「………自分で探して狩ってこいよ」
「あー………キルカさんが倒れる前に帰るわね」
「そうか。……確かになんだか狂喜を感じるからな……」
キルカが限界なので早々に帰ることにしたようだ。キルカのためにはそれがいいだろう。
「じゃあまた明日」
「また明日」
キルカがもう反応しなくなった。頭の回路が焼ききれたようである。白亜に意識を戻したシュナはキルカを担いで外に出る。
流石にこのまま歩いて帰るのはキルカが不憫すぎるので転移で直接飛んだ。
「キルカ様」
「―――はっ」
「落ち着かれましたか?」
「な、なんとか……」
キルカが元に戻るまで数分かかった。
「さてと、何かあったらご連絡ください。ここを押せば繋がりますので」
「本当に良くできた魔法具だな」
ジュード作成の通信機を一個渡して城の外に出る白亜。
『どこへ行く?』
『そろそろ資金が心許なくなってきたから小遣い稼ぎ』
『成る程』
久しぶりに本業である。
「……」
無言でキセルを手で弄びながら依頼ボードを見つめる白亜。
「そもそも依頼数が少ないな……」
『マスターがスラムを味方につけて治安がよくなっているからですよ』
『そういうもんかなぁ……』
高位依頼は殆どが護衛、低級のものでも採集ばかりである。
「やっぱそう簡単にはいかないか……」
「久し振りだな、象徴」
「ん? 鋼鉄か」
「相変わらず素っ気ないよな」
「悪いか?」
「別に?」
白亜に話しかけてきたのは7ランク冒険者の『鋼鉄』の二つ名を持つリュッカ。7ランクの者には珍しいソロの冒険者でいつもフルプレートアーマーを着ていることから鋼鉄と呼ばれている。
白亜に気軽に話し掛けてくる数少ない同業者だ。
「象徴が依頼探してるの久しぶりに見たと思う」
「指名依頼が多いからな」
「本当羨ましい。なんでそんな強いんだよ」
「死ぬ気で強いやつに打ち込めばなれるんじゃないか?」
「無理」
白亜の場合、ジャラルに精神体とはいえ何度も殺されるほど滅多打ちされたので。毎日三回は死んでいた。
「お仲間は?」
「今日は俺一人だ。というか仕事の合間の息抜きに良い討伐依頼ないかと思ったんだけど」
「…………ちなみに聞くけど、どんなん探してるわけ?」
「そうだな……上級のドラゴンくらいの歯応えは欲しい」
「………自分で探して狩ってこいよ」
尤もな意見である。
「依頼も出てないのに狩ってもドラゴンが可哀想なだけだし、依頼料もないからなぁ………」
「…………」
もう、無言である。
「何方か助けてください! 子供達が……!」
突然入り口からそんな声が聞こえてきた白亜とリュッカは顔を見合わせてそちらに目を向ける。
「お願いです! 回復魔法が使える方はいらっしゃいませんか!? 孤児院の子供達が……!」
その入ってきた女性に職員が話を聞きに行った。
「どうかされましたか?」
「お願いです、はやく、はやくしないと、あの子達が………!」
相当焦っていてこちらの声がほとんど聞こえていない。
「助けて、助けてください………お金なら、持っている分全て差し出します………だから」
「取り合えず順序だてて話してください。切羽詰まっているのはわかりますが、どんな状況なのかわからなければどうしようもできません」
職員が数人がかりで落ち着かせる。
「なぁ、象徴……。象徴?」
いつの間にか白亜がいない。目線を移すと職員に白亜が混じっていた。職員すら気づいていない。
「本当にどうやって歩いてるんだよ」
いつも通りの無音移動である。
「お願いです……孤児院の子供達が……突然苦しみだして……」
「………ここから約4キロメートル、南西の方角。子供8人、大人3人。合ってますか?」
「そ、そうです!」
「し、象徴さん!?」
職員がビビって下がる。白亜、試験官を何人も泣かせたので変な噂がたっている。不用意に話しかけると殴られるとか近付くだけで骨一本は折られる、とか。
勿論そんなことはしていないのだが。
「象徴。まさか受けるのか?」
「ああ。どうせ暇だし、回復魔法なら使える。が……」
「手伝おうか?」
「聞こえる限りそこまでヤバイ状況ではない。俺だけで多分大丈夫だ。何かあったら頼らせてもらうよ」
「そうか」
白亜は女性を抱える。所謂お姫様抱っこだ。
「きゃっ!」
「今から走ります。それなりの風圧がかかりますが、気を失わないようお気をつけください」
「へ? きゃぁぁ…………」
滅茶苦茶な速さで外に出ていった。
「本当に台風みたいな奴だな………」
気絶しなかったが、ギリギリな様子の女性を地面に下ろし、孤児院に入っていく。
「どうしてこの場所を……?」
「私、少し耳がよくて。意識すればこの街全体の音なら聞き取れます。呻き声や呼吸の速度なんかで予測しました」
「どういうこと……?」
普段は聞こえないようシャットアウトしている白亜の耳だが、一瞬でも意識を集中させればとんでもない精度を誇るレーダーになる。
「ぅ………く」
「はぁ……はぁ……はぁ」
大部屋に寝かされた計11名の子供や大人達。白亜はその中の一人の脈を確認し、胸に触れる。
触れるだけで心臓の音がハッキリと聞こえるので聴診器要らずである。
「子供達は大丈夫なんですか」
「大丈夫です。まだ早期なので助かりますよ」
白亜は懐中時計から注射器を何本も取り出して躊躇わずに全員に注射する。
「あ、危ない薬だったりしませんよね!?」
「それは保証します。ただの解毒剤ですから」
「解毒……?」
白亜はぶつぶつと唱えながら、目の前の少女の体の中心に触れ全身に何かを行き渡らせるように手を動かす。
白亜が触れたところが徐々に光り出しては消えていく。
「っ…………!」
額から汗を流しながらその作業を繰り返す。すると突然、カッと目を見開いて何かを引き抜く動作をする。
「出た………!」
小さな米粒くらいの黒い虫が白亜の手に乗っている。白亜はそれを即座に瓶の中に隔離していく。
全員それを終わらせて、白亜が荒く息を吐きながらゆっくりと座る。
「大丈夫ですか」
「もう大丈夫です。これが原因だったんですよ」
瓶をつまんで目の前に持ってくる白亜。
「見たことがない虫ですね」
「これはネトラスっていう寄生虫です」
「寄生虫!?」
「ええ。人間に寄生することの多い毒虫です。こんな小さいですが猛毒を持っていて、ある程度成長すると毒を放出し寄生している人間を殺して外に出て卵を生む」
瓶をきつく閉め直しながら説明を続ける。
「一日遅かったら危険な状態でした。今なら後遺症も残すことなく完全に回復するでしょう」
虫の入った瓶を並べて首を傾げる白亜。
「それにしてもおかしいですね。もう絶滅した筈の虫なんですが」
「絶滅したの!?」
「ええ。数千年ほど前に。文献に残っている程度の存在でしかない存在の筈なんですが」
「え? じゃあどうして治せたの?」
「文献ですよ」
本当はシュナの時代にこれを治療したことがあるからである。
「これで多分大丈夫です。解毒もかけましたし」
「良かったぁ……」
ここに白亜が居なかったらきっとこの子達は助からなかっただろう。何しろもういない筈の寄生虫の知識がここまである人は早々いないので。
「それにしても、どうしてこんなことに……?」
「私にもさっぱり。なんで私だけこうなってないのかも不明ですし」
「この子達と同じものを食べてましたか?」
「はい。全員同じものを」
白亜は暫く考えて、左目に魔力を流す。翠色の輝きを放ちながら遠くを見るように目を細める。
「水………」
「へ?」
「水はどんなものを飲んでいますか?」
「そこの井戸だけど……」
「見せていただいても?」
「ええ」
井戸の中を覗き込む白亜。左目だけでなく、右目も紅く煌々と輝いている。
「これだ……。ひとつお聞きします。なにか恨みを買うようなことでもありましたか?」
「う、恨み!?」
「これ、人為的なもののようです。ですが色々とあり得ない点があるんですが」
白亜は井戸から顔を上げて、
「先ず、絶滅した筈の寄生虫をどうやって手に入れたのか。そして、何故井戸にそれを放り込んだのか」
「皆が使うからじゃないの?」
「だったら食べ物に仕込んだ方がずっと成功率が高い。ネトラスは寒さに弱い虫なので、井戸というのはあまりよくない。水の中に卵があれば気付きやすいですし」
白亜は小さく欠伸をしながら井戸の中に何らかの魔法を放り込んでネトラスが消し炭になるまで燃やす。
「これでもう大丈夫だとは思います。それと、これは恐らく食べ物を調理する際に使われた水にネトラスの卵が入っていたんでしょう。少し、疑った方がいいかもしれません」




