『本当は口止めされていたのだが……あの者はもう永くない』
「ぅ……」
「ジュード!」
頭を押さえながらジュードが起き上がる。
「大丈夫か? 痛みは? 血も戻ってるか?」
「師匠………流石に血が戻ってる実感なんてよくわかりませんよ」
「馬鹿……! 剣を止めるにしてももっと色々と方法があっただろうが」
「咄嗟に動いたらああなっただけですよ……師匠? ……泣いてますか?」
「泣くに決まってんだろうが、大馬鹿野郎……!」
ジュードに抱き着き、泣きながら小さく笑う白亜。
「……師匠の回復魔法ですか?」
「……違う。……奥の手を使っただけだ」
「奥の手って」
「奥の手バラしたら奥の手じゃないだろ」
白亜がジュードからゆっくりと離れ、立ち上がる。
「どうやらダイ達がやってくれたみたいだな。剣聖以外にも力を盗られてたから」
もう全部戻ったしな、と呟くように言う。
「じゃあもう帰れますね」
「まだだ。お前が回復してからだ。傷も全部治ってるとはいえ、数日間は様子を見ないと。転移もなるべく使用しない方がいいし」
扉の方からリン達が雪崩れ込むように入ってきた。
「ハクア君! 大丈夫!?」
「俺よりもジュードの方が重体だったくらいだよ」
少し疲れた顔をしてそう言う白亜。服や髪も泥で汚れた上、所々破れていたり千切れている。
かといって外傷は見当たらない。恐らく魔法で治したのだろうと全員が納得した。
「早くここから出たほうがいいですね……」
「だな。某もここまで血の臭いが充満したところに居たくない」
キキョウとダイがそう言ったのでかなり無惨な状態になっている死体を白亜が懐中時計にしまってから外に出る。
証拠として必要だからだ。だが、
「ひとつ疑問なんだが」
「どうかした?」
「剣聖殺して大丈夫なのだろうか………」
「ハクア君……殺しかけた本人がそれ言っちゃいけないと思うんだけど……」
実際トドメを刺したのはジュードだが。
「とりあえず状況証拠になりそうなものは持ってきたけど」
『なんとかなると信じるしかないだろう』
「だよな……」
もう、その場の流れに適当に身を投じるようである。
その日の晩、宿を取った白亜の部屋にリンが訪ねてきた。
「ハクア君」
「……リンか。どうした?」
「聞きたいことがあって」
「……そうか。とりあえず中に入ろう」
大分暖かくはなってきたもののまだ冬である。白亜は部屋の隅に持参のヒーターを設置し、リンをその前に座らせる。
「ん」
「ありがとう」
白亜がハーブティーをリンに差し出す。猫舌なことを知っているので温度は少し低めのお茶だ。
「それで……こんな時間にどうしたんだ?」
「ハクア君って、その………」
「?」
「とっても、強いでしょ?」
「……どうだろうな。時と場合に依るかもしれない。今回みたいな状態だったら確実に弱いだろうし」
リンの方を向きながら首をかしげる。
「なんでそんなことを?」
「お願いがあるの」
身を乗り出すようにして白亜を正面から見詰めるリン。
「私に、戦い方を教えて」
「? 十分強いと思うぞ?」
「ううん……私は弱いから。だから今日も捕まって皆に迷惑かけたの」
「俺だって何度も誘拐されてるけど?」
「それはそうだけど……」
しかも誘拐された先でまた誘拐される始末である。レアすぎる体験を何度していることか。
「私、魔法がなくても戦えるくらい強くなりたい。ハクア君みたいに」
「……俺なんかよりジュードの方が適任だぞ? 俺が教えられるものは結構偏ってるし……何より、手加減が出来ない」
お茶請けのチョコレートを一口かじりながらポツリとそう溢した。
「手加減なんて要らないよ」
「いいや。それは無理だな。リンの体は衝撃に耐えられるほど強くない。俺の教え方は座学ではなく実践させて無理矢理体に叩き込むものだ。適任ではないだろう」
それを言った直後、一瞬哀しそうに目を伏せた。部屋が暗くて、リンにはその表情は見えていなかったが。
「………駄目?」
「危険だからな」
「本当に?」
「少なくとも体の動かし方をジュードにでも習ってない今は無理。吹き飛ばした瞬間に受け身がとれなきゃ首の骨折るぞ?」
「じゃあ!」
「せめて、それぐらいはジュードに教わってくれ。受け身、効率のいい動かし方、強化の仕方。これを覚えてきたら教えてもいい」
リンの顔が喜色に染まる。
『甘いな』
『甘いですね』
「なんの話だよ……」
キセルをくわえながら頭のなかで会話する二人に苦笑する白亜。
「それと、もうひとつ」
「なんだ?」
「ハクア君………本当にジュード君にどんな魔法かけて治したの?」
「………」
白亜がゆっくりと視線をそらすとそれに合わせてリンが移動する。
「逸らさないで」
「………奥の手だ」
「それがなんなのかくらい、私にも聞く権利あるよね?」
「………ごめん。これだけは誰にも言わない………言えない」
そのまま立ち上がって部屋を出ていった。
『……すまんな。素直になれない年頃でな』
「アンノウンさん。私、悪いこと聞いちゃったかな……」
『そう言うわけではないと思うが……』
「じゃあどういうこと」
『むぅ……』
アンノウンは暫く黙った後、
『本当は口止めされていたのだが……あの者はもう永くない』
「え……? だって怪我だって治ったって」
『治ってなどいない。数年前から度々傷口が開き、対処できなくなってきている。何度生死をさ迷ったか……』
「そんなの聞いてないよ!」
『言っただろう。口止めされている。それに自分一人でなんとかできてしまう辺り余計にたちが悪い』
死にかけても、誰にも言わないのだから。その言葉を聞いた瞬間、リンは部屋を飛び出した。
「ハクア君!」
「…………」
リンはばつが悪そうに目をそらす白亜に抱きついた。
「な……!? どうした!?」
「死なないで!」
「まだ生きてるんだけど……?」
寧ろパッと見ピンピンしている。
「アンノウンさんから聞いたよ」
「何を……いや、そういうことか」
リンの反応を見て判ったのかリンの心の声が聞こえたのか。恐らく後者だが、白亜は何を聞いたのか理解した。
「なんで……黙ってたの」
「どうせギリギリで生きてる死に損ないとはいえ……俺が死ぬとこなんて見られたくないし。死にかけてるなんて言ったら特にスターリとかなんて俺から離れないだろうし」
そう言いながら服の袖を捲る。継ぎ接ぎのようだった体は余計にその線を深くしており、今にもバラバラになってしまいそうだった。
「今日……魔力を吸いとられたとき、体を繋いでる部分が薄くなって……。全身から血が吹き出るっていう少しばかりショッキングな状態になってな………弱まった物は、戻りそうにない」
まるで自分を嘲笑うような歪んだ笑みを浮かべながらそう言った。白亜は一言も弱音を吐かなかった。
ただ、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな表情を浮かべて淡々と他人事のように自分の死期が近いことを話していた。
「ハクア君は……死ぬのが、怖くないの?」
「怖いというより……仕方ないって思ってる。……死ぬのになれてんのかな」
白亜は大体の死期くらいは悟ることができる。勘というより、経験に近いものではあるが。
「俺は後………持って一週間。早くて今晩には死んでるかもな」
「なんで……」
「先ずもってこの体でなんとか生きてるのが奇跡だったんだ。何年もよく生きた方だよ。俺の予想じゃ17で死んでた筈の怪我だし」