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「陰口ほど人の本質を見抜いているものはありませんので」

「ここまで聞いて独り言っていわれてもな……」

「そうでなくとも無視でお願い致します」


 キルカは、迷っていた。これを質問するかどうか。しかし、白亜の今の話を聞いて覚悟を決めたようで、思いきって口を開く。


「もし、人が皆ある方を慕っているといったら?」

「全員が、ですか」

「ああ」


 白亜は片目を瞑り、赤い目でキルカを見据える。


「………怒りませんか?」

「ああ。誰にも言わないし、参考にするだけだ」

「そうですか……。では、率直に」


 コホン、と咳払いをしてこっそり防音魔法を使う。これで、周囲から聞き取ることは不可能になった。


「その人達は、洗脳されていると考えます」

「魔法、か」

「いえ。魔法かもしれませんが、それよりもっと悪質で根強いものです。…………要は、刷り込みです」


 キルカは白亜の言っていることをうまく理解できなかった。この世界では洗脳=魔法なのでピンと来ないのである。


「言い方を変えると思考操作。魔法でもなければ一度嵌まってしまえばどれだけなにをしても中々考えを変えることができないことです」

「それが………洗脳?」

「親から子へ、それは代々受け継がれます。しかも恐ろしいことに子は、それを真実と信じて疑わない。疑えないんです」


 一人を洗脳してしまえば後は勝手に広まります、と付け足す白亜。


「魔法ならおかしいと気付いたときに解除の魔法をかければもとに戻ります。しかし、魔法でもないので外部の人間が気付かない限りそれは連鎖的に広がり、もう誰にも止められなくなります」


 もし、と一言おいてから、


「国で例えたとしたら、それが、たった一人しか存在しない為政者だったら。その国は、完全な独裁政治の統治下です。誰も気付けないまま、独裁という物を喜んで受け入れてしまう」


 そこまで言ってから小さく笑う。


「こんなものは想像ですし、私個人の超個人的な意見です。どうかお気になさらず」


 防音魔法をとき、洗練された動きで鮮やかにお辞儀する。


「そう、か」

「私個人の意見です。そう深く受け止めなくても結構ですよ」


 それまでの重い空気とは裏腹にあっけらかんとした対応をする白亜。ある意味大物である。









「それにしても、腹空かないか?」

「食べ物なら基本持ち歩いていますが、私の手作りでよければどうぞ」

「………お前は?」

「大丈夫ですので」

「昨日の夜も食べてるところ見ていないんだが」

「正直に言いますと、食べられないんです」

「物がか?」


 んー、と少し考えてから話し出す白亜。懐中時計から手を拭く布とサンドイッチを取り出してキルカに勧めながら。


「普通に食べることはできるんですが……拒食症ってご存知ですか?」

「きょしょくしょう?」

「食べ物を体が受け付けないんです。いくら食べようとしても消化できない」

「食べたらどうなるんだ」

「出ます」


 どこから、とは言わない。キルカも食事中なので。


「それに、食べたとしても栄養吸収さえ満足にできないので」

「じゃあどうしてるんだ?」

「これです」


 キセルを取り出して先端を見せる。


「ここに入っているのはポーションを固形になるまで煮詰めた蝋燭のようなもので、これを気体にして吸い込むんです」

「今吸ってないじゃないか」

「仕事中ですので」

「………大丈夫なのか、それは」

「倒れることはないと思います…………恐らく」


 実に不安になる言い方である。


「吸え」

「え」

「許可する。ここで倒れられたら面倒極まりないからな」


 では失礼して。と言いながら火をつけて口にくわえる白亜。


「お前は、………この国が好きか?」

「?」

「好きか?」

「お、恐らく……?ですが、なぜその話を」

「気になっただけだ」


 サンドイッチを乱暴に囓りながらそう言うキルカを不思議に思いながら煙を吹く白亜。


「そうですね……私は、悪意を隠す国より、表も裏も見せてくれる国の方が好きです」

「先程の、か」

「ええ。たとえそれが酷く傷付くような言葉であったとしても、私はそれを教えて欲しいです。裏で言われるのも結構ですが、それでは次に繋げられない」


 くいっとキセルを上に向ける白亜。煙が徐々に収縮し、小さな鳥の形になる。それを飛ばしながらフッと笑い、


「陰口ほど人の本質を見抜いているものはありませんので」

「それは実体験か?」

「ええ。裏で言われていることを気にしてこそ成長できる。私はそう考えます。的確なダメ出しは本人の居ない場所でされるものなので」


 煙の鳥を元に戻してから空を見る白亜。曇っているのか晴れているのか微妙な天気だ。


「お前、国王に仕えているのか?」

「?いえ。弟子がたまたま第二王子だったので好意で住まわせていただいているだけです」

「こちらに、来る気はないか?」

「ウィーバル、ですか?」

「お前ならば俺の護衛を任せられる気がする」

「うれしいお言葉ですが、私には今の生活が合っていますので。それに………ここなら、私の力を」

「なにか言ったか?」

「いえ」


 キルカが食べ終わったと見るや直ぐに立ち上がって懐中時計に荷物をしまう。


「まだ、見たいところがあるのだが」

「構いませんよ。どこでしょうか?」

「スラムだ」

「スラムですか………あまりお勧めはしませんし、貴方のような方が行ったら―――」

「いい。行く」

「………そうですか。では、こちらです。道は入り組んでおりますのでお気をつけください」


 白亜はキルカを先導してゆっくりと歩き始めた。









「おい、なんだこの臭いは」

「腐臭です。進むの、やめますか?」

「……やめない。さっさと案内しろ」

「はい」


 白亜も相当鼻がいいので本当はかなりキツいのだが我慢である。その為にもう臭いを感じれていない。


「………!キルカ様!」

「お、おお………」


 子供が横を走っていった。目線に入らなかったので気付かなかったのだ。


「なんでそんな過剰に反応するんだ?」


 キルカがそう聞くと白亜はキョトンとして、


「先程の男の子、常習犯なんです」

「犯罪者か?」

「ええ。こういうことです」


 白亜は少し歩いてキルカとギリギリのところですれ違う。


「どういうことだ?」

「こういうことです」

「あああ!?」


 キルカの財布が白亜の手に握られている。スッたのだ。


「スリです。キルカ様は顔も知られていませんし、庶民ではない装いです。絶好の獲物にしか見られていないと思われます」

「この服は庶民の店で買ったのだが」

「それにしては相当仕立てが良いですね。ほつれがありませんし、何より綺麗すぎます。それに、髪と手先が庶民のものではありません」


 キルカはまじまじと自分の手と髪を見て首をかしげる。


「具体的に申しますと、爪が綺麗に切られています。庶民はそんなことに気を使っている人はほとんど居ないのでかなり深爪だったりするんです。それから、傷がない」

「?」

「金を持っている人はそんなに必死に働く必要もないし、怪我したところで回復魔法でもかければ直ぐに傷痕残さず治せますが、庶民にそんなお金はないので手がボロボロになるんです」


 手袋を外して自分の手を見せる白亜。爪は綺麗だが、切り刻まれたかのような傷痕が大量に残っている。


「髪は毎日洗ってる感じがしますし、整えられている時点で誰でも気がつきますよ」

「そうなのか……」

「ええ。………っと。ここから先は貧民街……スラムです。物を盗られないようにお気をつけください」


 一層暗い道に足を踏み入れたとたん、ゾッとするような寒気が襲い掛かってくる。日が年中当たらないところなのだ。苔がそこら中に生え、黴臭い臭いやなにかが腐った臭いが充満している。


「……………」


 白亜はキルカの様子を見ながら少し足を早めて進む。すると、ピタリと止まった。


「……どうかしたのか」

「……いえ」


 白亜の様子にキルカが少し戸惑っていると、近くに座っていた男が立ち上がる。腰には血のついた抜き身のナイフがくくりつけられている。


「おい」

「………な、なんだ」

「………」


 低い、地を這うような声で呼び止められ、キルカが応答する。白亜はキセルをくわえたまま微動だにしない。


「…………はぁ」


 白亜は大きく溜め息を吐きながらキセルを手に持った。

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