「そうか。ひとつ提案があるんだけど」
「お嬢さん……じゃなくて、リンさん。魔方陣を作るところをみるのは初めてかい?」
「は、はい。ハクア君が書いてるのは見たことはあるけど……」
「あー……あれは邪道って言うか、非正規の方法で書いてるんだよ。消費魔力が数倍に跳ね上がるし、コントロールも難しい」
まさに白亜向けの魔方陣だったらしい。
「へぇ。書けるんだ?」
「一応は……。ですが、機材がないので写し取りに近いんですけどね」
「写し取り?」
「魔方陣をそのまま別の紙に押し当てて同じものを作るんだ。俺の場合は手書きだけど」
コピー機要らずである。
「どんなの書くんだ?」
「んー………ちょっと言えないかなぁ、なんて……」
「どういうことだ?」
要は、白亜は基本魔方陣を使うタイミングなど殆どない。逆にいってしまえば、魔方陣を使うということはそれだけ面倒な魔法だからである。
国家機密レベルの魔方陣しか作らない訳である。
「誰にも言いません?」
「お? 別に言う必要ないだろ? 言わねぇぞ? 恩人の頼みだし」
「こんなのですかね……」
「…………」
白亜が取り出した魔方陣にジンが絶句する。白亜は持っているなかで一番スッキリした魔法陣を取り出したのだが、それに使われている技術が半端ではないのだ。
「ハクア君」
「はい」
「ここで働かないか?」
「それはちょっと………」
まじまじと魔方陣を凝視しながらジンが白亜を勧誘する。
「見たことがない理論が使われてる………スゲェ」
古代魔法陣の技術が使われているので当然である。
「これ、本当に手書きか」
「手書きですけど」
「だよな。このレベルのものを機械でやろうとしたら機械の方がぶち壊れるだろうし」
「あ、そうだったんですね………」
使ったことなかったので。創造者で作れば良かったのだろうが、別に手書きでもかけるからいいやと白亜が面倒くさがったので基本全て手書きである。
「これくれない?」
「それなら大丈夫だと思います」
白亜が渡している魔法陣は上級風魔法の竜巻である。だが、白亜が魔力を通しやすいように改良していたり、もし破れたりしたときに勝手に使えないようにしているので相当技術力が高いものである。
ジンも竜巻の魔法陣は作れるが、ここまで器用なことはできない。
しかも恐ろしいことに、白亜はこれを数分で書き上げるのだ。
腕が良いといわれているジンでさえ一日は余裕で掛かってしまう。それほど白亜は異常なのだ。
「ふぁ……スゲェ。どこでこんなの習ったんだよ」
「適当に……?」
毎日毎日魔法陣を見続けていれば、感覚的に判ってしまうのだ。
「じゃあこれ見てどう思う?」
「ん………こことここ……後、下の部分の魔力消費を抑える術式を入れて……ここに増幅、中央に発散の術式を組み込めば……ああ、でももう少し削れるな……」
棚にあった箱から一枚の魔法陣が書いてある紙をジンが取りだし、白亜はそれに色々と書き加えていく。
「こんなものですかね」
「おお」
ジンが感嘆の声を上げながら中央に手を置いて魔力を流し込む。
「ぎゃっ!?」
「あ、魔力入れすぎです………」
轟っととてつもない音を発しながら天井近くまで火が魔法陣から吹き出す。この魔法陣、元々火種を熾す程度のものの筈が白亜が削れるだけ削って威力を増やしすぎたお陰で攻撃魔法にでも使えそうな物になっている。
「うわぁ………」
「やり過ぎたか………」
引火寸前で白亜が鎮火した。危うく大惨事になるところだった。
「ハクア君………今書き足した魔法陣って機械で作ったやつだよね?」
「ああ、だから計算が合わなかったのか……」
白亜の予定では人の頭くらいの火の玉を作る予定だった。
機械で作ることに慣れていないのであそこまで燃え上がるとは予想していないことだったのだ。
「これ、ヤバイな」
「少し………書きすぎましたね」
「だね……」
白亜は意外と抜けているところがあるので割りとしょっちゅうあることなのだ。
魔法のことになると見境が無くなる。
「っ!?」
白亜がなにかに気づいて店の方に顔を向ける。
「ハクア君?」
「…………来たか」
ボソッと呟いて鋭い目付きで入り口をじっと見ている。暫くそうした後、ジンに向き直り、
「ジンさん。今日はありがとうございました。少し……野暮用ができてしまいまして、お暇させて頂きます」
「用事? あったっけ?」
「あったと言うか……できたと言うか」
ジンに挨拶を終えるとリンの顔を真剣な目で見詰める。
「………リン」
「どうしたの?」
「一旦帰ろうか」
「え? うん」
納得できないが、ただならぬ白亜の雰囲気を察してジンに挨拶をし、自分も外に出る。
白亜は無言で暫く歩いていた。リンもなにも言わず、ただその後ろを付いていった。
人が少なくなったところで白亜が立ち止まり、再びリンの顔を真剣な目で見詰める。
「頼みがある」
「え? なに?」
「多分………納得できないことしかないと思う。でも、俺にあわせて」
「何が? え? なんの話?」
「お願い」
よく判らないことを懇願され、なんと返して良いのか困っていると白亜が何故か村雨とアンノウンを腰から抜き、懐中時計にしまった。
それだけではない。ピアスや服の内側にある仕込みナイフ等も全てしまっていく。
「ハクア君………?」
「リン。これを……頼む」
「………え?」
その瞬間、急に強い風が吹き荒れ、それと同時に白亜の体が真横に吹き飛んだ。
「!?」
リンはいつも白亜の訓練を見ているので動体視力は抜群に良い。突風の中で吹き飛ぶ白亜の体を正確に捉えていた。
「ハクア君‼」
「近付くな」
「っ!?」
リンの首にナイフが突き付けられる。後ろからなのでよく判らないが、声からして若い男だろう。
「……ハクア・テル・リドアル・ノヴァで間違いないな」
「……ああ」
「貴様に剣聖殺害容疑がかかっている」
壁に叩き付けられ、若干苦しそうな顔をした白亜を後ろ手で別の男が縛り上げる。
「………」
「黙っていても吐いてもらうだけだが」
「いや、正直に言うよ。俺が殺した」
「何故だ? 動機は?」
「殺されそうになったら殺すだろう?」
リンは声が出せなかった。
吹き飛ばされる直前、白亜は一瞬でリンに無音空間をかけていたのだ。
「仲間も来てもらうぞ」
「………」
白亜が無言で睨み付ける。すると、周囲にいた男達が顔を真っ青にしながら尻餅をついたり後退りをしたりしながら白亜から必死で距離をとろうとする。
「……魔法を使っていなくてこれか」
「俺だけにしとく?」
「……そうしよう。命は惜しいからな」
「そうか。ひとつ提案があるんだけど」
いつも以上に感情の見えない顔で、なにかを囁く。
「ほう………? それでいいのか? 今ここでそんなことを決めてしまっても」
「構わない。寧ろ色々と長引かせて面倒なことになるくらいなら早々に終わらせたほうが生産的だと思うけどな」
色の違う左右の目を光らせながら静かにそう言う。
「………判った。受け入れよう」
「ありがとう」
目の光が徐々に収まっていく。それと同時に青い顔をしていた男達が元の様子に戻っていく。
「リン」
「――――!」
「ごめんな」
次の瞬間には、白亜を含めた全員がリンの前から消え失せた。




