「私は生来面倒臭がり屋でして」
「ハクア・テル・リドアル・ノヴァで間違いないな?」
「………ああ」
「その様子だと観念したと見て間違っていないか?」
「……そうだな。確かに剣聖を殺したのは俺だ」
その瞬間、長い銀髪の束が血とともに床に落ちた。
「同情の余地もなさそうだな」
「別にしてもらわなくても結構だ。俺は仲間さえ助かればそれで良い」
左頬から血を垂らしながら淡々と抑揚のない声でそういう。
「自分がどうなるか判って言っているのか」
「さぁな。死ぬまで働けとは言われたよ」
真っ直ぐと目を見つめ返す。その瞳には一片の曇りもない。
「仲間に手を出したら……その時は自爆してでもお前等を殺す。バレないなど考えない方がいい。俺は相手の心が読めるし、臭いや汗でも判るしな」
白亜に隠し事は不可能なのだ。
「殺せなくても損害を負わせてやる。確実にな」
「……ッチ! ちゃんと死ぬまで働いて貰うからな」
「どうぞお好きに」
威圧をかけながら白亜が静かに脅す。始終真顔なのでかなり絵面が怖い。
白亜は損害を最低限抑えるために一切本当のことを言わなかった。全て自分がやったと言い張り、刑を相手にとっては最も利益率の高い労働刑をわざと薦めた。
世界一の力を持つ白亜を一生使い潰せるという提案にギシュガルドはあっさり承諾。白亜は犯罪奴隷という扱いになった。
ここで白亜が提示した条件が、仲間及び友人、家族に一切の手出しをせず、この事件を公に報道しないこと。だった。
これも白亜の労働力と引き換えにするには少なすぎる位の対価だったため、ギシュガルドはこれを快諾した。
「早くしろ」
「………こんなには無理だ」
「じゃあ今までどうしてたんだよ」
「ポーション飲んでた」
「は?」
白亜に向かって固いパンが投げつけられたがあり得ないほど少食の白亜である。パン丸々ひとつなど食べられる筈がない。
「食えるだけでいい」
「……これで十分だ」
「……犬の方が多いぞ」
「腹に入らない」
指先程度のパンをモサモサと食べる。本来、相当固い筈なのだが白亜の顎はそのパンの強度を認識できないほどの強さを持っている。
「食ったなら、早く出ろ。………仕事だ」
「……ん」
身体中の骨をポキポキといわせながら外に出る。環境の悪さで最大級の戦力がなくなっては困るので白亜に宛がわれた自室は奴隷ではなく従者専用の部屋と同程度の物だ。
常に監視はされているが。
白亜は側に立て掛けてある剣を手に取り、手の中で感触を確かめるようにくるくると回す。
「早く行け」
「……ああ、すまない。今すぐ行く」
白亜の足元が光り、その残滓を残して消えた。
「……雷撃」
「グギャアァァアア!?」
白亜が地面に手を翳すと鎧を着た男達がなす術なく倒れていく。
「地面に電気流すだけで気絶するんだもんな………」
起き上がろうと動くものたちに再び電撃を浴びせながら小さく呟く白亜。
「それにしても全部俺任せとは………宣戦布告が早すぎるだろ」
「独り言が多いんだな」
「貴方は……ああ、確か中将のレファンドルさんでしたっけ? 今日は貴方を捕まえればいいと聞き及んでいるのですが」
「その件だが……投降する。お前には敵わない」
「そうですか」
白亜が近くの岩に腰を下ろす。
「何故? 疲れたのか?」
「最近ずっと疲れてますね。いえ、別に今立ってるのが辛くて座ったわけではなくて………お話ししません? 思ったより早く終わりましたし」
「良いのか? そんな適当で」
「私は生来面倒臭がり屋でして」
酷く疲れた顔をしてそういう白亜。
「なにか事情でもあるのか? お前の噂はよく聞いている。だが、どこかに肩入れするような性格ではないと聞いているが」
「これですよ」
そういいながら白亜が首筋を見せる。くっきりと奴隷印が入っていた。
「まさか、人拐いにでも」
「返り討ちにしますよ。そんな奴がいたら」
「では何故?」
「もう死ぬからです」
地面に落ちている葉を拾い上げて日に透かしたりしてまじまじと観察する。
「貴方なら判るのでは?」
「……確かに、死の気配はするな」
「私の計算では今日中に死にます」
「そんな早くか?」
「私の場合魔力が途切れる時間を予測すれば死ぬタイミングが判るので」
葉を地面に植えると、そこから小さな花が咲いた。
「私にはこんなことができてしまう。魔力を使っていなくとも、ね」
「………」
「怖くてしかたがないんです。覚悟さえ、出来ていないとか恥ずかしいですよね………自分で自分に怯えるほど、格好悪いことはない」
目を伏せて静かに語りかける。まるで、自分に言い聞かせているように。
「私自身……やはり、何も信じることが出来ていないんでしょうね。仲間にでさえ……どこか一線を置いてしまった」
スッと立ち上り、空を見上げる。曇ってはいるが、なんとか太陽は覗いている。
「大体4時位ですかね………愚痴に付きあって頂いて感謝します」
「先程からあまり時間が経っていないが……」
「ですが、この後戦地を4つ回らなければいけないので。失礼します」
「………そうか。助かるといいな」
「もう……恐らく無理でしょう。今ここに立っている事でさえ奇跡なんで」
その瞬間、レファンドルの意識が暗転した。最後に見た景色は、静かに踵を返す白亜の背中だった。
どんな表情をしていたかは、判らない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ポタポタと汗を顎から地面に落としながら荒い息を吐く。
『一度休みましょう。これ以上動くと……』
「もう、どうせ時間はない。どちらにしても結果は同じだ」
『それは……そうかもしれませんが』
声しか聞こえないのにシアンの考えていることが手に取るように判る白亜。だからこそ、言うことを聞こうとしない。
「シアン」
『はい?』
「ごめんな」
『何故謝るんです?』
「シアンは………もっと生きたかったんじゃないのか」
『……私は、所詮マスターの能力の中で偶然産まれた自我の存在です。生きるという概念を知っているだけでしかありません』
白亜は何度も生と死を経験している。其処らの者よりずっとその点に関してはよく知っている。
シアンも知ってはいるのだが、人格としてしか存在できない為にそれを感覚で知ることはできない。
白亜を介した擬似的なものでしかないのだ。
『ですから、死ぬというものも生きるというものもよくわかりません』
「……そうか」
『ですが、残された人の辛さは判ります。いえ、マスターの記憶で見たものですが』
「………」
気不味くなって、なんとも言えない表情をする白亜。
『マスターが死んだら、皆さんを苦しめる事になりますよ。昔の貴方のように』
「俺は……馬鹿だから。自分勝手、自己中心だから。だから周りさえ無事ならそれでいい」
『それで皆さんを傷付ける事になっても?』
「悪いとは、思ってる。許されなくても、いい」
汗を袖でぬぐいながらある方向を見詰める。
「俺は取り返しのないことをしたんだ。報いは受ける。……だがそれを止めようとする仲間がいる。嬉しく思ってる。けど」
『巻き込みたくないから受け入れられないんですか』
「……そうかもな」
白亜が見る方向は決まってリグラート王国の中心部だ。しかもそれは無意識である。無意識に、帰りたいと思っているのだ。
『逃げましょう』
「は?」
『ここから、今すぐ』
「……無理だ」
『奴隷印なら消す方法があるのを知っていますよね?』
「その問題じゃない」
目を伏せて溜め息を吐く。
『自身の自由を差し出して手に入れた仲間の平穏を手放したく無いんですか』
「………そうだな」
『そんなこと守っても多分約束なんて破られますよ』
「わかってる。けど、俺が生きてる間はあいつ等も手出しし難いだろうし」
『………もう後二時間程ですよね』
「ああ」
『いいのではないでしょうか』
シアンは白亜に言う。今まで一度も言ったことのない、正義とされるものを壊す行為を。
『もう奴等は見捨てましょう。最後、一瞬だけでも会いに行くべきです』
契約を、破る行為を。




