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「手伝うぜ。あんたの里帰り」

 白亜の短剣が光の筋を残しながら一閃。だがその剣にはいつものキレがない。


「本当に、強いな……お前」

「一々影に入られると音が聞こえないから反応し辛い」

「わざとそうしているに決まっているだろ」


 白亜が剣を振るった瞬間に霞のように男の体が掻き消える。その直後には白亜の真後ろに居て、小刀を振り下ろしている。


 白亜はそれを剣で防ぎつつ胴に蹴りをいれるも、再びそれも消え去ってしまう。


 耳が聞こえないので目で判断するしかなく、その分ロスタイムが発生する。それをカバーするために剣筋が鈍ってしまうのだ。


「ところでさ、なんで魔法使わないんだ? 聞いたところによると魔法戦士だろ?」

「こんな街中で使えるか。俺の魔法はよくも悪くも殲滅系統が多い。対人戦じゃ過剰すぎるし周りを巻き込む危険もある」


 打ち合いを続けていると、白亜の短剣が悲鳴を上げ始めた。


「急激に錆びてきてる………」


 白亜は見なくても感覚でわかっていた。打ち合う度に金属が徐々に錆び付いて刃こぼれまで起こし始めていることを。


 早々にケリを付けないと危険な相手ということを白亜が再度認識した瞬間、目の前が真っ暗になった。


「!?」


 思わず動きが止まり、一時戦線を離脱する。目を擦ってみたり魔力を流してみたりするのだが、目が開いているにも関わらず何も見ることができない。


『マスター! 視覚遮断です!』

「くっ………!」


 シアンにそう言われて納得した白亜は咄嗟に顔の真横に短剣を持っていく。すると、鈍い衝撃が走った。攻撃されている。


 耳も目も使えない状況で戦えるのか。そんな考えが頭をよぎる。己の勘のみで戦って果たしてキルカを守れるのだろうか、と。


 金属の臭いが、フッと鼻を掠める。白亜はそれに従い、身を屈める。前髪が数本切られた感覚があった。


 ほとんどぶっつけ本番の戦いかたで勘に逸って動く。臭いや頬を撫でる風、シックスセンスをフルに使い、攻撃を受けないことだけを考える。


 すると、


「―――んで当たんねぇんだよ」

「聞こえた!」


 突然、耳が回復したのだ。目を瞑って戦う特訓なら普段からしている。白亜は風の声に注意深く耳を傾けてある方向に腰につけていた物を投げる。


「ギャアアァァア!?」

「っと、やっと音が戻ってきた」


 耳をトントン、と触りながら呼吸が聞こえる方に目を向ける。


「キルカ。巻き込まれないように離れてろ」

「だ、大丈夫なのか? さっきまで劣勢だった……」

「もう耳が戻ったから大丈夫。音さえ戻れば後はこっちのものだ。流石に耳と目が潰されてたときはヤバかったけどな。あの状態が何時間か続いてたら負けてたかも」

「それでも何時間かは持つんだな」

「伊達に冒険者やってないからな。キキョウ!」

「お任せを」


 白亜が先程投げたのは使い捨ての魔法具で、スタンガンのように相手に当てると感電して動けなくなるという代物だ。


 それでも白亜は気合いで乗りきれたりするのだが、少しは麻痺が確実に残る。キキョウにこれまで戦わせなかったのはこれをぶつけた後に拘束するためと、キルカを守らせるためである。


 氷でガチガチに拘束された男に近付き、死んでいないか確認する白亜。とはいっても心臓の音を聞くだけなのだが。


「ん。大丈夫だな。感電して気絶してるだけだ」


 感電して凍らされて瀕死ともいえなくもないが、白亜の判断基準は死んでるか生きてるかである。


 どこが大丈夫なのか、ということも大丈夫で処理してしまうのだ。


「目が治り次第話聞かないと………」


 目を開けてみるも、開けた感覚さえあれど真っ暗なのは変わらない。光すら入ってこないので目を瞑っているのと何ら変わりはない。


 白亜は目を瞑って少しはなれた場所に座る。何かあったときに対処できるように、だ。


「ハクア。その………勝手に外でて」

「……別に怒ってない。俺もよくやるしな」

「その点については勘弁してほしいです」


 キキョウの突っ込みを軽くスルーして目を閉じたままキルカに話しかける。


「こいつ、ウィーバルの?」

「ああ」

「だろうな。反応がそれっぽかったし」


 白亜が小さくため息をついた。


「はぁ……。で、どうする?」

「どうって」

「このままやられっぱなしでいいのか? 俺だったら城一つは吹き飛ばしに行くが」

「いや、自分で決めたからいい」

「………そうか。ぉ、なおった」


 目をゆっくり開けてパチパチと瞬きをする。


「さてと、早速聞き込み開始するか」


 何があるか判らないのでキルカとキキョウを先に帰す。キキョウは最後まで渋っていたが、白亜の「キルカに何かあったら困るだろ?」に負けて帰っていった。


 軽く左手で男の頬を叩く。


「いってぇぇええええ!?!?!??!」


 ………訂正。骨がおれる直前くらいまでの力でビンタした。


「何すんだテメェ!」

「こちらの台詞でもあるけどな。それで、いろいろと話してもらうよ、日本から来たお客さん」


 ニコッと憎たらしいほどに格好良い笑みを浮かべる白亜。


「な、にを」

「隠さなくても結構。キルカから聞いている」

「チッ……。俺をどうする気だ?」

「話してから決める。場合によっては拘束じゃ終わらないから注意してくれ」


 くぁ、と欠伸をしつつ耳に意識を傾ける。これで心の声が聞こえるのだから、便利なものである。


「日本からこっちにはどうやって来た?」

「…………」

「なるほど。投身自殺か」

「なっ!」

「たとえ黙ってても心の声が聞こえるから油断しないようにな」


 海に投身自殺して、気付いたらこの世界にいたらしい。そんなことってあるのだろうか。


「何故ウィーバルに加担している?」

「………」

「心の声を聞かなくても大体わかるが………ようは帰りたくないのか?」


 自殺しているのだから、当たり前である。


「それと……あんた、将来医者になりたかったとか無いか?」

「は?」

「いや、攻撃されてるときに気付いたんだ。狙ってくる場所が一発で死ぬような急所か足の腱だったり喉だったり、少し位は医学知識あるのかな、って」

「それ聞いてどうする」

「どうもしない」


 ただ単に気になったから訊いただけである。やはり天然記念物である。


「………外科医志望だ」

「へぇ。なんで自殺しようとしたんだ?」

「お前には関係無いだろ」

「ないな。じゃあこの質問はやめる」


 あっさりとそういう白亜に逆に相手が驚いている。


「何をそんなに驚くことがある」

「いや、だって訊いてきたのにすぐに質問やめるとか」

「俺だって話したくないこと訊くような外道じゃない」


 白亜はキセルをくわえて白い煙を吐き出す。白亜は間が持たなくなると直ぐに吸い始める癖がある。


 それは、自分の考えを纏めるためと相手に話を促すためである。


「この世界じゃ医者は必要ないからな。回復魔法とか回復薬ではい終わり、だし」

「ああ…………え?」

「ん?」

「いま、この世界って言ったか」

「言ったな」

「逆に言えばあっちの世界を知ってるのか……?」


 白亜はしばらく無言のままキセルを手で弄ぶ。


「………そうだな。知ってる」

「日本人と会ったことがあるのか」

「ある。俺も元々は日本人だし」

「は?」

「転移があれば転生だって有り得るさ」

「そ、そんなもんなのか!?」

「知らん。が、そんなもんなんじゃないか?」


 相変わらず適当である。


「あんたは日本に帰りたいのか?」

「なんでそんなこと聞く?」

「言ったろ。俺には心の声が聞こえる。あんたの場合、かなりゴチャゴチャだ。建前と本音、内と外で考えてることが全然違う」


 煙を吹きながらチラリと男の胸の辺りを見る。


「あんたは今、何がしたいんだ。何をしている? 何を焦っている?」


 自分の胸に訊いてみろよ。と突き放すように言う。


「俺は声が聞こえるだけだ。あんたの胸の内まで見透かすことはできない。何をしたいかくらい自分で考えてみろ」


 そう言ったきり、喋らなくなった。今ここで言えと言っているのである。


「俺が、何をしたいか」


 そう呟いて男が考え込むように目を伏せる。


 そのまま、長い時間が流れた。


 白亜が煙を吐き出すだけの静かな時間が延々と続いていく。


「………わかった」

「………聞かせてもらおうか」

「俺は日本に帰りたい。帰って、迷惑かけた人に謝りたい」

「それが、お前の答えか」

「ああ。嘘なんてねぇ。俺自身の願いだ」


 白亜はじっと男を見つめる。透き通るような鋭い視線を浴びて、男が一瞬硬直する。


「嘘ではないようだな」

「当たり前だ」


 白亜は小さく笑ってパチン、と指をならす。すると、今まで男を拘束していた氷が弾けとんだ。


「いいのか?」

「妙な真似したら俺が捕まえるだけだ。次はあの世に行ってるかも知れないが」

「あ、あの世……」


 白亜は長い髪を揺らしながら立ち上り、男に手を差し出す。それを掴むと白亜がぐいっと引っ張り、華奢な体からは想像もつかない膂力で立ち上がらせられる。


「手伝うぜ。あんたの里帰り」

「それは嬉しいが……日本に帰る方法はないと」

「あるぞ?」

「は?」


 寧ろバンバン行ってる人である。


「日本とこっちを行き来する方法なら知ってる。俺以外には原理がわかっても使えない方法だけどな」

「お前、何者……?」

「前々世ではシュリア・ファルセット、今世ではハクア・テル・リドアル・ノヴァ。前世では……揮卿台 白亜。そんだけ」

「揮卿台 白亜って………嘘だろ?」

「さぁ、どうかな」


 腰から一本アンノウンを取り出し、気力を流す。すると、先端から恐ろしいほど美しいクリスタルの刃が顔を出す。


「そ、それ……まさか」

「俺をどう思おうがあんたの勝手だ。これが真実だけどな」


 ニヤリと笑って小さく、こい、と言う。


「何がなんだかわかんねぇんだけど……」


 そう言いながら男は白亜の背中を追っていった。

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