「何時だって綱渡りだ」
「粗方片付いたか……」
パラパラと地面に羽や肉片が落下していく。
「一体一体は強くはないんだが……如何せん数が多い」
『この辺りに魔物の気配はないかと』
「なら花を片付けないとな……」
強烈な香りを撒き散らし続けている花に目をやる。出した本人でさえその臭いに鼻がやられるほどの凶悪さである。
「消すか」
『……まさかとは思うが、そなた、私を使ってよからぬ事を考えていないか?』
『恐らく想像通りの事をマスターはやろうとしています』
『考え直してくれ!』
「なんの話だ?」
大きくアンノウンを振りかぶりながらそう訊く白亜。
『私を投げるのは止めろとぉぉぉぉおおおお‼』
「あ」
既に全力投球されていた。
『まぁ、やることは予想していましたしね……』
「?」
ザンッと音を立ててアンノウンが花の中心に突き刺さった後、眩い光を放ちながら爆発した。白亜がそれを見て、手を前に出すと花粉まみれになったアンノウンが帰ってきた。
『そなた……恨むぞ』
「恨んでどうにかなるならどうぞ」
浄化をかけながらいじけるアンノウンを手に取る白亜。
「後は………」
チラチラと辺りを確認してまだ焦げ痕が残る地面に降り立つ。
『合流しますか』
「そうだな」
通信機に魔力を流す。
「?」
いくら流してもまるで手応えが無い通信機を訝しげに見る白亜。
「壊れたか………? 魔力がうまく伝わってないのか………まさか」
『マスター! リンと連絡が取れません!』
「嘘だろ………っ!」
全力で西側に飛ぶ。
「リン! 聞こえたら返事してくれ!」
目を閉じて耳に意識を集中する。ジュードやダイ達の足音や声はするものの、リンの声も足音も聞こえない。
「リン!」
周囲の気配を全て遮断し、耳にのみ意識を集める。リンではない声が大量に聞こえるが、それが気にもならないほど白亜は集中していた。
鼻は先程の火炎花の臭いのせいで暫くは使い物にならない。
「リン………どこだ」
脳の使いすぎで鼻から血が垂れた。しかし、それさえも今の白亜は気が付かない。
「ッグ―――!?」
鈍い衝撃が走り、捜索を一時中断する。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
鼻から出た血が地面に落ち、その音が白亜の耳を直接刺激する。使いすぎて制御が効かなくなってきている。
「だ……れだ」
自分の声でさえ今の状態の白亜には相当キツい。だが、目の前にいる者は、少なくとも白亜はあったことがない者だった。
「これ、なんだと思う?」
気持ちの悪い、狂気に満ちた目を向けて紙を一枚、白亜の方に見せた。
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「師匠と連絡がとれないんです!」
「判っている。リンも同じくだ」
「シアン様からのご連絡もありませんでしたし」
終わったら集まると決めていた草原に白亜とリン以外の全員が集まっていた。麒麟は留守番組に白亜が行っていないか確認に走っている。
「これ……!」
キキョウが見付けたのはリンの小さなストラップだ。白亜の保護魔法がかかっていたはずだが、中央に嵌まっている筈の宝石が見事に砕け散っている。
「魔法が切れてる……」
「これって少なくとも発動しているってことですよね……?」
すると、ジュードの通信機に反応があった。
『―――ド、――て――か』
「師匠!」
ノイズが混じっているが、聞こえてくるのはいつもの白亜の声だ。白亜の無事が知れたことで一同が安堵の息を漏らす。
「どこに行るんですか?」
『リンが、連れてかれたっぽい』
「っ……一緒に居ないんですか?」
『すまない……気付いたときには手遅れだった』
白亜の声はいつになく苦しそうだった。
『俺の魔力を辿ってきてくれ。……多分、すぐ判る』
「どういうことですか……っ!?」
地面が、揺れた。その瞬間、気を失いそうなほど強烈な死の気配を感じた。威圧というものだけでは足りないほどの殺気がある方向から感じ取れる。
「これは……!」
『すま………な……もう、限界……が』
「師匠!?」
無理矢理断ち切られたというよりは魔力切れで通信が切れた。ジュードの頭の上ではチコが気絶していた。
「チコは耐えれなかったようだな……無理もない」
「いきましょう。師匠が居るかもしれません」
全員顔を見合わせて殺気が渦巻く方向へ全力で走った。
「ここは」
「門だ……」
濃密な気配のする方へ近付くと、隠し扉が見つかった。
「いいですね?」
「もちろんです」
扉を魔法で吹き飛ばして中へと入った。
「っ!?」
中には檻に入れられた人々が居たが全員気絶していた。しかし、あるところからは声が聞こえた。その声にはしっかりと聞き覚えがあった。
「リンさん!」
「ジュード君! 来ちゃ駄目!」
普段の訓練のせいか、反射的に横に跳んだジュード。そこに巨大な斧が突き刺さる。
「思ったよりも早かったな? まさかあいつ連絡しやがったか」
黒服の男が金色の殺気を振り撒きながらニヤリと笑い、斧を回収する。
「誰です」
「わかんねぇか?」
狂気に満ちた笑みを浮かべて下品に笑う。
「気を付けろ。この者………ただ者ではない」
「判ってます」
ジュードやダイが全く気づけなかったのだ。白亜が居ないのでかなりキツい戦いになるだろう。
次の瞬間、パシャン、と音を立ててキキョウが消えた。否、正確に言うと、キキョウが地面に隠れたのだ。リンを助けるために。
「おっと、させないぜ?」
「!?」
地面に潜った筈の体が外に弾き出された。金色の光がキキョウの腕に巻き付いている。
「へー。これ便利だなぁ」
まるで他人事のように金色の光を感心するように見る男。
「ここは某が。ああいう輩は何度か戦ったことがあるのでな」
「妾も残ろう。ダイとは魔法の相性がいいからの」
そう言うが早いがダイが雷を拳に纏わせて特攻する。
「待て、誰がいかせると……!」
「余所見とは、余裕だな。某を怒らせると怖いぞ?」
背後の爆発音を聞きながらリンを探して走った。
「リンさん!」
「ジュード君! 助けて‼」
「ええ。今すぐ―――」
「ハクア君を助けて‼」
リンが泣きながらジュードに向かって叫ぶ。
「私のせいで……! お願い! ハクア君……あれじゃ死んじゃう!」
「師匠が……っ!?」
再び流れてくる、濃密な気配。なにもされていないのに殴られたかのような衝撃まで伴っている。
「キキョウさん!」
「お任せを!」
バキンと甲高い音を立ててリンの檻が木っ端微塵に壊された。だが、リンの足がおかしな方向へ曲がってしまっている。
「リンさんの足が……!」
「私はいいから! ハクア君を! 早く!」
相当痛いだろう筈の足など気にもせず、叫ぶ。ジュードに先にいけと行ったキキョウが治療を施す。
「お願いします、ジュード様。ハクア様を……私のご主人様を」
「はい!」
気絶してからフードに入れっぱなしだったチコをキキョウに預けて再び走った。
「!」
「おや。少し遅かったですね」
白銀の髪をした人の頭を足蹴にしながら笑顔で男がそう言った。
「師匠!」
白亜は、全く動かなかった。なんの反応もしない。
「もう少し早ければ救えたかもしれませんね」
「貴方は……!」
「おや、私の事を?」
「……有名ですからね。剣聖の名は」
スターリが以前戦った剣聖。彼は嬉しそうに手を叩く。
「まさかリグラートの第二王子様まで知っていらっしゃっているとは、光栄です」
「師匠から足をどけてください」
「残念ですが、彼女はもう死んでいますよ?」
「どけ!」
腰からナイフを取り出して投擲する。ジュードが全力で投げたそれを剣聖はいとも簡単に指先で摘まむように止めた。白亜がいつもやるように。
「まさか………!」
「ああ、言うのが遅れてしまいました。彼女の力は私が全て頂きましたので」
剣聖の両目が真っ黒に染まり、赤と緑の光を放っている。
「ふざけるなぁぁぁああ‼」
「おっと」
斬りかかるジュードから軽々と避ける剣聖。その動きは、白亜と瓜二つだった。
「師匠!」
白亜を壁際に引き摺るように寄せ、必死に揺さぶる。体は、異常なほど軽かった。
「師匠!」
目を開ける気配はない。心臓も止まっており呼吸もしていなかった。
「嘘だ……! 師匠!」
「しつこいですよっ」
「っ!?」
いつのまにか眼前にまで迫っていた剣聖の剣を避けるのは不可能だった。
「全く……疲れた」
その瞬間、剣を止めたのはよくジュードが見ていた不思議な刀身の剣。ぶつかり合った衝撃で水が辺りに飛び散った。
「ジュード……。俺が死んだくらいで周りが見えなくなってどうする」
目にも止まらぬ早さで刀が一閃される。が、剣聖は後ろに大きく跳んで回避した。
「師匠……? 師匠なんですよね……?」
「じゃあ何に見える。亡霊か? 魔物か?」
「え、でも確かに心臓も……」
「一時的に止めてた。こうすれば相手の油断を誘えると思って……。まぁ、少し死にかけたけど」
止められるものなのかはさておき、白亜の体は戦える状態ではないことくらい、ジュードは判っていた。
「師匠……無理しないでください」
「無理……してないとは言わないけど。俺の力殆ど盗られたから取り返さないと。今のままだと5分位で多分あの世に行くことになる」
「ヤバイじゃないですか!」
「何時だって綱渡りだ」
小さく笑いながら村雨を最上段に構え、呼吸を整える。
「これで負けたら本当にあの世行きだから、勘弁してほしいけどな」




