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「ツキノワグマ出ますよ?」

「警察官なんですね」

「そうなんですよ。やっと休みになったっていうのに友人が登山しようって言い出して………。はぐれるわ迷うわで散々ですけど………」

「お察しします……」


 げんなりした様子の男性の負担になりすぎない道を進んでいく。白亜が通ってきた道は崖を上ったり木の枝を飛び移るようなルートなので一般人には相当きつい。


「どこではぐれたんですか?」

「登り始めて15分くらいで………」

「………」


 ずいぶん器用なはぐれ方をしたようである。


「人の居るところに行けばなんとかなりますよ、恐らく」

「だといいんですけどね………」


 煙を吐き出しながら苦笑する白亜。


「この辺り熊も出るんですよ。よく無事でしたね」

「え」

「ツキノワグマ出ますよ?」

「うっそ」

「熊よけの対策は?」

「してない」


 あそこで白亜と遭遇していなかったらどうなっていただろうか。


「こっちの方向なら熊も出ませんし、安全ですよ」

「そ、そうなんだ……?」

「ええ。会ってもなにもしなければ多分大丈夫ですから」

「多分なんだ………」

「熊の気持ちなんて察せれませんので」


 あった瞬間返り討ちだろうが。


「っと、そこ崩れやすいので気を付けて」

「は、はい。って、高っ!」

「下は見ない方がいいですよ。恐怖心が煽られると余計に危険ですから」

「こ、こわっ」


 もう既に遅い忠告である。


「………」

「どうし――――」

「しっ」


 口元に人差し指を当てて静かにしろとジャスチャーをする。


「…………!」


 何故そんなことをしたのか、目の前に理由があった。小型の亜人戦闘機、二型がそこにいる。


 なにかを探しているようでキョロキョロしていてこちらにはまだ気付いていない。


「クシュッ」

「あ」


 耐えきれなかった男性がくしゃみをした。当然、気付かれた。


「キシャアアア!」


 えらくご立腹である。


「なんでこんなときにくしゃみ………」

「耐えれませんでしたぁ……」


 涙目になる男性と呆れながら煙を吐く白亜。


「………逃げてください。ここは僕が時間を稼ぎます」

「…………」

「気付かれたのは僕のせいですし、それに………」


 掌を淡く青色に輝かせながら構える。


「僕、亜人戦闘機対策部隊の者なので」


 ふぅ、と煙を長めに吐く白亜。まったく動く気配がない。


「なにやってるんです!早く逃げて――――」

「もし、私が逃げたとして。貴方は助かりますか?」

「これでも何度か戦闘は体験しています。弱い方ではないことも自負しています」

「一人で戦って、傷なしで勝つ自信は?」

「はぁ!?」


 目の前の脅威をどうとも思っていないような素振りでキセルを手で弄びながらそういう白亜。


「そ、れは」

「戦ったことないんでしょう?お一人で」

「なんで」

「見ていればわかります。貴方の筋力は常人の遥か上、それでも連携よりの動きでした。少し探らせていただきましたが、私が急に方向を変えてもほぼノータイムで付いてこれるようですし」


 最初から、気づいていたのだ。


 一目見れば戦い慣れしているかどうかなど一瞬でわかる。


「どういうことですか」

「私がこんな風に大口叩いていられるのは、あれに勝つ自信があるからです」

「は?………あ、もしかして………」

「詮索は無しの方向でお願いします。そこでひとつ。今からの私の行動、見なかったことにしていただけますか?」


 先に言質をとる気満々である。


「内容によります」

「例えば?」

「禁止されてる薬物を使うとか、そういうのです」

「薬物は使いませんよ。そうですね……じゃあ、これを使います」


 親指の爪ほどの小石を拾い、見せる白亜。


「二型を嘗めてませんか?あれ、相当固いですよ?」

「ええ。嘗めてます。どうです?ガキの戯れだと思って見逃してはいただけませんか?」

「………わかりました。こんな計算高いガキなんていませんけどね」

「ありがとうございます。それでは、少しお時間をいただきまして」


 キセルを左手に持ち、右手に小石を握りこんで前に出る。


 かなり狭い道で、少しでも足場に力を込めたら崩れそうなほど脆いが、それをまったく感じさせない静かな動きで滑らかに移動する白亜。


「******」


 そのまま、なにかを話始めた。言語にすらなっていないような、声になっていない声で。


「キシャアアア!」

「****」

「キシャアアア!キシャアアアアアアアア!」


 ポカンとしている男性を無視して話を続けた白亜が幾らか喋って戻ってきた。


「話がまるで通じませんね」

「いや、なんで話せてんの」


 突っ込みどころが多すぎる。


「キシャアアア!」


 あっちが突っ込んできた。


「!」

「ん」


 白亜の右腕の周囲の空気が、一瞬霞んだように見えた。ドゴッと鈍くも相当な破壊力を持った音が周辺に響き渡る。


「よし、終わり」

「は?え?…………えええええええ!?!?!?」


 眉間に大きく穴を開けた亜人戦闘機が地面に倒れる。


「これ、どうするんです?」

「え?いや、え?」


 状況がまったく理解できていない。白亜はそれを早々に理解して二型を片手で持ち上げる。


「これ、どこに片すんです?」

「普通に」

「燃やせばいいですかね?」

「い、いいと思うけど………!?!??」


 一瞬で燃え尽きて灰になった。無詠唱で魔法を使った……のではなく、気弾を高速回転させて出た熱で燃やしたのだ。


 割りと高度な技だったりする。


「あんた何者だよ……」

「詮索は無しの方向で」


 何事もなかったかのように欠伸を噛み殺しながらそういう白亜。


「もうあとここの道真っ直ぐ…………はぁ」

「え。なに」

「こうなるのが嫌だから消滅させたのに、……ったく」

「なんか雰囲気変わってない?」

「どうでしょうね」


 いきなり口調が乱暴になった白亜に恐る恐る話しかける男性。


「あ、そうだ。どれくらい戦えますか?」

「え」

「気弾はいくつ出せますか」

「あー、Maxで12個」

「威力はどれくらいですか」

「攻撃を弾けるくらい……」


 それを聞いて白亜が少し黙って、


「弱っ………」

「あからさまに落としてくるのやめてくれない!?」


 つい、本音が溢れてしまった。流石は天然記念物である。ブレない。


「なんでそんなことを」

「来る。二型が2、三型が3」

「は?」

「ほら、来た」


 キセルの先端で斜め左を指す。二型だ。


「嘘だろ」

「……………落ちろ」

「え?」


 無音。一切音のしない世界で白亜が動き出す。否、音が追い付かない世界。光を越えた早さで動く白亜は、誰の目にも映らない。


 アンノウンから半透明の刃を出現させ、薙刀の要領で切り払う。


 三機切り伏せ、一旦戻る。後の二機は少々距離がある。


「っと」

「え?え?」


 この男性。さっきから、え、としか言っていないが。


「………鬱陶しい。会話の価値もなさそうだ」

「なんの話………!?」


 白亜が気力で弓と矢を作る。太陽の光を反射して美しく輝くそれを瞬く間に二発放つ。


 何処からか亜人戦闘機の断末魔が聞こえた。


「それ……まさか……!」

「さて、私にはなんなのかわかりかねますね」


 余った矢と弓をポイッとそこら辺に投げ捨てる。


「勿体ない!」

「あれ、私から一定距離離れると消えますよ?」

「そうなの!?」


 煙を吹き出しながら白亜が首をならす。


「聞いていいか?誰にも言わないから」

「そうですね……何を聞きたいかは大方予想出来ますけど」

「………」

「じゃあ、こうしましょう」


 白亜がアンノウンの刃をしまって、反対側を男性の胸に当てる。


「*******」


 白亜がなにかを言った瞬間、スパークが起きる。痛みもなにも感じ無いのが余計に怖かった。


「いま、なにを………」

「貴方は私のことを誰にも言えなくなった。それだけです。それ以外のメリットもデメリットもありません。あ、少し気力が増えるかもしれません」


 キセルをくわえなおしてそういう白亜。


「じゃあ、聞くけど。あんた何者だ」

「直球な質問ですね。じゃあヒントをあげましょう」


 ぱちんと手を叩いて白亜が指を一本つきだす。


「私のことを、ある人は英雄と言った」


 二本目を立てて、


「またある人は死神と」


 三本、


「別の人は神童と」


 四本、


「他の人は化け物と」


 五本、六本と指が立っていく。十本立ったときに白亜が手を下ろす。


「さぁ、どれが正解でしょう?」

「いや、わからん」

「ですよね。私にもわかりません。ただ一つ確実なことは」


 一旦言葉を切って、


「私は、何度か死んでいること」


 にこやかに言うので逆に恐い。


「幽霊………?」

「残念。普通に生きてますので」

「じゃあなんで……」

「仕方ないですね。じゃあ大、大ヒント。……もう答えですけど」


 立ち上がってキセルを左手に持ち、右手で鮮やかなほど滑らかにお辞儀をする。


「私は白亜。揮卿台白亜です。以後、お見知りおきを」


 悪戯っ子のようにそう言うのだった。

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