「そっちの方が遣り甲斐があるだろう?」
「あと三日………」
「どれだけ伸ばしてみても、それが限度だろう。………皆には少し悪いけどな」
白亜は小さく笑みを浮かべて申し訳なさそうな顔をした。
「これは……このことは、ジュード達には言わないでくれ。自分が死ぬところなんか………見られたくないしな」
「……うん。ハクア君ってそういう人だもんね」
「すまないな」
頭を下げ、謝罪する白亜にリンが近寄り、白亜の頬を引っ張る。
餅のように延びる白亜の頬を引っ張ったりつついたりして、地味な攻撃に出るリン。白亜は呆気にとられている。
「やっぱり、ちょっと痩せたね」
「………」
「私ね、いつも思うの。ハクア君が居なくなったら、どうなっちゃうんだろうって。だってリグラート王国の最大戦力だよ? ルギリアさんだってハクア君が居るから居るようなものだし」
白亜の頬を弄くり回しながら真剣な顔でそう言う。
「ハクア君が居なくなったら、リグラート王国の良くなっていた治安も大幅に上がっていた戦力も魔法技術も、全部昔に戻っちゃうわけでしょ」
「…………」
「私ね。本当だったら学校を出たら村に帰るつもりだったんだ。ハクア君が誘ってくれなかったら、今はここにはいないと思う」
いまだに頬を引っ張り続けている。段々と赤くなってきた。
「ジュード君も、本当だったらもっと弱くてずっと昔に死んじゃってたかもしれない。ダイさん達となんて会えもしなかった。スラムの人達も沢山餓死してた。全部、全部ハクア君が繋げてくれたんだよ」
「……俺一人の力じゃないし……」
「自分を卑下しないの。そこが君の短所だよ」
やっとリンが離してくれた。ヒリヒリと痛む頬を押さえながらリンの方を見る。
「ハクア君が繋いでくれた『縁』がある。だから、今の私たちがある。君のお陰」
「………俺は……」
「なにもしてないことはない。私達を守ってくれる。けど、ずっと守られてるだけじゃ嫌。私だって立派な冒険者なんだから」
「そう、だな……」
なんとなく矛盾しているリンの話を聞いていると、ポカン、と叩かれた。
白亜の体は透明な鎧でも着込んでいるのではないかと噂されたほど頑丈なので全くと言っていいほどダメージはない。
だが、割りといい音がした。
「リン……容赦ないな」
「ハクア君程じゃないでしょ。それにどうせ効いてないんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「戦い方も教えてもらってないよ。でも、私だって強くなれるんだから」
どこからか取り出した杖を白亜の方に向ける。
「私はハクア君を越える。だからハクア君も追い越されないように逃げてよ」
「………?」
「ハクア君のことだから、また生き返る算段でもついてるんじゃない?」
「生き返るのは………不可能だ。体が持たない。転生ならいけるかもしれないけど………」
きちんとそこまで調べあげている白亜も白亜だが、転生という選択肢を平然と聞き流すリンもリンである。
白亜と一緒にいる時点で常識なんて捨てているが。
「じゃあ、競争しよう。ハクア君がまた私たちに会いに来るのが先か、私がハクア君を追い越すのが先か」
「くく……俺に勝てると思ってんの?」
勝負事にはめっぽう強い白亜である。リンの宣戦布告を聞いて、少し嬉しそうにそう言う。
「勿論。絶対に勝つよ」
「へぇ………いいよ。競争だ。俺がここに来るのが先かリンが俺の実力を越えるのが先か……折角だから何か賭けようか」
白亜は小さく笑って不敵な笑みを浮かべ、懐中時計からある紙を取り出す。
「俺が賭けるのは……失われたとされる古代魔法薬、エリクシールのレシピでどうだ」
「え、エリクシール!?」
「どんな病気も怪我も障害も無くした四肢でさえも回復させられる魔法薬。昔に見付けたんだが、あまりにも効力が強すぎて作ってない」
エリクシールのレシピ。売ったら一体国が幾つ買えるか、という代物である。
異世界への行き方よりかは少し価値は下がるだろうが、これ以上にない賭け物だ。
「えええ………私、それに釣り合うもの持ってないんだけど……」
「なんでも良いよ。これだって今出さなかったら多分一回も使われずにどっかいってただろうし」
どっかいったらかなりヤバイ代物なのだが。
「じゃ、じゃあ……これ………」
リンがおずおずと差し出したのは少し歪な瓶だった。中に水が入っている。
「それこの前作ったポーション?」
「うん………でも、こんなのとエリクシールじゃ釣り合うどころの話じゃないよね……」
瓶から手作りである。勿論指導したのは白亜だが。
「それでいいよ。何か賭けるのが重要なんだからな」
「なんで?」
「そっちの方が遣り甲斐があるだろう?」
にいっと笑ってリンの差し出した瓶とレシピを書いた紙をピラピラと揺する。
「うん。エリクシールが手にはいるなら、私も頑張るよ」
「そんなに良いものでもないけどな……」
苦い顔をしながらレシピをみる。何かやらかしたのだろうか。
「軽いものだけど、賭け事は賭け事だから……」
エリクシールが軽いものなのかは不明だが、白亜は近くにあったテーブルの上に懐中時計から出した何かが書き込んである紙を置いて、その上にポーションとレシピを置く。
紙には魔方陣が書かれていた。何重にも重なっていて、これを解読するのに一体どれだけの時間を要するのか想像もできない。
親指を傷付けて血を出し、グッと押し付ける。
「契約。これはどちらかが果たすまで永遠に続くものであり、果たされた場合、対価が支払われるものとする」
バチッとスパークが起き、紙とその上に置いていたレシピとポーションが消えた。
「これは古い魔法………というか呪いに近いおまじないなんだけど、賭け事に使われる魔法でね。破ることも他人が介入することもできない」
「へぇ……」
よくわかっていないが取り合えず生返事を返すリン。
白亜は血が少し出ている指先を圧迫しながらリンに申し訳なさそうな笑みを向ける。
「こんなことしといてなんだけど……この賭け、限りなく俺の方に傾いてるんだよね。というか、ズルが出来ると言うか……」
「え?」
「いや、時魔法使っちゃえば何時でもこの時間に帰ってこれちゃうし……」
「あ」
もしいつかリンが白亜を抜くようなことがあっても、白亜が未来からこっちに来てしまえばそれで良くなってしまうのである。
「そんなことするつもりも無いんだけどな」
頭を掻きながら肩をすくめる。白亜の性格上、そんなズルをするとは思えないが出来ることとやらないことはまた別である。
「変な話してすまない。俺は仕事してくるから」
「う、うん……」
静かに自分の荷物が置いてあるところへ歩いていく白亜。足音が、ほんの少し鳴っていた。
『本当に言って良かったのですか』
「良いんじゃないかな。……最期まであんな空気嫌だし」
『それもそうですが……』
白亜はポケットからキセルを取り出して火をつける。
「俺が死ぬのは決定事項だからな……。出来ることを今のうちにしておかないと」
『……本当にお人好しなんですから』
「シアンに言われたくはないな……」
白い煙を見ながら暫し何かを考えるように立ち止まった後、紙を取り出して何かをひたすら書いていくのだった。




