「夢物語だな」
「さて、どうされますか?なんの手助けも要らないのならば私はここから去りましょう。もう二度と関わりのない他人です」
「俺に、ここ以外に行く場所があるとでも……?」
「そこは私の知るところではありません、が。住む場所なら当てがあります。働き口もご用意できるでしょう」
白亜は村雨を優しく撫でるように触れながらゆっくりと、キルカに考えさせるように話す。
「これを決めるのは私ではなく、キルカ様御本人です。ここを出るということは王族の権利や立場を全て棄ててこの国を敵に回すことですので」
国ひとつを敵に回すと言うのは相当大変なことである。白亜やルギリアのようにとんでもない実力があるのならまだしも、普通の戦闘力しかない者がそれをするなど完全に即死コースである。
「…………」
「早く決めていただかないと、騎士や兵士に気付かれてしまいます。私としてはなるべく戦いたくないので」
ジャラルに一年しごかれたせいで戦闘狂になりつつある白亜だが、相手をいたぶる趣味はないのでなるべく争い事は避けたいのである。
「どうされますか?」
「俺は………ここを出る。協力してくれるか?」
「はい」
それを聞いて焦りだしたのは国王とその隣にいる女性である。
「キルカ!育ててやった恩を忘れたか!」
そう叫ぶように言う。
「勿論、恩義は忘れていません。父上には借りしかありません」
「ならば―――」
「ですから、いまここで借りを全部返してお別れです」
「は?」
キルカが白亜に何かを言うと、その直後、一瞬消えるように移動した白亜が直ぐに戻ってきた。手には抱えられるほどの大きさの鞄を持っていた。
「これでしょうか」
「そうだ。貸してくれ」
白亜から鞄を受け取り、中身を見せるように開ける。
中は全て金や宝石で埋まっていた。
「…………!」
「私の全財産です。これがあれば私が育った分のお金は返せると思います。今まで、ありがとうございました」
キルカは立ち上がって真っ直ぐに大きな窓に歩いていく。白亜も静かにその一歩後ろをついていく。
「ま、待ちなさい!」
女性がチャクラのような物を白亜に向かって投げる。
「………遅い」
しかしそれを白亜は指先でつまんで止める。つまらなさそうにぽいっと後方に捨てると、大理石の壁に半分まで埋まる状態でストップした。
普通に投げただけではあそこまで行かないだろう。白亜が本気で投擲すれば貫通するのは目に見えているのだが。
「失礼しました」
物音ひとつ立てずに完璧なお辞儀をして窓の外に降りる。かなりの高さだが、白亜なら簡単に飛べる。
「では」
キルカもそう言って窓の外に跳び出す。白亜が空中でキルカを抱えて空気をきる音を残して消えるように去っていった。
「住む場所に当てがあると言っていたな」
「ええ。ありますよ。ついでにお仕事もついてきます」
「は?冒険者か?」
「キルカ様が冒険者やったら逆にウィーバルに消されやすくなりますよ」
キセルを口にくわえて白い煙を吐き出しながらそういう白亜。
「だが、それを言ったらリグラートにも迷惑が……」
「いいえ。リグラートではありません」
「では、他国に知り合いでもいるのか?」
「知り合いはいますが、キルカ様を頼めるようなところはどこにもありません」
「どういうことだ」
「まだ、どこにも認可されていない居住地があるんです。正式には発表していない、『はぐれ者』の住まう場所」
にやっと笑い、
「エリウラの森、その中心部に開拓された村があります。いえ、規模から言ったらもう町になってしまっていますが」
「そんな話、噂でも聞いたことがない」
「ええ。流してませんから」
「は?」
「開拓の代表は私です。お仕事も住む場所も提供できますよ」
これが狙いか、と白亜の頭の中でシアンとアンノウンが同時に溜め息をついた。
「俺はお前の部下になるのか?」
「実質的にはそうですね。嫌ですか?」
「嫌ではないが………」
「なら良いじゃないですか」
あっさりしすぎである。
「それから、私の作ろうと思っているところは差別がない場所。王族も平民も奴隷も種族も関係がない皆が共に笑える場所」
「夢物語だな」
「ええ。その夢物語を現実にするのが私の役目です」
胸を張ってそういう白亜。
「夢物語は現実にしてしまえば本当の物語になります。私はそれを伝えていきたい」
少し寂しそうに笑ってから懐中時計を徐に取り出してツマミを回していく。一度カチン、と蓋を閉めてからまた開けると文字が浮かび上がっていた。
「救世主?それはなんだ?」
「占いのようなものです。古代技術を使ってあるのでよく当たるんですが、今回は特に意味がわからないですね」
出た文字は救世主。漠然としすぎていてよくわからない。
「まぁ、どちらにせよ。私がやることは一つです。迫害されているものたちを受け入れる。それだけです」
「そんなことをしたら………!」
「ええ。確実にどこかの国の反発を買いますね。でもそれで良いんです。そのときに守るために私がいるのですから」
くるんと手の上でキセルを回しながら歩く。コツコツと小さく足音がなっていることにキルカがようやく気付いた。
「ハクア、今は靴音隠さないんだな?」
「え?」
無意識だったらしい。足元を見て、首をかしげる。
「靴音なってましたか?」
「ああ。小さいけど」
「おかしいな……?いつも通り歩いてるつもりなんだけど……」
小さく疑問を口にしながら再び歩き出す。もう足音はしていなかった。
「これはローズマリーっていうハーブでして、今エッセンシャルオイル……精油ですね。それを抽出しています」
「何でそんなことを?」
「これでマッサージすると香りも良いですし、アロマオイルとしても需要がありますので」
実は白亜のハーブ、店に卸しているのだ。人気商品だったりするのだが、作っている量が少ないので争奪戦が起こっているようである。
勿論白亜はそれを知らない。
今白亜はジュードの父、リグラート現国王に事情を説明し、暫くここで匿う許可をもらったのだ。
エリウラの方はまだ今すぐ住める状態ではないので。なので城の中を案内中である。
「先日来たときは判らなかったが、こうしてみると部屋数が多いな」
「ええ。来客が多いですし、昔は沢山の使用人がいたそうですから」
小さく欠伸をしながらそういう白亜。
「眠たいのか?」
「いえ。少し魔力が足りてないだけだと思います」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。魔力切れになっても死ぬ人は殆どいないではないですか」
小さく笑いながらそういう白亜。
「休んだ方がいいのではないか?」
「まだ休めませんよ。やることも山積みですから」
書類が本当に山積みなので。
「ですから、いまここで休むわけには」
「…………」
魔法使いにとって魔力切れは深刻な問題である。それによって生死が決まることも少なくない。
白亜は剣も使えるために、あまり重要視していないだけだが。
「城の案内はもう終わりましたし、後はここのメイド長の………あの、どうされました?」
白亜の額に手を当てるキルカ。
「………お前、熱があるぞ」
「熱、ですか」
「それも相当高い」
「……倒れてないのでセーフです」
「アウトだよ」
どんな基準だ、と突っ込みをいれて白亜を担ぐキルカ。
「き、キルカ様!?」
「ここだろ、お前の部屋」
「そうですが、なんで」
「入るぞ」
扉を蹴り開けて乱暴にベッドに白亜を放り投げるキルカ。
「寝てろ」
「ですが」
「寝て治した方が効率が上がる。それぐらい気づけ」
キルカの正論にぐっと言葉をつまらせる白亜。
「今日は寝ろ。これは俺がやる」
「え」
「書類仕事ぐらい王候補だったのだから楽勝だ」
「そ、そうですか……」
ただの書類仕事ではないのだが、それを止めようと思った白亜も急激な眠気に耐えきれず瞼がゆっくりと下がってくる。
「しっかり休め。これはやっておくから」
「すみません……お願いします」
直後、古代文で書かれた書類や日本語でメモされた物などが出てきて本気でキルカが困り果てたのは言うまでもないだろう。




