「それ、水路なんです」
「遅れてすみません………何かあったんですか?」
「なーんにも」
「?」
今のやり取りを全く聞いていなかった白亜が首をかしげる。その動作にキルカが違和感を覚えた。
「ハクアって耳が良いんじゃないのか? 数キロ先まで聞こえるとか言ってなかった?」
「ええ。ですが、個人の会話まで盗み聞きするつもりはありませんし。普段はシャットアウトしているんです」
「便利だな」
「便利ではありますが、聞きたくないものも沢山ありますので」
寂しげに笑いながら白亜がそういう。
「ミーシャ。この前頼んだことは?」
「もう出来てるよー。試運転もかんりょー済み」
「早いな。ありがとう」
「えへへ」
胸を張ってそう言うミーシャの頭を指先で撫でながら白亜が歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「浄水器の様子を見に。この街、やけに道のあちこちに窪みがあるのを気付いていらっしゃいますか?」
「ああ、これだな」
キルカが道の端にある窪みを指差す。
「それ、水路なんです」
「なんで水を?」
「この街は空間で区切ってあるので虫がわく心配もありませんし、火事が起きたとき水を使えますから。それに、私の契約精霊は水を介して情報収集が出来るので、それですね」
キキョウのウンディーネとしての力である。水さえあれば反対側に干渉できるのだ。
「わざわざ街中に流す必要はあるのか?」
「ありますよ。今はお話することは出来ませんが」
「何故だ?」
「まだ試作段階ですし、知られては困ることなので」
何をする気なのだろうか。白亜の事だからとんでもないことには間違いがないのだろうが。
「これか」
「そう」
白亜が立ち止まって四角い箱を弄り始める。これが浄水器らしい。
「ああ、ここでろ過するのか。だとするとこっちで……」
白亜の集中すると独り言が止まらない癖が出ている。人前では普段は無言なのだが、キルカを信頼しているのかどうかなのかはわからないが割りとオープンである。
「えっと、ハクア?」
「無駄だよ。こうなると止まらないから」
「へ、へぇ……」
白亜の独り言は三十分続いた。
それから、また数日後。
「ぅ………」
「師匠。また徹夜してたんですか」
「もう少し………」
「駄目です。早く寝てください」
「ぁ………とらないで……」
白亜から資料を取り上げたジュードは、それを机の中に丁寧にしまう。
『そうだぞ。今やっても効率が悪くなるだけだ』
『アンノウンの言う通りです。とりあえず休んでください』
「シアンさんもアンノウンさんもこう言ってるじゃないですか」
まるで保護者である。
「だが……」
「だがもだってもありません。はい、寝ますよー」
「ぁ」
ジュードに担ぎ上げられる白亜。
「ハクア様……また寝ないでお仕事されていたんですか?」
「キキョウまで言うか………」
「いくらでも言います」
「ちゃんとそこで寝たし……」
白亜が反論しようとする。すると、
『あれは睡眠とは言いません。仮眠です。そもそも一時間も寝てないじゃないですか』
『寝ないと背が伸びないぞ?』
「いや、もうそこは絶望的だから良いよ……」
もう白亜も立派な大人である。成長期はとっくの昔に過ぎた。
「白亜。また捕まったのか? よく飽きないな」
「飽きるとかそんな話ではないんだけど………俺だって」
「はいはい。わかりました。毎日7時間は寝て言ってくださいね」
「7時間も………!?」
妙なところで驚いているが、最近白亜の一日の平均睡眠時間、トータルで3時間である。なんども仮眠をとっているのに3時間しか寝ていないのだ。
よく起きていられるものである。
「はい、ベッドですよー」
「俺まだ寝られないんだけど………」
「子供みたいなこと言わないでください」
ジュードに一喝された白亜が仕方なくベッドに潜り込むとベルトのようなものでガッチリと固定される。
「拘束具……なんでこんなのあるんだよ」
「師匠狸寝入り上手ですから。時間が来れば勝手に外れますし、緊急時には場合によって外れたりしますので」
意外とハイテクなベルトだったらしい。
使う目的が、徹夜の白亜をベッドに寝かせる、というなんとも言えない物なのだが。
「はい、おやすみなさい」
しかも早々にジュードが退散してしまった。真っ暗な部屋に一人っきりである。脳内会話は可能だが。別に妄想ではない。
「…………」
『もう観念してお休みください』
『適度な休息も大切な事だぞ』
「わかってるよ」
ため息を小さくついて、
「おやすみ」
観念して寝た。数秒で寝られるのだから羨ましいものである。
「ハクア。今日は寝たのか?」
「寝かせられた」
「ジュード君にか? 彼の判断は正しいと思うけどな」
拘束が外れて起きた白亜はキルカと廊下で遭遇した。
「ここまでやるか、普通……」
「お前はそこまでしないと眠らないからな」
「それさっき同じこと言われたよ……」
ここ数日で白亜はキルカに対する敬語を止めた。キルカが気安く接しろと言ってきたのもあったが、理由の大半は面倒くさかったからだ。
流石白亜である。ブレない。
「?」
突然立ち止まってキョロキョロと周りを見回す白亜。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない……」
訝しげに眉間にシワをすこしよせてそう言う白亜。
「気のせいか………?」
「おいおい、恐いこと言うなよ」
「大丈夫だよ。多分な」
「すごい安心できないんだけど……」
白亜は小さく欠伸をしながら考えを断ち切るように頭を振って歩き出す。
「俺の思い過ごしかもしれん。虫の声がはっきり聞こえただけかも知れないし」
植物や風の声は基本的に聞き取るのが難しい。その他の動物の声も意識しないで聞くのは難しいところがある。
だが、虫だけはもとの言語をよく知っているのでたまに耳が拾ってしまうのだ。
「最近なんかどこに蜘蛛の巣を張るかで喧嘩してる声が響いてたし……」
白亜としては酷くどうでも良い話である。勝手に作れよ、と。
「お、おつかれ……?」
キルカはなんと声をかければ良いのか地味に返答に困っていた。
「おう、ハクア!」
「キアスさん。どうされたんですか?」
「新作ができたんだよ。お前に味見してもらおうかと思ってな」
「私は料理人じゃないんですけど」
「俺達より舌が良いのは俺が一番知ってるからな」
「なんですかその理屈」
料理長のキアスである。未だに白亜に対抗心を燃やしている人だ。料理の腕はキアスの方が断然上手いものの、白亜はありえない程繊細な菓子を作るので結果白亜に負けていると思っている。
もっとも、白亜は自分の腕を過小評価しているので全てキアスに劣っていると思っている。
キアスが何故自分と料理対決をやりたがっているのかあまり理解できていないのだ。すこしキアスが不憫である。
「ってことでキルカ様。ハクアを借りますよ」
「ああ、別に私が連れ回していたわけではないからな」
キルカは白亜がキアスに引き摺られて行くのを見ながら外に出ていった。
「キルカ様、お出掛けですか?」
「いや、少しインクがなくなったので買いに行くだけだ。護衛は良い」
「ですが」
「私も戦えないわけではない。行かせてくれないか?」
「はい」
偶々居た騎士としばらく話をしてから外に出ていった。
キルカはその後、暫く帰ってこなかった。




