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「あやつは平民。そうだったな?」

「それでは、また」

「うむ。達者でな」

「それと………あの私につけてくださった護衛ですが」

「ハクアか。そう言えばどこに行ったのか」

「リグラート国王でも存じないと」

「ハクアは私の部下ではないからな。好きにさせている」


 実はまだ屋根の上で見張っている。


「そう、ですか」

「なにかあったのか?」

「いえ。特には。しかし、あれほどまでの者が一体どこから……」

「ハクアがこの城に来たのは5つの頃でな。魔眼の子供がいるという噂を聞いたもので、招いたのだが」


 頭をかきながら、息子がハクアを気に入ってしまってな、と笑う。


「その頃から強いんですか?」

「誰も敵わんかった。しかもそれを両親は知らなかったのだ」

「両親が?」

「うむ。その身体能力も剣術もだな」

「…………」


 普通に考えればあり得ないことである。小学一年生にもなっていない子供が両親に自分の力を隠し、あり得ないほどの戦闘力を身に付けているのだから。


「そう、ですか」


 暫く黙ったあと、馬車に乗り込む。


「それでは、お世話になりました」

「よろしく頼むぞ」


 ガタガタと音をたてながら馬車が走り去っていく。白亜は馬車が街を出るまで耳を澄まして屋根に寝転がっていた。









「申し訳ありませんでした」

「いや、今回の場合は仕方がない。まさか見抜く者がいたとは。迂闊だった」


 方膝をつきながら頭を垂れるキルカを見下ろすのはウィーバルの現国王、キルカの父である。


「まさかあんなものが城内にいるとはな」

「私の油断が招いた結果です。なんとお詫びを………」

「よい。そんなことより」


 椅子から立ち上がってキルカの正面に移動する国王。その顔は嫌らしいほど喜色に歪んでいる。


「あやつ、こちらに取り込めんか?」

「取り込む、のはかなり難関です。本人もあの国から動く気配はありません」

「いや、取り込め。命令だ。あれほどの戦力………周辺国への牽制になる」

「………ですが」

「口答えするか」


 キルカの肩に抜き身の剣が置かれる。国中の鍛冶師をかき集めて作り上げた最高の逸品と呼ばれる国宝級の剣。光が鏡のような剣で反射してキルカの顔を照らし出す。


「も、申し訳ありません」


 冷や汗をかきながら深く頭を下げるキルカに満足したのか国王は剣を鞘にしまう。


「最初からそう申せば良いのだ」

「……しかし、あれほどの者をどう引き込むのでしょうか。武力では勝ち目がありません」

「あやつは平民。そうだったな?」

「はい」


 ニタァ、と口の端を吊り上げて笑う国王。


「ならば、所謂玉の輿をさせてやればよい」









「クシュ」

「師匠がくしゃみって珍しいですね。あとくしゃみ可愛らしいですね」

「恥ずかしいから言うな。噂でもされてんのかなぁ」


 迷信なのは判っているが、取り合えずそう言っておく白亜。


「さてと、久し振りにやるか」

「はいっ!」


 二人で訓練場に入っていくと、騎士が数人手合わせをしていた。


「第二王子様、ハクア殿。鍛練ですかな」

「ええ。お邪魔でしたら別の場でやりま――――」

「皆の者!一時鍛練を止め、休憩に入るとする!」

「「「ハッ!」」」

「いや、別に隅でも全然構わないんですけど……」


 白亜たちが入った途端、そこにいた者が一気に横に整列し、邪魔にならない位置に移動していく。


「普通に続けてくださっても大丈夫ですよ?」

「いえ。そろそろ休憩にしようかと思っていたところでしたので」

「そ、そうですか」


 折角開けてもらったのだ。早く使って早く返そう、とジュードに耳打ちしてから各々練習用の武器を構えて間合いをとる。


「審判は必要ですかな?」

「あ、お願いします」

「それでは、両者やり過ぎないよう。開始‼」


 声がかかった瞬間、二人の体が消え失せる。しかし、瞬きするよりもずっと速いタイミングで互いの剣が合わさり、なにかが爆発したような音が出る。


「ジュード。力みすぎ。足もっと速く動かせ」

「はい!」


 絶え間なく剣のぶつかる音が響き続ける。騎士達、全く見えないので唖然である。


「もっと重心の位置を下げろ!蹴られた時に踏ん張れないぞ!」

「はい!」


 ブォっと一陣の風が吹く。すると、中央に剣を首もとにピタリと当てた白亜がジュードに馬乗りになる姿勢で停止していた。


「そ、それまで!」

「やっぱり全然追い付けないや………」

「ジュードの課題は姿勢だな。もっと左足も使え。その内右足が折れるぞ」

「肝に命じます……」


 滅茶苦茶だ……と誰かが呟いたが白亜達がそれに気がつくはずもない。


「ハクア君、いる?」

「リンか?」

「お手紙だって」

「俺に?」

「うん」


 ひょこっとリンが訓練場の扉から顔を出す。荒く息を吐き続けるジュードを担いでそっちに向かう白亜。


「師匠。歩けますので」

「もう歩き始めちゃったから」

「いや、なんですかその理由」


 リンから手紙を受け取り、封筒を見る。


「なんか妙なほど頑丈な手紙だな」

「ウィーバルの紋章ですね」


 はんだのように金属で封がされている。これはたまに本当に重要な手紙の時に用いられるもので、魔法を無効化する金属なので魔眼で中身が見えない。


「?」


 本来ならば溶かしたりして開ける面倒な手紙なのだが白亜は普通に片手で封を切る。見事なまでに滑らかに金属が切断され、それをみたジュードが更にへこむ。


「僕、本当にいつになったら師匠を抜けるんでしょうか………」


 不憫なまでに落ち込んでいるが。


「キルカ様かな」

「そんなに仲良かったっけ?」

「んー、どうだろう。最後ちょっと脅したし………」

「ふーん。脅した………え?脅したの?」


 リンが白亜にそう聞き返すが白亜から返事がない。ただただ無言で時が止まったかのように立ちすくんでいる。


「えっと、ハクア君?」

「………」

「大丈夫?」

「………」

「ハクア君!?」


 リンに耳元で叫ばれて我に帰る白亜。その額にはほんの少し汗が滲んでいて微妙に手が震えている。


「リン………どうしよう………」

「なにがあったの?」


 滅多に表情を変えない白亜が焦りを露にして表情が強張っている。震える手で紙をリンに手渡す。


「…………嘘でしょ?」

「いや、マジみたい………。どうしよう」

「どうしようって言われても………」


 小さく震える白亜の手を両手で掴むリン。


「取り合えず国王様の所に行こう。何か判るかもしれない」

「あ、ああ……」

「え、何があったんです?」

「これだよ」

「?」


 リンに手渡された紙を見てジュードが絶句する。


「え………」

「どうしよう」

「…………(ビリッ!)」

「「「あああああああ!」」」


 ジュードの手に力が籠り、紙が見事に真っ二つである。


「破っちゃった………」

「どうすんのこれ……」


 破片を拾い集めて顔色が悪い白亜達は取り合えず謁見の間へ向かった。道中あまりにも三人の顔が死んでいたのでかなり使用人達に心配された。








「失礼します………」

「ハクア。どうした?そういえばこの間の護衛依頼の報酬の件だが………どうした?」

「これを………」


 白亜の袖から蔦が出てきて、ビリビリになった紙を繋ぎ合わせて国王の前へ見せる。


「これは………また随分と」

「どうしましょう」

「ここまで大きく出られるとな………ハクアはどうしたいのだ?」

「ここから出たくないです………」

「ふむ」


 腕組をして前にある紙をまじまじと見直す国王。


「正規ルートだからな。断るのもかなり難しい」

「ですよね……」


 ジュードが、あっ!と顔をあげる。


「ご両親が反発すれば……!」

「俺の両親の性格よく知ってるだろ………?」

「そうでしたね……」


 ますます落ち込んでいく二人。


「まさかこんな大胆な手でこられるとはな……」

「それは激しく同意します………」


 謁見の間は重い空気に包まれていた。

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