「この程度、か」
「ピュッ」
「お。久し振りだな。いつもありがとう」
「ピリュー」
白い伝書鳩の首を優しく撫でるともっと撫でて、とすり寄ってくる。白亜の耳には「もっと、もっと」と具体的に聞こえているのだが。
指先で撫でつつ足にくくりつけられている筒を取り外し、中を確認する。
「師匠?お手紙ですか」
「ああ。実家からだな」
この伝書鳩、白亜の弟の使役獣だったりする。
「………」
「なんて書いてあるんです?」
「………」
無言で差し出す白亜。鳩を全力で愛で始めたところを見ると、完全に現実逃避に走っているようだ。鳩は嬉しそうだが。
ジュードは白亜に渡された手紙に目を落とす。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
【ハクアへ】
ひさしぶり。元気ですか?ボクたちは元気です。最近お父さんとお母さんが、ハクアの周りにういた?話がないってよく言ってます。
今年はアンダーソンだから作るとかなんか言ってるけど、どういうことか教えてください。なんかお父さん達には聞きづらくて………。
この前、村にニーナっていう女の子が引っ越してきました。ボクと同い年です。賑やかになりそうだね。
また今度お休みできたら帰ってきてね。お返事待ってます。
【トキア】
~~~~~~~~~~~~~~~~~
白亜の弟の名前がトキアである。
「ういた、って、浮いた。ですよね」
「なんで皆結婚の話しかしないんだよ………」
「師匠女性ですし………」
勝手に嫁に出されないだけマシである。
「これなんて書いて返せばいいんだ」
「もういっそのこと書いてしまえばいいのでは」
「そうしないと母様に聞きそうではあるな……」
実は突然皆が結婚の話をしだした………というわけでもないのだ。もっと前、それこそ15になって成人した時からされ続けているのだが、本人が全く気にしていないのと周囲(主にスターリ)の圧力がかかっており、誰も話し出せなかっただけである。
「まだ仕事中だし、取り合えず護衛の方に回るか……。スカイ。おいで」
そう言うと鳩が白亜の肩に乗る。スカイというのはこの鳩の名前である。別に白亜がつけたわけではない。
「そいつはどうした」
「スカイです」
「名前を聞いている訳ではない」
「弟の使役獣です。人に危害を加えることもありません。というか、ただの伝書鳩ですし」
キルカにそう言いながら手紙を懐中時計にしまう。
「手紙か?」
「ええ。弟からです」
「見ても?」
「?構いませんけど……?」
人の手紙を見て何が面白いのか、と首をかしげながら紙を手渡す。個人情報駄々漏れではあるが。
「こちらにもアンダーソンの話が書いてあるではないか」
「この前初めて知ったんですよ………。弟の方が博識だったとは少し不覚です」
博識というか、常識というか。神話はチカオラートわっしょいな話が多いので白亜は嫌っているためにアンダーソンを知らなかったのだが。
どれだけ白亜がチカオラートを嫌っているのかよくわかる一面である。
「すまない。ありがとう」
「いえ」
懐中時計に改めて手紙をしまってキセルをくわえて火をつける。
「遠慮がなくなったな」
「構わないと聞いた覚えがありますが?」
「ハハッ。言ったな、確かに」
軽口を言い合う仲にまで発展している二人である。年頃も近い上に二人揃ってあまり喋らない性格なのでなんとなく馬が合うのだ。
「小腹が空いたのだが」
「軽いものでしたら」
「ありがとう」
クッキーを懐中時計から出して二人で食べる。とは言っても白亜はほとんど食べられないので一枚だけだが。
「………本当に、こちらに来る気はないか?」
「ええ。今の微妙な立ち位置の方が身の程に合っていますので」
この話も何度目だろう、とここ数日を振り返る白亜。
「ひとつ聞こう」
「はい。何なりと」
「後ろの者には気がついているか?」
「…………はい」
「いつからだ」
「謁見の間で依頼を受ける前に。私、耳が少しばかり人よりも聞こえまして、呼吸で気付くことができるんです。隠していても、無呼吸でも気づくことも可能ですが」
煙を吐き出しながらなんでもないことのように言う。
「無呼吸の場合はどう判断する?」
「心臓の音、空気の流れ。いろんな場所に音はありますので。それと、そこと、ここと、あそこの方も、最初から」
「全員気付いていたのか………」
「意外と露骨でしたし……。それに、歯車の音がするところをみると、今ここ………いえ。初日からこの城を見ていましたね?」
白亜はそう言ってキルカの耳元に目をやる。
「貴方ですよ、ウィーバル国の国王様」
フッと笑みを漏らす白亜。キセルの先から昇る煙が、辺りを薄く霞ませていた。
「………俺がここに来た理由も知っているのか」
「ええ。うちの情報部隊は優秀でして」
シアンとキキョウである。
「俺を捕らえようとは思わないのか」
「思うところも勿論ありますが、まだ未遂ですらありませんし。それに……」
煙を軽く吹き、申し訳なさそうな笑みを漏らす。
「この程度、私が傍に居なくても防ぐことは可能ですので」
白亜は簡単に殺られるほど生温い指導をジュードに施してはいない。それ以前にこの城には基本、白亜の配下がどこかしら居るのだ。何かあったらすっ飛んでくる。
「この程度、か」
「気分を害して申し訳ありません。ですが、私はもっと修羅場を潜っているので採点はシビアでして」
軽く笑いながら席を立つ。
「毒、刃物、魔法……どんな方法でこられても私は対応します。音を遮断されても鼻を潰されても、息の根が完全に止まっても私はここを守ります。弟子を、国王様を、使用人の皆様を……そして、仲間たちを」
物音ひとつ立てずに洗練された動きで優雅にお辞儀をする。
「それだけが、私の生きている理由ですので。未遂でもない今なら私はこの案件を誰にも伝えず傍観します。ですが少しでも危険だと感じたら……………明日には、隣国は土地ごと消えるかもしれませんね」
そのまま、煙だけを残して消えるように去っていった。
『あれで良かったのですか?』
『判らないけど……なにもしないよりはマシだと思う』
『そうかもしれぬが、そなたは隣国を敵に回したのだぞ』
『どうせ放っておいても隣国は敵同士だよ』
屋根の上で寝転がりながら村雨の表面を拭う。城はかなり広いので屋根の方から震動を手繰り、城内の音を聞き分けているのだ。
それにしてもかなりの傾斜なのによく寝転がれるものである。
『ウィーバルはこちらに仕掛けることで戦争を誘発させようとしていたようですが』
『ああ。もしそうなった場合は俺達で何とかしよう。一番被害が少ないだろうし』
『それもそうだが、そなたはそれでいいのか?』
『……………』
『そなたがあの王子を信じたいと思っているのは確かなのだろう?』
暫く黙って煙を吹く白亜。
『そうだな。俺は、あの人を信じたい。王族には見えない、極稀な天才だから』
天才。ここで白亜がその言葉を使うのは、別にキルカの純粋な戦いの能力を認めているわけではない。
白亜の言っている天才と言うのは、感性である。王族には珍しい感性や考え方を持っていることを白亜は気付いているのだ。
『キルカ様は、王に向いていない。そこが天才だと思う』
『判らんな。どう言うことだ?』
『王族って王になるために色々と仕込まれるのにキルカ様はそれでも下の考えを聞き、自分の意見を歪めることができる柔軟さを持っている。あの人は、一番敵に回したくない人だ』
軽く笑いながら村雨を鞘にしまう白亜。
『つまり、洗脳が効かんのか』
『そういうこと。それに似たものにかかることもあるかもしれないけど、多分滅茶苦茶な速さで催眠が解けると思うよ』
『成る程。確かに戦いたくないですね』
『戦術に誘導が使えないからな。どう動いたらいいのか判らなくなるだろうし』
相手の戦意を失わせるのも戦術のひとつだ。白亜の魔眼での威圧もそうだが、人質を取ることや軽く拷問をするなど、その方法は色々とある。
かなり汚い戦術ではあるが、白亜のように強すぎて加減ができない人間としてはかなり有効な物である。
「さて、どう動くか」
小さく呟いて城の中の音に耳を傾けるのだった。




