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「目上の者を慕うのは当然だろう」

「…………」


 村雨を右手に持ったまま目を瞑って扉の横に座る白亜。別に寝ているわけではない。城内の音をよく聞くためには視覚情報は邪魔でしかないのだ。


 近くに誰かが潜んでいる息づかいが聞こえる。それを気付いていながら誰なのか予想がつくので放置である。


 暫くその状態が続き、日が沈む。すると、廊下の端から足音が聞こえてきたので村雨を腰に挿して目を開ける白亜。


 足音で誰が来たのか判るので警戒を解いたのだ。


「ハクア様。お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 城の使用人が夕食ということを伝えに来たのだ。


 白亜は邪魔にならないように横にずれて毛布を懐中時計にしまい、大きく伸びをする。肩や腰からゴキゴキッと骨のなる音がした。座り込んでいれば誰だってそうなる。


 夕食ができた旨を使用人が伝えると、中からキルカとそのメイドのサクが出てきた。服装が少しラフなものに変わっている。ほとんど同じようなものだが。


「………居たのか」

「護衛ですので」


 白亜は基本無音で行動するので居るのかいないかさえ不明である。護衛対象が逃げられたと思ってもおかしくない。


「お前、夕食はどうするんだ」

「いえ、別でとります。護衛はいたしますが」


 最近食べても食べても体が吸収しないので最低限の物しか口にしない白亜である。勿体無いから、というのももちろんあるが、あまり食べると気持ち悪くなるのだ。


 キルカとサクの後ろを無言で歩く白亜。本当に無言、というより無音である。


 二人が食堂に入った瞬間、白亜が消えた。


「「!?」」


 白亜、依頼の時は食堂の屋根裏に潜んでいるのである。ちゃんと通風口から入るのだが、あまりに速すぎるのと無音なために瞬間移動にしか見えない。


「またハクアは天井から見ておるのか……」


 国王はそれを知っているので苦笑いである。


「天井に居るんですか?」

「そうだ。ここの食堂の天井裏は護衛しやすいように少し広く作ってある。ハクアは基本そこに入っておる。ハクア、少し顔をだしてくれないか」


 にゅっと天窓から白亜が出てきた。若干ホラーである。


「そういうことですか……」


 キルカが納得したと見ると直ぐ様天井裏に入っていく白亜。無愛想にも程がある。









「ん………朝か」

「おはようございます。よくお休みになられましたか?」

「ああ。代わってくれてありがとな」


 日が上って直ぐに起きた白亜は欠伸をしながらキキョウと話す。


「くぁ………俺が寝てる間になんかあったか?」

「いえ。異常無しです」


 流石に徹夜して護衛するわけにもいかないので夜はキキョウと交代である。実際はその隣で寝ているのだが。


「そうか。代わってもらってすまなかったな」

「いえいえ」


 キセルをくわえながらストレッチをする白亜。この行動に特に意味はない。


「さてと…………キキョウ。頼まれてほしいことがある」

「なんでしょう?」

「俺の部屋の本、持ってきてくれないか?」

「判りました」


 白亜がこう言うときは、基本なにかしらヤバイ時である。何故かというと、白亜ならいつでも物は作れるし基本必要なものは懐中時計である。


 そうでなくともわざわざ取りに行かせるほど切羽詰まっている状況ではないし、白亜なら一秒も要らずに持ってこれる。


 これは一種の暗号なのだ。


 今から、ちょっとヤバイ話をするけど、周囲に聞かれたくないから念話で話す、といったものである。


 念話を使う際、こちらが一方的に念を送って相手に気づかせるという方法は割りと魔力や体力を消耗する。相手の了承があればほとんど消費せずに念話可能なのだ。


『キキョウ。少し気になることがある』

『何を調べれば?』

『察しが良いな。まず―――』


 白亜の話しは直ぐに終わったが、その内容は決して軽いものではなかった。









「なんでお前がついてくるんだ」

「護衛依頼の最中ですから」

「プライベートもなしか………」

「プライベートが一番狙われるものです」


 庶民風の服に着替えたキルカの後ろを歩くのは当たり前だが白亜だ。現在、キルカはリグラート王国の王都観光の途中であり、白亜は護衛の途中である。


 キルカは目立たないような服を着ているが、如何せん白亜がなにしても目立ってしまうので実際ほとんど意味をなしていない。


「おー、象徴じゃねぇか」

「すみません、今仕事中でして」

「おっと、そいつはすまない。また今度飯でも行こうぜ」

「そうですね」


 この街では白亜は有名人なので道一本歩けば一人には声をかけられるほどである。


「随分と人気者なんだな」

「いえ。皆さんが良くしてくれるだけです」


 露店を見ながら適当に進む二人。


「象徴!お前まさかその人と………?浮いた噂が全くないってのが逆におかしいと思ってたんだが」

「そんなわけないでしょう。護衛依頼の護衛対象です」

「だよな!」


 そんなことを言われてキルカが少しぎょっとする。


「お前………まさか男が」

「?異性にも同性にも興味はありませんが」

「それはそれで問題ではないのか………」

「よく言われますが、そもそも恋愛感情というものを抱いた記憶もありません」


 淡々と答える白亜。恋愛感情というものがまずよくわかっていない人である。


「それにしても先程の男はまた大層な誤解をしたものだな……」

「ええ。私に浮いた話がないのも原因なんでしょうが」

「許嫁は居ないのか」

「……勘違いされてませんか?」

「なにがだ」

「私、一応女ですが」

「…………なに?」


 本人も女らしく振る舞った覚えは一切ないので別に勘違いされても構わないのだが。


「女、には見えん……」

「別に男性として接してくださっても問題ありませんので」


 そう言われると逆に接し辛いものである。


「あ、銀色のお兄ちゃんだー」

「しょうちょうさんだー」


 広場につくと、白亜の周りに子供が集まってくる。


「先程から聞いている『象徴』とはなんだ」

「私の二つ名です。象徴の灯、という二つ名でして」

「二つ名か」


 子供に囲まれる白亜。


「銀色のお兄ちゃん、茶色いの、茶色いのききたい」

「ききたーい」

「ごめんな。今、仕事中なんだ。また今度な」

「お兄ちゃんのケチー」

「ほら、飴あげるから」

「「「わーい!」」」


 茶色いの、とはヴァイオリンの事である。以前ここで少し弾いたところ相当評判が良かったのだ。


「なんの話だ」

「私、演奏家……いえ、吟遊詩人の真似事をするのが趣味でして。それを以前ここでやったら毎回せがまれるようになってしまいまして」


 鼈甲飴を配りながら苦笑する白亜。


「別に俺は構わん」

「しかし……」

「むしろ少し気になる。見せてくれないか」

「キルカ様がそう仰られるなら……」


 子供たちの方を向いて、パチン、と柏手を打つ。


「はい、皆。弾いてあげるから整列」


 飴に群がっていた子供たちが白亜から離れて聴く姿勢に入る。


「こう言うときはちゃんと言うこと聞くんだよなぁ………」


 ポツリとそう言いながら懐中時計から取り出したと見せ掛けたヴァイオリンを出す。勿論、日陰に移動して、だ。


「それじゃあ……一曲、お付き合い下さい」


 大人たちも集まってきていて、白亜がお辞儀をすると疎らな拍手が聞こえる。


 右手を大きく構えてとてつもないスピードで動かし始めた。これは元々ピアノ曲だったものをヴァイオリンにアレンジした物で、白亜オリジナルの曲である。


 その為に、実際の楽譜とは全く違う音を弾いていたりアドリブが高い頻度で入り込む、楽譜完全無視の一曲である。


 白亜もあまり長引かせてはいけないと思っているので一分で曲を終わらせた。


「はい、終わり」

「「「ええー」」」


 短いことにブーイングがくるが白亜は全く気にしない。また今度な、を繰り返してさらっと回避していく。


「仕事中なんだって」

「もっとー」

「暇でしょー?」

「仕事中なの」


 よじ登ってくる子供を下ろしながら小さく溜め息を吐き、アンノウンを腰から取り出して魔力を流す。


「はい、いち、にの、さん」


 天に先端を向けるとポヒュン、と音がして小さな花火が咲く。


「おおー!」

「きれーい!」


 子供たちがそっちを見た隙に一瞬で移動してキルカのもとへ戻る。


「護衛中なのに、申し訳ございません」

「本当に、人気者なんだな」

「?」

「だが、子供にあんな風に接されて嬉しいのか甚だ疑問だ」


 どういうことだろう、と一瞬考えて、


「嘗められている、ってところですか」

「そこまでは言わんが……まぁ、そういうことだ。いいのか?お前ほどの腕があれば黙らせるのも簡単だろうに」

「ええ。簡単でしょうね。でもそれは絶対にやりません」

「面倒ではないのか」


 その質問に白亜はキョトンとした顔になって直後に少し笑う。


「面倒ですとも。ですが、私を慕ってくれている」

「目上の者を慕うのは当然だろう」

「………そうでしょうか」


 白亜は若干目を細くして逃げた白亜を探す子供たちを見つめる。


「確かに、目上の者を敬うのは大切です。ですが……それは、全ての目上の者を本当に心の底から慕える、という事ではないと思うんです」

「………わからんな」

「反発してこそ、人です。誰からも慕われて、誰からも尊ばれる……そんな人、この世のどこにもいないとも思いますね」

「なにを………俺の父上はどの者にも慕われている」

「ええ。私の想像ですよ。もしかしたらそんな方もいらっしゃるかもしれません」


 キルカは白亜を鋭い目で見つめる。


「お前も慕われているではないか」

「ですが、皆ではありません」

「はぁ?」

「私のことを疎ましく思う者もいるのです。それが自然の摂理ともいうもの。私に親しげに接してくださる方ももしかしたら、心の奥では疎ましく思っているかもしれません」


 あまり、そう考えたくはないですが。といいながら遠くを見る白亜。キルカは、なにも言えなかった。白亜のその目が、あまりにも先を見据えすぎていているように思えたからだ。


「もしも、本当に恨まれることもない人がいたとしたら、それは、本当に人でしょうか」


 神様でさえ、疎まれる事があるのに、と笑う白亜。


「気分を悪くされたなら謝ります。今の話は、私のただの馬鹿な独り言だと思ってください」


 白亜は、もう笑ってなどいなかった。

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