「……本当に見た奴が沢山居るから今まで伝わってきたと?」
「俺って本当に帰れんの?」
「恐らくな」
「具体的にはどうやって帰るんだ?」
「どうやると思う?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて白亜がそう言う。
「まさかとは思うけど、来たときと同じことをするとか……」
「何、投身自殺もう一回やりたいのか? 運がなかったら死ぬぞ?」
「違うならはっきり言えよ!」
白亜は両手を動かしながら聞いているのかいないのか少し考え込む動作をする。
「違うさ。少し疑問点は残るけどな」
「どういうことだ?」
「お前、ここに来たときってどうなった?」
「どうって……気付いたら拾われてたんだけど」
「どこで?」
「海って聞いたな」
白亜はそこで少し手を止める。
「そこが少しおかしいと思うんだよな」
「なんで?」
「この世界と地球が繋がったってのは割りとあり得る話なんだ。昔から橋の下は妖怪の世界が繋がってるとか、時間帯……夕暮れや丑三つ時なんかはそうだな。そんな時間や場所ってあるだろ?」
「聞いたことあるけど」
「あながちあれは間違ってない」
メモ帳のようなものを机の引き出しから取り出し、ペンで川と橋の絵を描く。
「こういう『見ようとしても見にくい』場所や時間帯は古くから『なにか出るかもしれない』と言われている」
「でもそれって迷信って言うか……実際はないだろ?」
「そうだ。全部『気のせいだ』で終わらせられている。でも実際は違うんだ。本当に出てしまったからこれまでの長い間伝わってくるんだよ」
「は?」
言っている意味が判らないと目を丸くする反応を見た白亜は少し考えて、
「よくよく考えてみろ。『こんなのが居た気がする』って話なんて『気のせいだろ』で終わるだろ。語り継がれることなんてない」
「……本当に見た奴が沢山居るから今まで伝わってきたと?」
「そういうこと。実際にこちらの世界にはコロポックルや九尾狐がいることも確認済みだ」
「居るのかよ!」
あまり知られていないだけで実は結構いたりするのだ。
「何故日本であれほど有名になったのか、それは日本に元々居ないやつがあっちに迷い込んでしまったてこと」
「こっちの世界の妖怪が紛れ込んだって事か……?」
「そうだな。逆も然りだ」
「逆……日本にもそういうのが居たのか?」
「いたさ。知られないうちにこっちに来てしまっただけ」
白亜はサラサラと手帳に絵を描き込んでいく。
「つまり、だ。こんな風にこっちとたまに繋がってしまう場所が出てくる。ここに人が入り込んでしまって帰れなくなった状態を神隠しっていう」
「そういうことだったんだ」
「俺の憶測混じってるけどな。それで、お前の場合は海。それもこっちも同じ場所が繋がってしまった訳だ」
手帳を閉じてキセルをくわえ直す。
「ここが少し気になる点だ」
「なんで?」
「あっちとこっちでは空間の共有が難しい」
「……よくわからん」
「簡単に言えば、橋の下で移動したのに空中に浮いてましたとか、木の下で移動したのに海に浸かってましたとか」
「海が海に繋がらないって事か?」
「そう思ってくれていい」
軽く白い煙を吐き出しながら手元の紙を見る。
「それだけじゃない。海なんて魔物だらけで人間が……ましてや異世界人、しかも意識がない状態で生きていける筈がない」
「それは俺も思ってたけど……」
「それはどうでもいい話だけどな。手が空いたら調べておこう」
白亜の手が空くことなど早々ない気がするのだが。
「それで、さっきの話に戻したいんだけど」
「ああ、どうやって帰るのかって話か」
「そう」
「簡単だ。俺が魔法を使うだけ」
へ? といって固まる。
「そんだけ?」
「そんだけ。これでもこの魔法覚えるのに相当苦労したんだけどな」
それにしてはなんてことないような口振りだ。
「帝級魔法、異世界転移」
「低級? 初級じゃなくて?」
「漢字が違う。皇帝の帝だ」
キセルで空中に字を書く白亜。
「あ、そっち? ん? でもそんなの聞いたことないけど」
「そりゃそうだろ。神族にしか伝わってない魔法だからな」
「神族? なにそれ?」
「読んで字のごとく。神の一族にのみ伝えられる最上級の魔法」
「お前の両親神様!?」
「少し違うな……。転生したときに色々とあったんだよ。実親は普通に人間だ」
もう、なにがなんだか判らない。
「い、意味がわからん」
「別にそういうものだと思ってもらえればいい」
欠伸をしながら面倒くさそうにそういう。
「じゃあ質問させてもらう。名前は?」
「そういえば言ってなかったな……高橋 海人だ」
「年齢は?」
「21」
「………?」
じろじろと見て、
「贔屓目に見ても10代だろ」
「こっちに来たときに若返ったんだよな」
「へぇ」
若返った、という事実をアッサリと受け止める白亜も海人もそうだが、この場所にツッコミがが不在しているのは確かである。
「こっちに来た正確な日時は? 年も教えてくれ」
「5月13日、2048年」
「2048年……?」
「どうかした?」
「時間軸がおかしいのか………それとも召喚された側と迷いこんだ側で誤差が発生するのか」
賢人達日本組が来たのは2065年。時間がおかしいのだ。
「俺が死んでから33年後ってことか……」
「なぁ、白亜は今何歳だ?」
「それは精神年齢か? 実年齢か?」
「どっちも」
「精神年齢は……丁度60か? 実年齢は19だ」
「19!? もっと上かと……っていうか背低いよな」
バキン、と白亜の手の中のペンが見事に二本とも折れ曲がる。パラパラと破片が床に落ちては消えていく。
「ごめん」
「いや、もう諦めてるからいいよ……。俺だって気にしてるんだけどな」
「成長期であまり伸びなかったとか」
「寧ろ高い方ではあるんだけどな……」
「そうか?」
「?」
微妙に話が噛み合わない。白亜はその理由に直ぐに気付く。
「ああ、俺一応女だぞ?」
「はぇ?」
「女」
「ま、まな板じゃん!」
「サラシに決まってるだろうが。本気でなかったらはっ倒されててもおかしくないぞ」
白亜は隠している人だからいいが、本気でない人だったら今頃顔が陥没しているだろう。
「そんなどうでもいい話より質問続けるぞ」
「これってなんの意味があるわけ?」
「個人情報知ってた方が良いこともあるんだよ。背丈や重さで計算も変わってくる」
海人はそれからしばらく質問攻めにあうのだった。
「そういえば、キルカからお前のことケーゴ・マツイマって聞いたんだけど」
「あ、それ偽名だ」
「どうして偽名なんかを?」
「なんとなく……。ほら、あるじゃん。名前知られるとマズイっていうラノベの設定」
「へぇ……」
この世界にはないって後でわかった時にはケーゴから変えれそうになかったし……と呟く海人。
「………あるけどな。名前で相手を呪う魔法」
「え」
「もう廃れて使えるやつなんて俺以外にはいない。安心しろ」
「全然安心できない!」
古代魔法の一つに、実はそんなものがあったのだ。だが、それはシュナの記憶で存在しているだけであって、記録にすら残っていない。
もし今白亜がそれを発表したら新しい魔法として広まるだろう。そんなことは勿論しないが。
「気になってたんだけど、こっちの世界に来たときって言葉は通じた?」
「普通に通じる……っていうかこれ日本語じゃないのか?」
「………。文字は?」
「普通に読めるけど……」
ここで発揮されるご都合主義。
「俺もあいつらもこの世界の文字も言葉もわからなかった。召喚された者と紛れ込んだ者では差があるのか、それとも……」
ぶつぶつと独り言を言い出す白亜。こうなると止まらない。
「おーい、白亜?」
「いや、それはおかしいか……。もしあいつが俺で遊んでいるとしても賢人達にまでそれをつけるとは考えにくい……。それに、前の……」
「……聞こえてねぇな」
海人はため息をつきながら、考え込む白亜の前で途方にくれていた。




