せておけばまだ納得できるかなって)
『成る程』
自分の今の体のスペックを判断する為でもある。
「どうぞ」
「え、俺から!?」
因みに、今から戦うのはヨシフだ。
「? こちらから仕掛けた方が良いですか?」
「そっちの方がいいかなぁ、なんて」
「解りました。では遠慮なく」
いつも面倒臭そうに半分しか開いていない目がその瞬間パッチリと見開かれる。
気付いたときには尻餅をついていて背後から首に指が当てられていた。
「「「!?!?!?」」」
「いかがでしょう?」
「え? はぇ?」
【ハハハ、やりすぎですって。もう少し手加減してあげないと】
笑いながらライレンがそう言うとミラがライレンの方を見た。
【あ、声は聞こえているんでしたね………】
しまった、とわざとらしく頭をかきながら笑うライレン。
(絶対あいつわざと言ったぞ)
『わざとですね』
(後で首を絞めてやろうか)
【その会話聞こえてますからね!?】
全員、唖然である。
「今、何したの……?」
「走って膝をこっちから押しただけです」
所謂膝かっくんである。関節を曲がる方向に押し込んでやるだけで力が抜けてしまうあれである。
「全然見えなかったんだけど………」
【でもスピード大分落ちてましたね。手加減してたとはいえ】
(まだ体に慣れていないからな。体を動かす機会が転生してからあまりないし)
精々が買い物に行った時に歩き回った位である。
「まさかこんな一瞬で………」
「油断していたって言っても本気でやってもあれは勝てないわ……」
この時、全員の頭の中にリシャット宇宙人説が出たのを本人が知るのはもっと先の話である。




