「もしお邪魔でなければお手伝いいたしましょうか?」
「今時の国王様はご自分のご子息様にまで手を出すのですか?」
「き、さま………!」
突然現れた白亜は心労で気絶してしまったキルカを左手で支えながら右手に構えた村雨で国王の持つ剣を止めている。
「何故ここにいる……!」
「いえ。実はキルカ様と護衛の期限の話をするのを忘れておりまして、まだ私は護衛依頼を受けている最中ですので」
「私たちの関係に口を挟むのか」
「いいえ。あくまで契約関係ですから。ですが、私の契約は『何かあったらキルカ様を守り通せ』というものですので。生死に関わることを止めさせていただくだけです」
刃と刃がぶつかり合ってカタカタと小さく音をたてている。
「このままではお話もままなりませんね」
軽く村雨を振り払うような動作をする白亜。殆ど力を入れていないように見えるのにそれだけであちらの剣が後方に弾かれる。
「まだ契約は解除されておりません。ですのでもしこの方を殺そうとお思いになるのでしたら契約が切れてからでお願いします」
「契約がきれたら、か」
「はい。友人が死ぬのを見るのも忍びないので」
カチン、と鞘に村雨を閉まってキルカを少し離れた場所に移動させる。
「っ!」
「申し訳ございません。音がなくとも、空気の流れで把握できますので」
キルカの方を向いてしゃがんだ白亜に再び国王が斬りかかるが、予期していた白亜にあっさりと止められる。
「その剣……相当な業物だな」
「ええ。弟子が入学祝にくれたものでして。それからずっと使ってます。ですがそちらも大層な代物ですね。確か………ウィーバル国の国宝、『切断』のトリージでしたか」
「よく知っているな」
「これでも文献は読み漁ったもので」
笑顔で打ち合う白亜。キルカの前から一歩も動かず、軽く打ち付けられそうになったものを振り払っているだけなのだが。
「何故通らん………!」
「私の目は戦うことに特化しておりまして、貴方の次の動きが予測できるんです」
「未来視か」
「いえ。未来視は次の動きが見えるもの。私の目は次の動きを予測するもの。似ているようで実は全く違います。私の方は行動をパターン化し、相手の次の一手の確率を求める」
ニコッと笑う。これは、本当に心から笑っているわけではない。寧ろ逆だ。白亜は怒っているのだ。
「ですから絶対はありません。しかし、その代わりに……」
フッと消えるように移動する。キルカも抱えているので国王はキルカを斬ることが出来ない。
白亜が先ほどまでいた場所が小さく爆発する。地面には薄く魔方陣が張られているのが見えた。
「………隠れても無駄ですよ。最初から聞こえていますので」
「…………」
白亜がキルカをしっかりと抱えたまま刀の切先を近くにある椅子の方に向ける。すると、そこから小柄な女性が出てきた。
「……最初から気付いていたのなら、何故声をかけなかったの?」
「乱入の可能性が低いと思っていたので。これは少し計算ミスをおかしてしまいましたね……」
『まだまだだな、俺も』
『そのために私がいるのですから』
『私もだ。というか何故そやつを使うっ!私も戦いたいのだが』
『あまり手札は見せたくない。お前は切り札だからな』
アンノウンと内心で会話しながら苦笑する白亜。その小さい笑みを嘲笑と受け取ったのか、女性が激昂する。
「女だからと馬鹿にしないで!」
「馬鹿にしていないのですが」
「鼻で嗤ったでしょう!」
「それはまた別の案件なのですが……」
そもそも白亜自身女である。
「大人しく殺されなさい!」
「遠慮させていただきます」
詠唱を終えた女性が両手を前につき出すと、まるで火炎放射器のようにそこから炎が噴出される。近くのものに燃え移りながら白亜とキルカに真っ直ぐ向かっていく。
「………あーあ、これじゃあ火事になって大事になっちゃうな」
ポツリとそう呟き、とんでもない速さで詠唱を終える。
「―――せよ。雨乞い」
そう言い終わった途端、急激に周囲が冷え、部屋の天井付近に擬似的な雨雲が発生する。その直後、どしゃ降りとも言える大粒の雨が打ち付けるように部屋に降り注ぐ。
「きゃっ!」
「何………?」
突然降りだした雨に驚く二人。ちなみに白亜は折り畳み傘を即行で広げて一人だけ緊急避難である。キルカは勿論抱えてはいるが。
「こんなもんかな」
消火が終わったと見て、パチンと指をならす。するとそれまでの雨はなんだったのか、と思えるほど一瞬で雲が散り、同時に雨も止む。
室内で大雨になったために地面に行き場のなくなった水が大量に残って絨毯が水を吸い込んでいる。
しかし、白亜がすでに畳んだ折り畳み傘を絨毯に先端をつけてぶつぶつとなにかを呟くと綺麗さっぱり乾いた。それどころか以前より綺麗になっている。
「さて、火事は少し困るので火を消させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。これでもまだまだ燃やしたりないのならどうぞお好きに。その都度完璧に消火して見せますので」
折り畳み傘をしまいながら笑みを浮かべる白亜。この顔をジュードやダイ達の前で見せた場合、たとえなにもしていなくても土下座で謝り出すだろう。
白亜は本気で怒っているのだ。
白亜の顔を見慣れているものなら一瞬で気づくであろう。それほどまでに怒りを溜め込んでいるのだ。
「貴様の目的はなんだ!」
「最初に申したように、キルカ様の護衛です。契約が続いている以上、私はこの方を救う義務があります」
毅然とした態度でそう言い放つ白亜。もうその顔は笑っていない。いつものように、ただただ真顔である。
「ぅ……」
「キルカ様。起きられましたか?」
「え……?なんでお前……。は………?」
「実は、キルカ様の護衛の期限の話をするのを忘れておりまして、まだ契約は有効ですので。勝手ながら助けさせていただきました」
白亜は村雨を鞘にしまい、キルカを床に下ろす。
「期限は城にいる間だと………」
「………ああ、契約書に期間が書かれておりませんでしたので忘れておりました。申し訳ございません」
音ひとつ立てずに優雅にお辞儀をする白亜。
「それと、依頼達成の証文をいただきたいのですが」
「あ、ああ……」
「こちらにサインを」
「これで良いか?」
「はい、確かに。これで契約は切れました。が」
村雨にほんの少し触れながら国王と女性の方を向く。
「もしお邪魔でなければお手伝いいたしましょうか?」
「……なにをだ」
「ここから出る、お手伝いです」
「どういう事だ」
キン、とほんの少し鞘から村雨を取り出して直ぐにしまう。
「実力行使、または、脱出。どちらもお手伝いできると思いますが、いかがでしょう」
「………どうしてそこまで」
「……どうしてでしょうか。私もよく判りませんが……キルカ様は私の尊敬する人によく似ているからでしょうか」
小さく笑って、
「真っ直ぐで、将来を疑わない。それを愚かと言うのか正直と言うのかは人の勝手ですが、私は自分にはないものを持っていると思うので……」
「愚か、か」
「ええ。騙されやすく、それでいて信念は貫いているので流されにくい。思考誘導にすら引っ掛からない。これ程敵に回したくないのはキルカ様と、あの人だけ……」
白亜の脳裏に浮かぶのは、前世で唯一白亜の事を最後まで気にかけてくれた人だ。
白亜は恋をしているわけではない。愛しているのだ。
好きではあるが、親愛である。そして、尊敬でもある。
「私にないものを彼女は、キルカ様は持っていらっしゃる。羨ましい限りです」
酷く昔の事を思い出すような口ぶりでそう言うのだった。




