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「私がいるよ」

「……ハクア君はそれでいいの?」

「言ったろ。……仕方ないって」

「ハクア君!」


 リンの声が響き渡る。


「ハクア君はいつもそう! 自分だけ危ない思いしてそれで良いって思ってる! こっちの身にもなってよ!」

「………リンには、判らないと思う」

「言ってくれなきゃ判んないよ!」

「じゃあリンには目の前で両親が殺されてそれでも自分だけ生かされる辛さが判るのかよ!」


 白亜が叫んだ。感情をほとんど表に出さない上に大体の会話は「ん」で済ます白亜が珍しく長文で。


 荒く息を吐きながら紡がれる言葉には、端々にやりきれなさと後悔が色濃く残っていた。


「死にたくても周りが許してくれない! 墓すら作って供養することも出来ない! 足りない頭をなんとか使って作ったものですら鼻で嗤われ、世間で有名になった途端に掌を返してくる!」


 この世界では、墓を作ることが出来ないことは少ないことではない。魔物に食われてしまえば、それまでなのだから。


 だが、日本ではそれは早々無いことなのだ。あらゆる危険に満ちたこの世界ならば仕方ないと割り切れたかもしれないが、危険とはほど遠い生活をしていたのだ。


 突然やって来た危険(・・)に直ぐに順応できるはずがない。ましてや、6歳の子供には酷すぎる状況だった。


 リンは白亜からよく日本の話を聞いていた。だからなんとなく理解できている。この世界の基準で考えてはいけない、と。


 人の死が、あちらでは重すぎるのだ。


「やっと……やっと落ち着ける場所ができたと思ったのに、全部消えていく! 壊れていく! だったら、俺が生きてる意味なんて何一つ無い!」


 ポタポタと涙が落ちていく。リンは、なにも言えなかった。


「俺がなにしたっていうんだよ………二人(両親)が、なにしたっていうんだよ………!」


 崩れ落ちるように地面に座り込む。まるで、その行動は親に叱られた子供のようだった。


 リンはそこで気付いた。誰よりも大人びていて、誰よりも強い人間(白亜)の心は誰よりも傷付きやすく、壊れやすいものであった事に。


 そしてそれは、自分が関与することが出来ない何十年も昔に粉々に破壊されていたことに。


 白亜は自分でも気付かない内に誤魔化し、無理矢理元の形をとらせ、誰にも干渉されないよう感情を犠牲にして()を作っていた事に。


 それは偽りのものでしかなく、徐々に崩壊し、()の隙間から今漏れ出るように決壊しかけている。


 たちの悪いことに、白亜はそれを無意識に止めようとしている。もう、それが普通(・・)になってしまっているのだ。


「っ………! ………すまない」


 目を伏せて踵を返して歩き出す。リンは、白亜が今すぐどこかに行ってしまいそうな気がした。


「待って‼」

「………」

「私には、判んないよ。お父さんもお母さんも生きてるし、知り合いが死んだこともほとんど無いから」

「………」

「話してくれて、嬉しかったよ。辛かったんでしょ? でも、誰にも言えなかったんでしょ?」


 白亜のボロボロになってしまった上着を引っ張るようにしてそこから立ち去らせないようにする。


 もちろん本気になれば簡単に振り解くことができるのだが、白亜がそれを出来ないことをリンはよく知っている。


「確かに、ニホンって所で何があったか私はよく知らない。でも、この世界のハクア君のことならハクア君のお父さんたちより知ってるよ」


 白亜は前にも後ろにも動かず、ただその場で静かに立ち止まっている。リンの方から表情は全く見えない。


「ハクア君のことなら、ハクア君より知ってる。意外とお金が好きだったりお菓子作りに何時間も費やして厨房使えないって怒られたり、私達が寝た後………ずっと一人で魔法の練習してたり」


 次第に言葉に暖かみが籠ってくる。


「楽しいって思ってるときは瞬きが多くなる。眠いときは掌を握ったり開いたりする。嬉しいって思ってるときはちょっとだけ斜め上を見る」


 白亜の正面に移動して、真っ直ぐ見据える。


「知ってるよ。だって大好きだから。ハクア君のこと、ずっとずっと、もしかしたら初めて会ったときから、大好きだから」

「………」

「ジュード君もハクア君の事、何よりも大事で大好きなんだから。ハクア君が居なくなって、悲しむのは私達なんだよ」


 好意。白亜が最も理解できなかった感情。シュナだった頃の記憶を思いだし、意味はわかるようになったものだ。


 それ以前の白亜にとっての好意は鬱陶しい物でしかなかった。よくも悪くも目立つ白亜である。女性から好意的な目を向けられるのは日常茶飯事で、それによる男性からのいじめや冷たい視線が白亜を蝕む毒でしかなかった。


 忘れた筈のそれをただ純粋に向けてくるジュードやリン達と無意識に一線を置いていた。


 リンもそれは気づいていた。


 だから賭けに出たのだ。今、下手したら拒絶されてしまうかもしれないこの状況で。


「…………俺は」


 小さく、消え入りそうな声で白亜が話し始める。


「……大人が嫌いだ。子供が嫌いだ。男が嫌いだ。女が嫌いだ。皆………嫌いだ。判ろうともしないのに同情だけしてくる。同情なんてされて……嬉しいことなんて、何一つ無い」

「うん」

「毎日、必死だった。必死だったけど……生き甲斐は微塵も感じなかった。ただ生きてて、時間だけが過ぎていく。その度に、大切だったものが……大切だった筈のものが少しずつ無くなっていった」


 手が少しだけ震えている。


「俺には……もう、なにも残ってない」

「そんなこと無い」

「無いんだよ。俺の頭も腕も小さすぎて……全部落ちていく。何一つ残ってなんか……」

「私がいるよ」


 白亜が初めてリンの顔を見た。その顔は、リンが今まで見た白亜の表情のどれにも当てはまらない色をしていた。


 今までのどんな時より、疲れきった顔をしていたのだ。


 泥も洗って落としたし、暫く休んだので体力も回復している筈なのだが、白亜の顔はなぜ今まで気づけなかったのか疑問に思えるほど窶れていて、今にも倒れそうなくらい弱々しかった。


「ジュード君も、ダイさんも。キキョウさんも、ルナさんも。チコちゃんも。皆……皆いるよ」


 リンは白亜の傷だらけの手を取り、両手で包むように触れる。


 一瞬、白亜の体に緊張が走り筋肉が強張る。何かを拒絶するかのような動きだった。


「ハクア君の手……私なんかよりずっと大きいよ。いつも鍛練してるせいか少しボロボロだけど」

「………」

「でも、そのボロボロだって私達を守るためにやってくれてるんでしょう? それのどこが小さいの?」


 引き抜こうとする白亜の手をリンは掴んで離さない。


 白亜の顔を覗き込みながら、優しい笑みを浮かべる。


「私達、ハクア君が思ってるよりずっとハクア君に感謝してるんだから。皆、ハクア君の手にちゃんと乗ってるよ」


 照れ臭そうに、肩をすくめる。


「言わせないでよ。……恥ずかしいから。本当に、鈍いんだから」


 呆気にとられている白亜の頬をつつく。身長差がありすぎてかなり不格好なものだったが。


「ハクア君、なんでもできるのにこういうところは駄目なんだよね。昔から。………知ってるよ。知ってるから」


 手を離し、宿の方に向かって歩き出す。


「だから……もっとハクア君の事を教えて? もっと私を……皆を頼って」


 懇願、というよりかはお願いのような感じの頼み方だった。


 白亜は、暫くその場から動けなかった。

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