「お酒は二十歳になってから、っていう感覚がな……」
「ここと、ここ……」
腰を屈めながら机の引き出しを漁る白亜。腰まである髪は一纏めにして結んである。それを少し揺らしながらなにかを探す。
「あった!ジュード、あったぞ」
「おおー」
「無くすなよ」
「勿論です」
ジュードを見上げながら青いブレスレットを渡す白亜。それには魔法が掛かっていて、魔力が溜まっていればつけた人は水の中でも呼吸が可能というものである。
「じゃあ行ってきます」
「ん。俺はエリウラの方へ行ってる。何かあったら連絡しろ」
「はい」
ジュードが部屋を出たのを確認してから服を着替える。
『いつまで髪伸ばすんですか?』
『邪魔ではないのか?』
シアンとアンノウンに同時に言われ、少し困った顔をしてから、
「切るの面倒臭くて」
簡潔に、そう答える。
『そういうところはこだわって欲しいです』
「気にならないからいいかなぁ、って」
『そう言う問題なのか………?』
呆れられながら腰にアンノウンと村雨を挿す。
「よし」
忘れ物がないか確認し、手袋を嵌める。滑り止めがついている手袋なのでアンノウンがすっぽ抜けないように嵌め始めたものだ。
以前、鍛練中に寝不足が祟って一本アンノウンが白亜の手から飛んでいってしまったことがあり、探すのに相当苦労したのだ。
それからいつも手袋を嵌めるようになったのだ。
口にキセルをくわえ、コキコキと首をならす。
別に愛煙家になったわけではなく、白亜も渋々吸っているのだ。
白亜は栄養の吸収があまり出来ない。何度も回復魔法を掛けすぎて効果がかなり薄くなっているのだ。それに加えて少食な上に体が栄養を吸収しないので栄養失調を拗らせたことがあった。
そこで白亜が考えたのが、体に直接栄養を送り込むことだった。
しかし、いつも点滴の針を刺すわけにもいかず、様々な試行錯誤の上見つけたのは、煙にして吸い込む。という荒業だった。
食べ物で補えないのでいつもキセルを手放さないヘビースモーカーみたいな感じになってはいるが、本人かなり嫌がっている。
因みに、禁煙の場では飴玉に変わるのだが、これがどれだけ改良しても味が最悪で、一瞬でも口に入れれば数時間は味覚が無くなるほどである。
キセルを使って煙を吸ってはいるが、白亜とシアンが作った薬を火で炙って吸っているだけなので無臭である。ある意味、湯気なので人体への影響はない。
キセルの先端に魔法で火をつけ、軽く吸い込む。味もないので水蒸気吸い込んでるのと変わらないのだが、邪魔くさいという理由で白亜はこれを嫌っている。
「さて、行くか」
煙を軽く吐き出しながら外に出る白亜。季節は冬。ルギリア達が来てから、6年半程経っている。そして、白亜の夢であるエリウラの森を開拓地として正式に認められるのが、もうすぐである。
「白亜。酒は持ってきたか」
「はいはい。あるから皆で分けて飲めよ」
人一人は余裕で入りそうな酒樽を何樽か出すと、木陰から一人、飛び付いてくる。
「ハクア!ここに住むのっていつになるの?」
「ミーシャ。まだまだ先だって言ってるだろ?」
「むぅ」
白亜はキセルを手で弄びながら肩に乗った小人の女の子に、そう声をかける。この少女はコロポックルの族長の娘のミーシャだ。
白亜と同い年で、話も通じるものがあるのでよく一緒にいる。
「いつくるのよ」
「わからないって……。そんなことより、言葉上手くなったな」
「えへへ。一杯勉強したから」
白亜の肩に座りながら足をパタパタと動かす。
「ハクアお酒飲まないの?」
「ああ。俺はいいや」
「いつもそう言うけど、なんで?もういいんでしょ?」
「いいけど……なんか抵抗あってさ」
白亜は19歳である。この世界では酒を飲むことができる年齢には達しているが、前世の記憶があるぶん、まだ飲んではいけないのではないか、という思いが強く、なかなか手が出ないのだ。
「お酒は二十歳になってから、っていう感覚がな……」
「それなあに?」
「いや、なんでもない。俺は道の整備してくるけど、ミーシャはどうする?」
「一緒に行く」
即答するミーシャに苦笑を浮かべながら酒樽を傾けるダイにひと言言ってから街道整備に向かう。
ダイの横にルナがフワフワと飛んできた。
「本当に、明るくなったのう」
「だな。某も安心できるほどだ。とはいえ、まだまだ笑わないが」
「それは同感よの。妾も後押しできればいいのだが」
先程の苦笑もそうだが、白亜は顔に表情を出すようになっていた。とはいえ、まだまだ隠している感じが否めないのだが。
「ここまでくればもうひと押しだな。長かった気がするが」
フッと笑いながら談笑に花を咲かせるのだった。
「よっと」
村雨を一振りすると大木が数本切り株に変わる。白亜は煙を吐き出しながら腰にしまい、片手で切り株を力任せに引き抜いていく。
「本当に力強いよねー」
「一応鍛えてるからな」
肩に乗っているミーシャと会話しつつ、作業を進めていく。
「ハクアって結婚する気あるの?」
「あると思うか?」
「ごめん」
性格がこれなので。それに、男性を異性と見ることが出来ない上に女性にも全く興味がないのである意味大問題である。
「肉体に精神が引っ張られるって間違ってる気がするんだよな……」
正確に言うと、白亜には適用されないだけである。
「そういうミーシャの方が結婚しなきゃいけないんじゃないのか?族長の娘だろ?」
「えー?別にぃ?同族に興味ないもん」
「他種族とがいいのか……?サイズの問題があるだろ」
「それ以前に本人にその気はないみたいだけどね」
「?誰のこと言ってるんだ?」
「はぁ……」
全く気づかない。空気はそれなりに読めるようになってきたものの、余計に鈍感になってしまった。
「ここまででいいかな」
最後の切り株を引き抜いてダイ達のところへ帰る。家を白亜の配下達で建てたのでもう6年で町が完全に出来上がっている状態だ。
主に白亜の持ち込んだ工具や行動力によって、予定よりも数倍早く完成したのだ。
ダイが一番最初に作ると言い張った酒場で皆入り浸っている。
「若様。お疲れ様です」
「ん。お疲れ」
素っ気なく返事を返しながら適当に町を歩く。
「ここに銅像をたてるって話だったんだけどね」
「………恥ずかしすぎるだろ。材料も勿体無いし」
「ぶー」
広場の中心に洒落た造りの噴水があるのだが、そこの天辺に白亜の銅像をたてるという案が出たのだが、あまりにも白亜が嫌がったので中止になった。
白亜以外、満場一致の案だった。
噴水の近くのベンチに腰を下ろしてキセルを手で弄びながら創造者でハーモニカを作って適当に吹く。
「それ、何て言う曲?」
「いや、即興」
「この場で作ったの?」
「ん。割りと簡単なメロディーだろ?」
けっこう複雑だと思うんだけど、と呟くミーシャ。白亜には聞こえているのかいないのか不明だが。
気付いたら周りに人が集まっていた。
「流石です、若様」
「……恥ずかしいからそんな見ないでくれ」
「ハクア殿。他にはないのか?」
コロポックル達に急かされて別の楽器を作る。
「そうだな………。なんでもいいけど………」
そう言った瞬間、白亜の手にはアコースティックギターが握られていた。どうやら無意識で出してしまったらしい。
「まぁ、これでいいか……」
チューニングを素早く終わらせてキセルの火を消してからポケットにしまう。片足をあげて本体を固定しつつ、コードを押さえながら弾き始める。
前奏が終わったところで白亜が口を開いて歌い出した。日本語の歌だが、この世界の言葉に翻訳してある。白亜が歌い出した事に皆驚いていたが、徐々に聴きいっていく。
美しく、高すぎず低すぎない声は周囲を包み込むような柔らかさを持ち、同時に酷く孤独感や寂しさを感じさせる、切ない歌声だった。




