【なんでもくれるんですよね?】
「ふっ」
「っ!? 力の殆どは奪ったはず……!」
「確かに、あんまり力入らない。だが、元々殆ど力入れずに戦う戦い方を練習してるんでね」
服や髪の毛が泥でまみれ、血がこびりついている。どこからどう見ても満身創痍な上、走る度にふらついている。そんな状態でも普通に打ち合えている。
『マスター! もう5分切りました!』
「不味いな……」
汗が顎を伝って地面に落ちる。立っているだけで辛そうだ。
「師匠。僕もいますから」
「そうだな。…………久しぶりにタッグの練習でもするか」
村雨を右手に、アンノウンを左手に持ってジュードと背中合わせになる。
「制限時間は5分。なるべく早くしたいけど、焦らなくていい。俺のテンポにあわせろ」
「はい」
カンッと靴をならす。その瞬間、白亜の姿が消えたと思ったら剣聖の斜め後ろから斬りかかる。
「それぐらいわかります!」
「そう」
一発打ち込み、即座に離れる。
「は?」
「余所見は禁物ですよ!」
頭上からジュードが剣を振りかぶっている。剣聖が止めた瞬間に離れる。反対側から白亜が攻め、離れ、ジュードが攻め、離れ。
同じリズムで交互に一撃離脱を繰り返す。剣聖がそのタイミングになれた頃、突然スピードが上がった。
一定のタイミングで剣のぶつかる音が響き続ける。
「このっ!」
「おっと」
剣聖が攻撃してきたのを白亜はスライディングしながら避けて足を手芸針のようなもので突き刺す。
「そんな攻撃痛くも痒くも無いです!」
「そうかな?」
突然、白亜の動きが見て判るほどに良くなった。
「力、少しだけ返してもらったよ」
にいっと笑いながら攻撃を繰り返す。
「っ!?」
「遅い!」
どんどん素早さが増していく。攻撃がどこから来るのか大体は判るのだが、毎回真後ろだったりして反応がし辛い。
「あ、ヤバ―――」
突然、攻撃が止まった。見ると、白亜が少し離れたところで胸を押さえて倒れている。
じわりと足下から赤い水が広がっていく。
「師匠!?」
「まだ、やれる……。止まるな、ジュード」
アンノウンを支えにしながらゆっくりと立ち上がる。服の袖口からポタポタと血が滴り落ちている。
『もうやめてください! これ以上動いたら繋いでいる体が――――』
「元々あった傷が開いてるだけだ……。なにも、変わってない」
低い姿勢で飛び込んでいく。斜め下から村雨を斬り上げた。だが、全身の痛みに体が耐えられなかったのか、剣筋がずれた。
結果、相手の腕を切り落とすことには成功したが、致命傷を与えられなかった。それが不味かった。
「ぐっ!」
「……ぁ」
剣聖の右腕が赤い線を空に描きながら落下していく。それより早く左腕の剣が白亜の首に向かって振り下げられていた。
白亜の意識は既に殆ど無い。戦闘開始から4分20秒。制限時間が短すぎたのだ。
衝撃に備えるために歯を食いしばる事さえ出来ない白亜はただそれを見るしかなかった。
故に、目の前の光景に目を見張った。その直後、激しい衝撃と共にそれと体が遠くに弾かれる。
「ジュード……?」
唯一出た言葉がそれだった。自分の上に覆い被さっているそれは紛れもなく、ジュードだった。
剣聖の頭部が目の端で吹き飛んだのさえ、気付かなかった。
「おい………ジュード!」
徐々に体に力が戻ってくる。飛びかけていた意識が再び元に戻る。ぼんやり霞がかかったような視界がクリアになり、服の下から出ていた血も完全に止まっている。
「ジュード!」
顔面蒼白。まさにその言葉が当てはまりそうな状態のジュードが腹部に剣聖の持っていた筈の剣を刺しながら血を流し続けていた。
「……馬鹿……!」
白亜はその場を見渡し、部屋中の物を漁る。バケツを掴んで走り回り、目についたものを片っ端からその中に放り込んでいく。
バケツの中には石をはじめよく判らない紙やペン、果てには写真立てや椅子を壊して取った木の棒まで。
そして再びジュードの横に戻り、床に石で何かを書いていく。その間に地面から生えた数本の蔓でインクを抜いたペンや布を使って慎重に剣を抜き、傷口を押さえ、固定していく。
もう、回復魔法は間に合わないと判断したが故の延命措置だった。
「馬鹿………馬鹿……!」
地面に石で何かをひたすら書き殴っていく。握りしめる力がどんどん増していき、石が粉々に砕け散り、手の表面から血が垂れる。
砕け散った石を見向きもせず、新しいものをバケツから取り出して再び書く。それを何度も繰り返す。
「なんで俺なんかが助かるんだよ……! お前が生きなきゃいけないだろうが………!」
ポタポタと汗と血と涙が混ざったものが落ちていく。白亜にとって最も怖いものは他人の死だ。
残される辛さをよく判っているからである。だから、どんなことをしても助けようとする。どんなことでも。
「来い……! 寿命でもなんでもくれてやる!」
書いたものが複雑に浮かび上がり、ひとつの紋様を描き出す。白亜の手には、いつの間にかあの本が握られていた。
求める者のみが手に入れられる悪魔との契約書と呼ばれるものである。そして、白亜はその理論をほぼ完璧に理解していた。
【お久し振りですね】
「悠長に話してる暇はない」
【……そのようですね。大方、そのハーフエルフを助けたいのですか?】
「そうだ。………お前は以前、死者は生き返らせることは出来ないと言ったが……まだこいつは生きてる。なんとかできる余地はあるんだろ?」
気休め程度にしか効かない回復魔法をひたすらかけ続けながらそう言う。
【ええ。彼ならば助けることは可能です】
「何を差し出せばいい。俺の寿命は期待できそうにないぞ」
【判っていますとも】
白亜は荒い息を吐きながら真っ直ぐに冥王を見詰める。
「……俺が渡せるものなら全部くれてやる。それでも足りないか?」
【そうですね。力や寿命、魂。全て頂いても足りません。ですが……】
ライレンが白亜の顔を覗きこんでニヤリと笑う。
【貴方の行く末には面白いことが常に起こる可能性が高い】
「………」
【なんでもくれるんですよね?】
「俺が渡せるものならな」
【くく……ははは! 良いですよ! では、こうしましょうか】
白亜の耳元で、何かが割れる音がした。
「今………何が」
【これで契約は完了です。対価は頂きましたし、早速始めます】
対価がなんなのか判らぬまま契約が終了してしまった。だが、白亜にとってそれは今どうでもいい。
ジュードの周りに光が集束し、傷口が塞がっていく。しかもそれだけではない。白亜の右目にはジュードの魔力や血までもが回復していく様が見れた。
【さて、再会の時間を邪魔するわけにもいきませんし、私はここから去らせていただきます】
「……そうか。助かった」
【それ相応の対価は頂きましたしね。では】
結局最後まで何を対価として持っていったのか不明のままだった。
最近暑いですね……。皆さん体調管理にはお気をつけください。(自分が一番危ういのによく言う)




