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「嘘を言ってない………?」

「疑うって……」

「勿論、料理を作った方です」

「それが私だって思わないの?」

「ええ」

「根拠は? 私だって仲間を疑いたくないし……」

「根拠は、声です」


 一呼吸置いてからそう言う白亜。額に滲む汗を拭きながらじっと寝ている子供達の方を見る。


「先程言ったように、私は耳が良い。ちょっとした息づかいや心臓の音、それと……意識すれば心の声だって聞き取れる」

「えっ」

「普段は聞かないようにしているのでご安心を。聞こえすぎるのもあまりよくないですから」


 一番辛そうな子供に回復魔法をかけながら目を伏せる。


「聞きたくないことだって、沢山ありますから……」


 まるで、自分に言い聞かせるようにそう言った。


「聞きたくないこと……?」

「聞かない方がいいと思います。割りとショッキングですので」


 白亜がショッキングと感じるなら相当ヤバイ事である。


「さてと、この子達は回復魔法をかけたので今日中に目を覚ますかと。かけていない方々も明日の朝には起きますよ」

「本当ですか!」

「ええ。流石に全員に魔法をかけると自分の業務に支障が出てしまうので、私ができるのはここまでです」


 立ち上がって首をコキコキとならす。


「この子達が起きたら胃に優しいものを食べさせてあげてください。解毒したので多分大丈夫ですが、じゃがいもとか、少しでも毒が入っていそうな食べ物は避けてくださいね」


 じゃがいもは芽さえ取れば大丈夫なのだが、念のため。


「それと……さっきからなんなんです?」

「え?」

「あ。貴女ではないです。屋根裏にいる方ですよ」

「屋根裏?」


 白亜はある一点を見つめ、声を張り上げる。


「私が入ってくる前から居ますよね?」

「何の話?」

「居るんですって。そこに一人、女性が」

「女性………?」


 白亜は左目を光らせて透視を使う。


「すみません。丸見えです」


 パチンと指をならす。すると屋根裏から小さな悲鳴が聞こえて、女性が天井をぶち抜いて落ちてきた。


「きゃっ!?」

「何すんのよ!」

「あまりにも無視されたので手荒な真似をさせていただきました。申し訳ありません」


 無音で綺麗なお辞儀をしつつ、前の落ちてきた女性をまじまじと観察する。


「な、なによ。失礼ね」

「ああ、すみません。格好が珍しかったもので」

「知ってるの?」

「知ってる……と言われれば知っているのでしょうか」

「じゃあ私のことなんて呼ぶ?」

「忍者……またはくの一かな、と」


 そう。落ちてきた女性の格好はまんま忍者だったのだ。


 腰には短刀と白亜もよく使う先端に引っ掻ける金具のついたロープがあり、持ち物がほとんどない。


 まさにスパイ活動中の忍者にしか見えなかった。


「何でその名を………」

「さて。昔読んだ文献に紛れていたのかもしれませんね。それで、どうしてあんなところに居たんですか?」

「そ、それは……」

「ああ、言わなくても結構ですよ? 考えてることくらい、私にはハッキリと聞こえますから」


 白亜は真顔で捲し立てる。目付きも怖いので相当殺伐とした表情になっている。


「ちょ、ちょっと」

「どうされましたか?」

「止めて上げて?」

「何故です?」

「だって……可哀想じゃない」


 それで良いのか、と固まる白亜。


「可哀想って……子供達が殺されるところだったんですよ? それに、恐らく私があの場に居なければこの子達、誰一人と助からなかったと思います。助かったとしても後遺症は確実に残っていたでしょう」

「なんで……」

「あの場にこの虫のことを知っているものは殆ど居ないでしょう。居たとしても解毒剤の調合なんて早々できる人はいない。それを頼むなら国の研究施設に飛び込むしかないでしょう」


 言葉がでない女性を見たまま、静かに声を張り上げることもせず言い聞かせるように話す。


「正直、回復魔法と解毒魔法、それと解毒剤。後、人の体の中に居る虫を取り出す方法を知っていなければ待つのは死です。この虫は、それほど恐ろしい寄生虫なんです」

「体のなかで、潰すとか……」

「体内に毒を持っている虫潰したら逆効果ですよ。この虫の別名は『死神の鎌』そう呼ばれるほど一度寄生されたら出すのはほぼ不可能なものなんです」


 白亜だからこそ、なんとか対処できたのだ。


 もしもあの時白亜以外の回復術師がここに来たとしても治すことは不可能だろう。


 白亜もシュナの記憶がなければ助けることは出来なかっただろう。


「それほどの物を仕込んだ犯人………どれだけ危険か、想像はつきませんか?」

「よくわかんない……」

「簡単に言いますと、最高レベルの治癒術師が掛かりきりになっても誰も助けることのできない死ぬ確率が高い病気をいつでもばらまけるんですよ。しかも、昔の技術すぎて治療に当たることすらできない」


 そこまで言って改めて忍者に目を向ける。


「何者なんですか。それと、何故こんなことをしたんですか」

「私は、虫なんていれてない!」

「…………」


 白亜が無言になった。何故ならば。


「私はここを見ていろって言われたから見ていただけで、なにもしてないししようともしてない!」


 叫ぶように言う忍者は、


「嘘を言ってない………?」


 真実しか、話していないのだ。









「結局なにもわからなかったな……」


 ベッドに倒れこみながらそうぼやく白亜。


「あんなところに居たら普通疑うだろ」

『それが狙いの可能性もありますけど』

「いや、それは薄い線だと思う。確かにそれもあり得るけど、そうしたいなら井戸のところに立たせれば良いだけだし」

『わざわざ天井裏に居る必要がない、ということか』


 シアンとアンノウンの声を頭の中に聞きながら小さく欠伸をする。


「念のため全部の井戸やらを見回ってきたけど、虫の形跡は見られなかったしな……」

『やはりあそこを狙った犯行でしょうか』

「さぁな……種として復活してあそこに住み着いたって可能性も全くもって無いって訳じゃないけど。普通に考えたら現実的じゃないし、そこまで水質に変わりがあってキキョウが気付かない筈がない」


 アンノウンを立て掛けながらポツリと呟く。


「明日、少し調べてみようかな」









「師匠。どこに行くんです?」

「エリウラの方へ。夜まであっちに居ると思うから」

「了解です。それとひとつ良いですか?」

「どうした?」

「昨日、勝手に一人でお出掛けになられましたよね」

「う………俺だって一人で外くらい」

「僕いつも護衛一人はつけろって言ってますよね?」


 目をそらす白亜の視界に無理矢理入り込むジュード。


「僕だっていつでも行けるんですから」

「お前ら過保護過ぎなんだって……」

「師匠がいつもなにかしらやって来るからですよ?」

「それは、まぁ………」


 本人自覚しているのだが。


「なんだ、どこか行くのか?」

「あ。キルカ様」


 白亜がジュードの説教を微妙に聞き流しているとキルカが通りかかった。


「そうだ。キルカ様にエリウラ一回くらい見てもらわないと」

「師匠。聞いてます?」

「聞いてるよ? 俺がドラゴン背負って帰ってきたときの話だろ?」

「あれ大惨事になりかけたから二度と止めて下さいよ?」

「懐中時計の調子が悪かったんだよ……」


 キルカの手を掴む白亜。


「なっ」

「それじゃあ行ってくる」

「あ、ちょ、まだお話の途ちゅ―――」


 面倒くさいので転移でとんだ。


「わっ!?」

「ジュードの説教長いんだよな……助かりました、キルカ様」

「いや、何の話だ」


 白亜はキセルをくわえて歩き出す。


「どこに行くんだ? というか、ここ、どこ」

「エリウラの森、その中心部です。これからキルカ様が働くところですよ」

「おお」


 職場である。キルカも気になっていたようで少し興奮しているようだ。


「ここです」

「? どこだ」

「じゃあ先に行きますよ」


 岩の上に手をおいた白亜が消えた。


「!?!?!?!?」


 もうなにがなんだか。といった様子のキルカも恐る恐る岩に触れる。


「はっ!」

「ちゃんと通れたようですね。ようこそ、エリウラの森の開拓地へ」


 白亜がにこやかにそう告げた。


「通れたってどういうことだよ」

「鋭いですね。ここに入るには私の結界を抜ける必要があるんです。その結界は外からの攻撃を弾く物ではなく、別空間に変えてしまうものです」

「どう言うことかさっぱりわからん」

「私が認めたものでなければここに辿り着くことも、攻撃をすることも不可能。先ず見付けられない」


 白亜お得意の幻覚魔法の応用である。それに結界やらその他もろもろの機能を追加していった結果、別空間を作り出すというとんでも性能の魔法が完成してしまった。


「どんな大魔法も私の許可なしに入り込む隙間はない。最強の砦と考えてくださって結構です」


 最強の砦。それはただ攻撃が通らないだけではない。中にいる人間も白亜だったりジュードだったりするのだから、あり得ないほどの過剰戦力である。


「今日私がここに来たのはこの街の案内だけではありません」

「?」

「ついてきてください。それと、絶対にはぐれないように。下手すると首が飛びます」

「くっ!?」


 意味不明の説明だが、ヤバイ感じはひしひしと伝わってくる。


「大丈夫なのか……?」


 一抹の不安を感じながら白亜の後ろについていくキルカだった。

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