「そう考えると……俺、詰んだ?」
「はぁ……なんだこの状況」
『状況確認するのはいいですが、今落下中ですよ?』
『よく平常心でいられるな』
「いや、落ちるのは慣れたというか……今騒いでも仕方ないって判ってるし」
落下しながら周囲を見回す白亜。よくそんな余裕があるものだ。
「人為的なものでしかないだろうな」
『ところで、先程何を言おうと思っていたのですか?』
「ああ、落ちる前?」
白亜は自分に重力魔法をかけ、落下を止める。いつでもこれができるからこそここまで余裕があるのだ。
「前に、公爵家のお嬢さんの護衛依頼……あっただろ?」
『……あれ、ですか』
『そんなものがあったのか?』
「アンノウンは居なかったか」
白亜は薄暗い落とし穴のなかをゆっくりと落下していく。
飛んで戻ってもいいのだが、落とされたということは何らかの理由があるからと考え、逆にそっちに向かっているのだ。素晴らしいほどの度胸である。
「その後、勇者のパレードが行われるはずだったんだが……できなかったんだ」
『何故だ?』
「土地一帯が吹き飛んだんだよ」
俺も早く気付くべきだったが、と悔しそうに言う白亜。
「死者も少なからずでたらしい。その魔法が、ダンジョンを創り出す魔法だったんだ。周辺をダンジョンとして消滅、吸収する。シアン。ここまで言えばわかるか?」
『ええ。流石にそこまで言われれば』
シアンが声色を低くして言う。
『あの時に、あの方もお亡くなりになられましたし……』
「それは……悔やんでも仕方ないだろ」
『あの方というのは先程言っていた?』
「ああ。護衛をした公爵家のお嬢さんだ。なにか嫌な予感はしてたんだが……。お嬢さんが死んだと知ったのはレイゴットに捕まって直ぐだった」
しかも、と付け加える。
「殺したのは、お付きの奴等だったんだ……」
『暗殺、か?』
『ええ。元からマスターはおかしいとお気付きになっていたのですが……。結局、ダンジョンにとばされたときに殺されてしまったそうです』
苦虫を噛み潰したような顔をして、白亜が小さく唸る。
『申し訳ございません。辛い事を……』
「いや、いい。最後まで守れなかったのは俺の責任だ」
頭を振って考えを散らす。
「終わったことは終わったことだ。……そろそろ地面みたいだ」
気を引き締めながらアンノウンを一本取り出し、いつでも刃が出せるように準備する。
ゆっくりと地面に着地し、重力魔法を解くとズッシリとしたアンノウンの重さを右手に感じた。
「…………」
アンノウンを前に構えながら静かに歩く白亜。辺りは魔眼でハッキリと見えている。危険だが、少し耳を澄ませると、空気が声を発し始めるように白亜には聞こえた。
「!」
左足を軸にしながら半回転、そのまま後ろに大きく下がる。
「………」
白亜が今さっきまでいたところには黒いなにかが渦巻いていた。ぼんやりとしていて輪郭がハッキリしないそれは、闇そのもののように真っ黒で、触れてはいけないものだと本能的に察知する。
白亜は注意深く周囲を見回しながら、アンノウンをもう一本取り出して連結させる。
間合いが伸びた白い棒を眼前に構えながら小さくため息をつく。
「………」
目を少し細くしながら魔眼をフル活用して何が起こっても対処できるように備える。
〈……見付けた〉
「!?」
ゾッとした。背中に氷水を流し込まれたかのように、冷たく、痛いくらいのそれは、濃密な、死の気配。
白亜は何度も死んでいるからかその類いの気配に敏感であり、同時にそれを声色に含ませて殺気を出すこともできる。
戦場で強く感じる他人の死の気配。白亜はそれに特に敏感だった。親が殺された時に感じたのが最初、その後は何度かくぐった死線の数だけ、比例的に感覚は鋭敏になっている。
「っ!?」
気を取られた瞬間に、地面が底無し沼のように沈み込んでいく。手をかけようとしても、地面全体が沈むようで、どこに手をかけても同様に沈み込んでいく。
アンノウンを全部繋げて他の場所を叩いてみても同様だった。
「なんで突然……!魔法の気配なんてしなかったのに……!」
もがくと余計沈みそう、というか一度実践してみたら実際に早く沈んだのでひとまず動かずに頭を回転させる。
白亜は動かずに取り合えずこれがなんなのか考える。
「空間魔法……それも最上級レベルのやつ。または、闇属性の魔法。これの性質は流砂や底無し沼と同じようなもの……いや、違うな」
ぶつぶつと独り言を言いながら顎に手を置く。
「光で散らせるようなものでもなさそうだし、上に向かって力を加えてもたぶん抜けない。重さの関係でも無いみたいだから無重力にしても結局落ちる」
下に沈むというより、下に引きずり込まれるといった方が正しい気がする。
「そう考えると……俺、詰んだ?」
冷静に『どうしようもない』という至極残念な答えを弾き出し、静かに自分終わった宣言をする白亜。
もう胸の辺りまで来ている。体が小さいので沈むのが早いのだ。それと、白亜がここまで冷静なのは理由があった。
「人為的なものなら、確実に俺を殺そうとはしないだろうし」
白亜には魔力もそうだが古代魔法という大きなアドバンテージがあるのだ。殺してもデメリットしかない。
国王を暗殺するより、白亜から古代魔法をひとつでも聞き出せばそれだけで利益は十分上回る。
てっとり早く稼ぐ方法は、白亜を拐って古代魔法を洗いざらい吐かせる。というのがたぶんこの世で一番うまく稼げるだろう。
一つでも大発見なのだから。
「っ!」
地面が顔にまで届いた。熱くもなく、冷たくもなく、なんの感覚もしない。息もできるようで、一体これはなんなのだと声を大にして問いたい気分になる。
白亜は視界に映る黒いそれを忌々しげに見つめ、そのまま自身の目でさえ、光を感じ取れなくなるのを理解しながら意識を手放した。
「ぅ……」
目を開けると、暗闇だったのが突然明るい所だったので視界が白く染まった。
「っ……ここは……」
手でひさしをつくって目もとを日陰にする。すると、徐々にではあるが周囲の様子が見えてくる。
明るすぎるほど光っている光源は魔力を流すと付くライトのようだ。それが天井からぶら下がっている。
白亜の自室より少し狭い部屋で、生活感に溢れている。ゴミ箱には大量の紙が入っており、幾つか飛び出してしまっている。
床は板張りで、ここにもゴミがすこし落ちているものの、不潔感はあまり無い。
本棚には分厚い本がぎっしりつまっており、取り出すのが大変そうだ、と白亜が思ったほどだ。白亜の本棚もこんな感じだが。
中央にあるテーブルはそれなりに大きく、ダイニングテーブルより少し広い程だろうか。
その上にはこれまた大量の紙や本、何らかの器具が置かれている。
「……研究室、もしくは図書室か?」
一目みてその感想が出てきた。
「今……何時だ?」
無意識にいつも時計を入れている胸ポケットを触る。が、その場所にポケットはない。それどころか、服が違う。
「あれ……?」
村雨もアンノウンもない。懐中時計まで無い。それどころか服もない。流石にピアスはそのままだったが。
顔を青くする白亜。基本的に全ての私物や大切なものは懐中時計に入っている。あれの中身をどこかに持ち出されたら古代魔法を解読されかねない。
基本的に何をされても白亜以外の人は出せないのだが。
「アンノウン……!」
周囲を見回す。どこにもない。白亜はこの部屋の一番端にあるベッドでなぜか寝ていたのだ。ここから見えなければこの部屋には無いことになる。
白亜は何故か言うことを聞かない足に無理矢理に力を込め、立ち上がる。
だが、かなりおぼつかない。ふらつきながら扉の前に辿り着き、ノブに手をかけて押す。すると、鍵はかかっていないようで、普通に開いた。
白亜が外に出ようとした瞬間、内臓を体の内からぐちゃぐちゃにされたような激しい気持ち悪さが全身を駆け巡る。
「なんだ、これ……」
無理矢理に立たせていた足から力が抜け、その場に座り込んでしまう。荒く息を吐きながら扉の前に手を出すと、勝手に手から力が抜け、脱力した状態になる。
ぼんやりと頭の回転が遅い事を自覚し、机の足を背凭れにするように座り直す。もう、立つ気力がない。
「クソ、どうなってるんだよ……」
白亜は激しい目眩を覚えた。




