「なるべく頑張ってみるよ。皆のためにも、な」
「では、改めまして。ハクア・テル・リドアル・ノヴァです」
「………キルカ・エリック・ウィーバルだ」
白亜とキルカが考えていたことは大体同じだった。
『『こいつ、誰?』』
白亜はここ数日日本に出掛けていたので城に顔を出す暇はまずなかった上、よく来る来客を一々対応しなければならない地位でもないので、その辺り完全に無視である。
キルカの場合、密偵を送る暇も無かったため(送ればその都度白亜が敵と判断し知らない間に排除していた)このような者がここに居ることさえ知らなかったのだ。
意外とちゃんと白亜は仕事しているようである。
依頼を頼まれたときに諸々の説明(キルカがウィーバルの第一王子ということや滞在理由)を受けていたので特に何も話すことがない。
話すことがない=無言である。
キルカの一歩後ろをただただ何もせず無言で歩く白亜。従者としては当然の動きだが、如何せんなにもしていなくても殺気を放っているような面構えなのでキルカの緊張度合いが半端ではない。
「「………………」」
キルカの足音だけが響く廊下。かなり気まずい。白亜の足音は、本当にどうやっているのか検討もつかないが全くといっていいほど聞こえない。
息の音の方が聞こえるほどである。
護衛依頼中ということもあり、余計に気を使っているので息の音さえもほとんど聞こえない。
最早やっていることはどう見てもキルカを狙う暗殺者である。
「………おい」
「なんでしょうか」
「なぜ何も言わない?」
「言うことがありませんので。それに………」
「なんだ。早く言え」
「………貴族の方には、話しかけることさえ疎まれることなどよくあるものですので」
静かにそう言う白亜。仕事になると本当にスイッチが切り替わる人である。
「お前、平民なのか」
「はい」
「俺は気にしない。それよりもこの空気の方が嫌いだ」
「……そうですか」
とは言っても。白亜は元々無口である。
「それと、後ろに立つのは止めろ。狙われている気がしてならない」
「………」
無言で前に出てくる白亜。背丈は10センチ程離れている。割りと白亜のコンプレックスだ。
白亜の身長は167。女性にしては高い方なのだが、昔の感覚が邪魔をするようでもっと伸びないかと思っている。残念ながら成長期はとっくの昔に過ぎた。
前世では180を越えていたので、余計にそう感じるのだろう。
「何故、この国の王はお前を俺につけた?」
「恐らく、客人をお守りするために人数が必要だとお考えになったのでしょう。……基本的に私の周りには人が常に居りますので」
皆過保護なのである。
「それだけか?」
「後は、もし何かあったときに逃げ出せるように、という事でしょうか。逃げ足だけには自信がありますので」
確かに、足の速さで白亜に敵うものは居ないだろう。ルギリアならば勝てる可能性もあるが、転移魔法という最大のアドバンテージが白亜には備わっているので。
「先程聞いた話だと、お前はこの国の第二王子の師匠だそうだが」
「はい」
「よくその若さでなれたものだな」
「その点は同意します。………弟子の方が年上ですし」
白亜の周囲に白亜以下の年齢のものはいない。弟くらいなものだ。
「聞きたいのだが、いいか?」
「なんなりと」
「お前、どこの者だ」
「この国出身です」
「異界、という言葉は聞いたことはないか?」
「聞いたことなら」
キルカが立ち止まり、壁際にいる白亜の方に詰め寄る。
「そこから来たのではないか?」
「いえ。生まれも育ちもこの国です」
「はぐらかすな。お前からその臭いがする」
何の?と首をかしげる白亜。
「どういうことでしょうか」
「異界の臭いが漂っている。それぐらいは、俺にもわかる」
前日まで滞在していたので。
「異界の臭い……そんなものが?」
「ああ。排気ガス?とかそんなもんの臭いだ」
「排気ガスならこれかもしれません」
ポケットからキセルを取り出す白亜。
「煙管………?」
「今は仕事中ですので控えておりますが、普段はずっとくわえております」
「………なら、いい」
舌打ちをしながら歩いていくキルカ。白亜はその様子をほんの少し目を細くして見詰めながら後をついていく。
「初めまして。国王様からご依頼をいただき、キルカ様の護衛に当たることになりました。ハクア・テル・リドアル・ノヴァです」
「キルカ様の使用人、サクです。ご丁寧にどうも」
部屋にいたメイドのサクに挨拶をし、扉の横で座り込む白亜。
これは護衛の時はいつもやることで、扉の前で武器を抱いて座っているだけで侵入者は極端に少なくなるということからいつも座り込んでただただ周囲の警戒に当たるのだ。
貴族の護衛だったりすると扉の横でさえ嫌がる人もいるのだが、その場合は近くの木に上って様子を見るなどしている。割りと精神的にキツい仕事なのだ。
「…………師匠?なにやってるんです?」
「依頼」
「父上ですか?」
「ああ。この部屋の客人を護衛しろって話だから」
「聞いてませんけど」
「ジュードに仕事は回さないから。その代わりあっちを頼むな」
「森の方ですね。お任せください」
よくこんな風に扉の前で座り込む白亜を見るので誰も気にしない。
「ハクア様。依頼ですか」
「ああ。夜は交代してくれると助かる」
「勿論です」
キキョウは夜寝る必要が無いので交代してもらうのだ。とはいっても白亜も毛布に包まってその隣に座ったまま寝るので結局交代というより白亜がもしも寝過ごした場合の措置なのだ。
いなくてもほとんど変わらないのが現状である。
「一週間ですか?」
「そうだな。他のことは頼むぞ」
「勿論です。ハクア様の分も終わらせますよ」
お客が泊まる部屋は大体一階の入り口に近いところなのでよく人が通る。それと、入り口から風が入ってきてかなり寒い。
「…………」
無言で掌を息で暖める白亜。まるで帰る家がない人みたいである。
外では雪がちらついており、空はどんよりとしていて見るからに寒そうである。
「城の中ってだけで相当ラッキーだよな……」
雪が服や頭につもるのを気にしないようにしながら木の上で護衛対象の様子を見守るということがあったのだ。あれよりも数倍良い。
その割りに依頼の達成料金は普通だったので割りと傷付いた白亜である。
「ハクア君」
「リン」
「お疲れ様。これ飲む?」
「ありがと」
マグカップに入った紅茶を受け取り、少しずつ飲む白亜。リンはさりげなくその隣に座る。
白亜は自身を包んでいる毛布を広げてリンにゼロ距離にまで近付いて中に入るよう促す。リンの頬が少し赤くなるが白亜は全く気づいていない。
「ハクア君、背伸びたよね」
「人間だからな。それに、もう伸びないし………」
「そうだね。ハクア君、人間だもんね」
「………?」
少し寂しそうなリンを見て首をかしげる白亜。
「どうした?」
「ううん……ほら、私たちの中で短命なのってハクア君だけでしょ?」
「ああ、そうだな」
「ハクア君だけが年を取ってくのって……なんか、嫌だな、って」
「……………」
リンはニンフである。ニンフはエルフと同じで長命な種族であり、人間と比べて10倍は生きられる。
その代わり絶対数が極端に少なくなる。
「その時はその時だろ」
「そうだけど………」
「未来の心配してるより、今のことを考えろ。リンは気を張りすぎだ」
「ハクア君だってそうじゃない」
口を尖らせて文句を言うリンに白亜が苦笑する。
「それもそうかもしれないな」
紅茶に軽く口をつけて溜め息を吐く。
「俺は人間だし、もしかしたら早死にするかもしれないし」
「なんで」
「俺の記憶……全部20になる前に死んでるんだよ」
「あ………」
「早死にする性格なんだろうが、な」
何てことないかのようにフッと笑って紅茶を飲み干す。
「なるべく頑張ってみるよ。皆のためにも、な」
なんとも寂しげな宣言だった。




