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「ハクアを泣かせたら……殺すよ?」

「すっげ………」

「貴方もここで働くんですよ?」

「ここで!?」

「ええ。まぁ、ここ全体が私の所有物なので。その中でもこの建物は一番の要所で、避難場所だったり人を集める時に使う集会所も兼ねようかなと」

「へぇ……」


 一際大きく立派な洋風の建物に入っていく白亜。


「どこに行くんだ?」

「見てもらえばわかるかと」


 そのまま地下に入っていき、部屋をいくつか通り過ぎ、突然立ち止まる。


「どうした?」

「ここが入り口なので」


 キセルでコンコン、とある一定のリズムを叩くと、それまで目の前にあった壁が一瞬で音もなく消え失せた。


「??!?!?!?」

「ここから先を知っている者は身内だけです。国王様にも言っていません」

「それ、いいのか………?」

「どうでしょうか」


 ニヤリ、と笑って中に入っていく。キルカは小走りで後を追う。すると、背後にいつのまにか壁ができていた。


「ここは……」

「キルカ様。失礼いたします」

「なに………わっ!」


 フラッシュがたかれて目を反射的に瞑ってしまうキルカ。白亜はその様子を気にも止めず、全方位からカメラ撮影をしていく。


「何を」

「ここに入るためにはある検査を通過してもらうんです。私が居るときには免除されますが。ここに登録した人しか通さない仕組みにしてあるんです」

「魔力認識か?」

「少し違いますが、似たようなものだと思っていただければ結構です。血を一滴頂けますか?」


 キルカが針で指を刺して一滴血を白亜の持っている小皿に垂らす。すると、小皿に染み込むようにして消えてしまった。


「おい。無くなったが」

「大丈夫です。これでキルカ様はここに入っても侵入者扱いはありません」


 白亜は小皿をどこかにしまって奥に進み、壁の一部に触れて部屋全体に魔力を流す。


「ここがどこだったか、言っていませんでしたね」


 魔力に天井のライトが反応し、点灯する。


「ここは私個人の研究室。この場所ひとつで国の一つや二つ余裕で買えるほどの価値のある資料があります」


 明かりに照らし出されたのは、様々な試験管やフラスコが沢山ある机の上に所狭しと並べられ、壁には一面本が埋め尽くしている、少し乱雑でそれでいて纏まっているようなまさしく研究施設のような雰囲気が漂う部屋だった。


 しかも、小学校の体育館を優に越える大きさの広さと天井の高さだった。


「ここまで空間を広げられたのは空間魔法を何重にも重ねてやっとできたんです。それでも少し足りませんけど」


 机の上にある夥しい量の試験管を見ればそれは容易に分かることだ。


 これほどまでに広いのに、試験管は机のギリギリにまで迫っている。


「ここには私がこれまで調べてきた物がほぼ全部あります。まぁ、ここにあるものはまだ大丈夫な方ですが……」


 ゆっくりと奥へと歩いていく白亜。机の上はごちゃごちゃではあるが、机自体はきれいに並べられているので歩くのも結構スムーズである。


「ここから先はジュード達でさえ勝手に入ったら侵入者扱いになります。キルカ様もですので、お気をつけください」

「なんかやばそうだな……」

「ええ。ここから先は下手に扱われると戦争沙汰になりますので」

「……は?」


 キルカの声を聞こえなかった振りをしながら扉横のパネルを弄る。ガコン、と音がして重厚な金属の扉が徐々に開いていく。


「どうぞ」


 虫一匹入らせない程の完全防備である。相当ヤバイ場所なのだろう。


「これが、私が本当に今やっていることです。さっきの部屋は表向きのもの。こっちは……」


 パチン、と指をならすと明かりがつき、部屋の隅々にまで点在するモニターがチカチカと光を放つ。


「兵器や武器、攻撃魔法なんかを作っている場所です。一つでも外に持ち出されたらこれを巡って戦争が起きかねない代物です」

「なんでそんなもん作ってるんだ……?」

「私が作っているこの街は『はぐれもの』を受け入れる場所にしたいんです。例えば小人族やリンのようなニンフなど」


 近くにあったクロスボウをなぞったり構えたりしながら感覚を確かめる。


「そんな者達は狙われることが非常に多い。それを守るためには、戦力が必要です」

「お前一人で十分だろう」

「かもしれませんね。ですが、私も人間の体をしているのでいつか疲れますし、多方向から一度に攻められては最初は対応できても持ちこたえるので精一杯でしょうし」


 近くの設計図や武器を一つずつ確認して徐々に奥へと歩いていく。


「それに……私は不死身ではありません。人間という種族柄、非常に短命です。殺されなくとも勝手に死にます」

「そうかもしれないが」

「ですから、できることはやっておきたいんです。私が生きているときだけ攻められなくて、死んだ直後に襲われては私がここを作った意味がない」


 そうして歩いていくと、一本の一抱えもありそうな水槽が置いてあった。その中にはケーブルのついている小さな金属の箱が浮いている。


「これ、数年前に私に埋め込まれたコントローラなんです」

「埋め込まれたって………」

「リンクする前に自分で抵抗して取り除いたので問題はなかったのですが、正直危険なところでした」


 髪をかきあげて首筋を見せる白亜。何かが突き刺さっていたような痕が見える。


「意識がないまま操られていたでしょうね」

「………」

「これ、私でもわからない技術が使われているようでして、色々と試行錯誤しているのですが分解さえ出来ず」

「相当ヤバイのか」

「ええ。恐ろしい技術力です」


 水槽にペタリ、と手を触れてそう言う白亜の表情はいつものように何を考えているのか読めない顔だった。









「ハクア! 来てるならちゃんと教えてよ!」

「っと、ミーシャか。ごめんな」

「これからちゃんとしてよね! で、この人は?」

「キルカ様だ。ミーシャの同僚になるのかな」

「へぇ。よろしく、キルカ! 私ミーシャ! コロポックル族の族長の娘だよ」


 キルカが初めて見る小人族に目を丸くしている。


「キルカ様。小人族のミーシャです。貴方と立場は同じになりますので」

「あ、ああ……。小人族は初めてみた」

「私たちは普通人前に出ないしねー。ハクアと会ったのもまたまただったし」

「偶々、な? 言葉間違ってるぞ」

「そっか」


 元々違う言語なので、この速度で覚えられるミーシャも流石なのだが。


「えっと、よろしく、ミーシャ」

「よろしくー」


 ミーシャとキルカが挨拶を終えると、白亜が近くにいたコロポックル族達に呼ばれたので席を外す。


 すると、突然ミーシャがキルカににやにやしながら近寄って、


「ハクアとはどんな関係なの?」


 と突然そう話しかけた。水を飲んでいたキルカは口からそれを霧吹き状に噴き出しながら咳き込む。


「ゴホッ、げほっ……それ、何を聞きたいんだ?」

「ハクアはあれで女の子でしょ? やるところはやってるのかなぁ、って」

「そんな関係ではない! 少なくとも、俺とあいつはただの契約関係で」

「えー。つまんないの」


 ウブな反応を楽しみながらキルカの肩に飛び乗るミーシャ。


「でも、もし気になってるなら早めに手を出さないと、ファンクラブの子達に殺されちゃうよ?」

「な、なんだその物騒すぎるファンクラブは!」

「ハクアの住んでるところでは有名だよー。今でも会員増えてて、国外にも居るとかなんとか」

「…………」


 どんな活動をしているのか少し知りたい気もする。


「あ、そうそう」


 ミーシャはそのままそっとキルカに近寄って耳打ちする。


「ハクアを泣かせたら……殺すよ?」


 底冷えする声で、そう言った。ふざけは一切ない、純粋な殺意に背筋に冷水を入れられたかのように冷えて伸びる。


「ま、ハクアが泣いてるところなんて超絶レア過ぎて伝説になってるくらいだから安心して良いと思うよ」


 明るくそう言うが、キルカが思っていたことは変わらなかった。


『俺、ハクアと関わったのが間違いだったのかもしれない………』


 と。不憫である。

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