『ええ。それが良いと思いますよ』
『落ち着きましたか?』
「……シアン」
『どうかされました?』
「もう少し……生きる方法、考えてみようか……」
『ええ。それが良いと思いますよ』
シアンの声は、いつになく嬉しそうだった。
『遅い』
「……すまない」
『私を何時間も放置して。正直心細くて仕方がなかったのだが』
『人間形態になればよかったのでは?』
『なんとなく………行かない方がいいかと思ってだな』
「確かに一人で考える時間は欲しかったけど……」
アンノウンは空気が読める系武器なのだ。白亜よりよっぽど人の心がわかっている。
「……アンノウン」
『どうした?』
「お前が知ってる限りの魔法構成プログラム教えてくれ」
『それは構わないが……突然どうした?』
「………もう少し、生きてみようと思う。……どれだけ人間が足掻けば寿命が延びるのか興味がある」
アンノウンが嬉しそうなため息を溢す。
『かなりギリギリで決断したな』
「危ないのは俺が一番わかってる。さっさと始めるぞ」
『うむ。古代プログラムの説明はせぬぞ?』
「問題ない」
紙とペンを作り、ポキポキと指をならす白亜。
「始めようか。何日延命できるか………全くの未知数だけど」
ジュードが中々部屋から出てこない白亜を呼びに来た。数回ノックし、声をかけてみたが反応がない。
「師匠? 開けますよ?」
少し軋む音が蝶番から聞こえる。奥からもなにやらガタガタ音がする。ジュードが聞いたことの無い音だった。
「え」
白亜が複数のキーボードを叩きまくっていた。楽器ではなく、パソコンに繋げるキーボードの方だ。
それが文字通り叩かれ続けている。もうタイピング音などと可愛らしいものではない。断続的に壊れる寸前まで押されたキーボードが悲鳴をあげ続けている。
壊れた瞬間にまた新しいものを作って作業を再開する白亜。その間も他の物を操作し続けている。シュールな現場だった。
「師匠?」
「…………」
「師匠!」
「………ん……?………ジュードか」
全く聞こえていなかったらしい。
「なにやってるんですか」
「色々………調べもの、かな」
「それは良いですけど……まさか寝てないって事はないですよね?」
「…………寝た、と思う」
『二分弱だな』
「それ寝たって言います?」
二分弱。インストールの時間に一瞬寝ただけである。元々栄養失調と睡眠不足の上に貧血というまさに満身創痍な状態にある白亜である。
徹夜が追加されてよく生きていられるものである。
「ご飯ですけど」
「あ………そんな時間だっけ………」
『取り合えず寝ないと』
「キリの良いとこまでやっておきたい……」
『私がやりますから。ご飯食べて先に寝てください』
もうそれは朝食でもなんでも無い気もする。
朝食を食べ終わり、一休みした所でダイと会った。二人で適当に談笑する。
「ダイ」
「む?」
「これを……海人さんに渡してくれ」
大きめの封筒をダイに渡す白亜。
「某がか?」
「ああ。頼む。………絶対に他の人には盗られないよう注意してくれ」
「そんなにヤバイ事が書いてあるのか?」
「視る人にとっては、戦争を引き起こしてでも奪いに来るだろうな」
えっ、とダイが引いた。白亜はそれをスルーして話し続ける。
「異世界への渡り方………いや、帰る方法が書いてある」
「異世界人にしか反応しないのか?」
「そういうことだ。この世界の者がやっても使えないようになってる。………が、下手に誰かに渡って分析されても困る」
「ふむ……わからんが、判ったぞ」
「どっちだよ」
小さく欠伸をしながらその場を立ち上がる白亜。すると、何かを思い出したようにダイに向き直り、
「もし海人さんがそれを捨てろとか言った場合、海人さんの指示通りにしてくれ。もし捨てるなら、塵も残さず。これをどうするか決めるのは俺ではなく、海人さんだ」
「何故だ?」
「俺は………もうあっちよりもこっちの人間だ。感覚がおかしくなってる。海人さんの方がよっぽど日本人らしいさ」
そう言って、静かに立ち去った。
「ハクア様。………ハクア様? いらっしゃいますよね?」
キキョウが小さくノックをするが、中からの反応は一切無い。もし寝ているとしても、白亜は基本誰かが近づく気配で起きることができるほどの感知能力を持っている。
起きない筈がないだろう。
「入りますよ?」
白亜は基本自分が部屋にいるときは鍵を開けている。キキョウがノブを捻ると普通に扉が開いた。
「あの………!?」
白亜が、部屋の奥で倒れていた。少し見ただけでは死んでいるように見えるだろう。何故なら、白亜の周囲は血溜まりができているからだ。
殺人現場のようである。
「ハクア様!」
取り合えず近寄ってみると、血溜まりかと思われていたそれは何かのインクだった。白亜は普通に目立った外傷もなく床で寝ている。
実はこれ、たまにあることなのだ。
白亜は寝惚けると創造者で無意識に何かを作り出すのだが、疲れているときはイメージが雑になり、液体が大量に産み出される。
要は、この状況である。
「ハクア様!」
「んぅ………」
「インクが凄いことになってますよ」
「ぁ……やっちゃった………」
インクまみれになりながら頭を掻く白亜。反省しているかどうか微妙なラインである。
「お掃除しますので、体洗ってきてください」
「判った……」
キキョウはポタポタとインクを滴らせながら歩いていく白亜を面白おかしそうに見送りながら掃除を始めるのだった。
「……リン」
「ハクア君?」
「その、俺さ………調べてみたんだ。これが治るかどうか……」
「それで、どうだったの? 治りそう?」
白亜は無言で首を横に振った。
「そんな……」
「無理だった。時間の問題でもない。俺の体は病気じゃなくて怪我だから………」
「じゃあ、昨日ジュード君に使ったっていう奥の手は」
「使えない。一回切り………じゃないかもしれないけど、恐らく使えないだろう」
あまり冥王に借りを作りたくないというのもある。
「正直、これくらいが限界だって感じてた。リンが知らないだけで俺は自分の傷を治そうと色々してたんだ。その結果が今の状態だ」
疲れを滲ませた表情でリンに向き直る。
「俺は………計算してみたところだとあと四日、今日を抜いてあと三日生きるのが精一杯だろう」
目を伏せて、小さな声でそういったのだった。




