「ハクア様はこの国がお好きですか?」
「はい。終了」
「あ、ありがとう……ございました……」
地に伏せながら息を整えるジュード。白亜は涼しい顔である。
「さてと……ルギリアさん達はどうしますか?」
「どうって?」
「これからどうするおつもりですか?」
「冒険者ってどんなもんなん?」
「依頼を受けてそれをやるだけですよ。護衛とか討伐、珍しいものだと事務的なこととかも」
「何でも屋ってことか」
冒険者は基本どんな依頼も受け付けている。たまに、暗殺なんかも混じることがある。勿論、明記はされない上に指名依頼としてくるのだが。
「俺たちにはあってるかもな」
「せやな。ハクアちゃん達もそうなんやろ?」
「ええ。私達は主に討伐や護衛の仕事を受けていますね」
逆に掃除とかしていたら面白いと思う。
「資金ならば私が用意しますので」
「なんでそこまで」
「………わからない?」
雰囲気がガラリと変わる。真顔で酷くやる気のない目をしている白亜が、軽く笑顔を作って半目をパッチリと開いている。
「シュナか?」
「うん。ちょっと意識さえすれば出てこれるの」
「それどういうことなんか?」
「白亜としての意識も私としての意識も混ざってて、入れ替わる訳じゃないんだけど、記憶を表に持ってくるの」
「記憶が表に出ている方の性格になるってことか」
「そういうこと」
シュナが白亜の知識も織り混ぜながら話すことが可能なのだ。
実は、最初は片方が出るともう片方の知識は引き出せなかったのだが、優秀な助手が頑張ってくれたお陰で両方の意識を混ぜることに成功したのだ。
いつもそうだがシアンに頼りすぎだと思う。
「これでも婚約者だよ?資金ぐらいは出してあげる」
「でもそれってハクアの金だろ?」
「うん。でも別に良いよ?お金なら一杯あるし、ね」
稼いでるので。それはもう使いどころに困るほど。
「それじゃ、ね」
その言葉を最後に、雰囲気がもとに戻る。
「師匠、今のが?」
「シュナ……シュリア・ファルセット。俺の前々世だな」
「へぇ……」
「ルギリアさん達は冒険者登録に行くんですか?」
「ああ。何か必要なものはあるか?」
「武器……あ。そうだ。…………まぁ、いいか」
何か言い出そうとしたが、面倒臭がったのか言うのをやめる。
「なんや?」
「いえ、ヴォルカさんって魔法具で戦うんですよね?」
「せやで?」
「それ、絶対に他の人には渡さないようにしてください。この時代では魔法具は珍しいものですので」
「お、おう」
サラサラと紙に何かを書き、四つ折りにしてルギリアに渡す白亜。
「紹介状みたいなものです。受付の人に渡してもらえれば口の固い試験官にみてもらえますので、襲われたくなければ必ず渡してください」
「物騒な言葉出てきたけど……判った。受付だな?」
「はい。読み書きは出来ないと先に言ってもらえれば向こうの方が代筆してもらえます」
古代文字しか読み書きできない二人なので。
「同盟、ですか」
「そうみたいですよ?」
庭師のクイアスと会話をしながら土いじりをする白亜。
「国王様は外交関係はとても慎重になられる御方ですから」
「そうなんですか」
「皇女様もそのために来たのに国王様は同盟は結ばないの一点張りだそうで」
「何故です?」
「私に聞かれましても。ただ、この国は出来てからずっとどの国とも深く付き合おうとしませんので」
内容は、皇女がこの国に来た理由だった。
他国との貿易もそれなりに盛んな国ではあるのだが、一切深く付き合おうとしない国でもあるのだ。
「ハクア様はこの国がお好きですか?」
「え?ええ。嫌いではないです」
突然の質問に戸惑いながら白亜が答える。
「国王様はそれがもっと強い。だから他国と付き合って寝首をかかれないようにしているんです」
「ある意味では鎖国、ですね」
「さこく?」
「鎖に国で鎖国。鎖で繋いでるかのようにして外との繋がりを断った国です」
「良い得て妙ですね。成る程、鎖国ですか」
概念はあっても鎖国と言う言葉は無かったらしい。
「それで、これから皇女様はお帰りになられるんですか?」
「滞在は今日までのご予定だそうですよ?聞いていませんか?」
「最近あまりここにいなくて」
「ああ。そういえばそうでしたね」
庭師なので王城内での噂は伝わりにくいのだ。
「こんなもんかな。明日紅茶にするつもりですので、良かったら三時頃にいらしてください」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
白亜はズボンについた土を手袋を取ってから払って落とし、ひと言クイアスに声をかけてから自室に向かっていった。
「――――!――――!」
「―――!―――――――――」
白亜の耳に声がいくつか届く。いつもは聞こえすぎると他の音が聞こえなくなるのでわざと遮断しているのだが、意識しなくても聞こえてくるということは相当大きい声なのだろう。
白亜はほんの少し意識を耳に集中させ、音を聞き取る体勢になった。徐々にハッキリしっかりと声が聞こえてくる。
「なにか来る!落ちてくる!」
「逃げろ!逃げるんだ!」
「アブナイ!」
風の声だった。白亜以外には聞き取ることの出来ない声。それがなにかが落ちてくると叫びながら避難していく。
風にも意思がある。しかし、滅多なことがなければここまで慌てたりしない。実態のないもののように見える風だが、白亜の耳には各々自我を持ち、走り回っているように聞こえる。
会話ができるほど、意識があるのだ。
白亜が光速で走れるのにはこの声を聞いて、風が少ないところを走っていくからである。
風が少ないところというのは空気の抵抗が少ないところで、白亜が全速力で走ってもあまりそれを感じずに走ることが可能だ。
その代わりに空気の抜け道を走っていくので実際は殆ど真っ直ぐ走れていない。
殆どの人が見ることができないが、ルギリアは見ることが可能で、白亜の走り方に少々疑問を感じているほど、かなりジグザグに走っていっているのだ。
「ここまで風が騒ぐなんて………尋常じゃない……!」
白亜は荷物を全部懐中時計にしまってから城に戻った。
「師匠?どうかしました?」
「なにかが落ちてくるって風が」
「え?」
それだけ言われると意味不明である。
「風?風がどうかしたの?」
「何かが落ちてくるって凄い騒いでる。ここまで焦ってる声は聞いたことがない。尋常じゃない何かが落ちてくる」
「風が騒ぐなんて珍しい言い方するのね?」
「皇女様……。この場合は本当にそのままの意味です」
「万物の呼吸ってやつかしら?」
「ええ。風は穏やかなことが多いのですが、この騒ぎ方は初めてで………っ!」
耳に意識を集中させ過ぎたのか、耳を塞いでうずくまる白亜。
白亜は元の身体能力が高いので下手に力を使うと逆に危ない。万物の呼吸は使いすぎると耳が暫く使い物にならなくなる上、全力で声を聞くとあまりの情報量の多さに鼻血が垂れるほど脳を使ってしまう。
しかも此方も暫くは耳が聞こえなくなるというペナルティー付きだ。
「ぅ……るさ……」
少しでも油断して力を使うと、こんな風に聞こえたくない音まで聞いてしまう。
今回の場合は白亜が動揺したせいで意識を集めすぎてひどい耳鳴りを起こしているようなものである。
聞こえすぎているのだ。
「師匠、落ち着いてください。深呼吸して」
「ゆっくりで良いから。はい、吸って、吐いて」
リンとジュードが見事な連携ぶりで白亜に小声で落ち着くように誘導する。
まだ万物の呼吸を使いなれていないときにはこれがよくあった。そこでリンとジュードが白亜を落ち着かせるように声をかけ始めたのが最初である。
小声で静かに語りかければ、白亜にはちゃんと届くのだ。
逆に騒ぐのはNG。聞こえすぎてなにも聞こえていないのだから余計に危険である。最悪錯乱した白亜が魔法を発動し始める。
「はい、吸って、吐いて」
まるで出産時の妊婦にする扱いのようだが、これが一番効果的なのだ。
ジュード達に声をかけられて少しずつ落ち着きを取り戻していく白亜。数十秒後にはゆっくりと呼吸をしながらその場で立ち上がった。
「すまない。少し制御できなかった」
「いえいえ。これが僕たちの役目ですから。それより、何かが落ちてくるんですっけ?」
「って言ってた。この力も良し悪しだけど」
耳を軽くトントンと叩きながら白亜が言う。
「いったい何が」
「風ってそんなに頭よくないから……。落ちてくるって連呼してるだけ」
「そっか。でもハクア君の能力を暴走させる位だから相当大変なことになりそうだね」
「……だな」
白亜が上に向かって魔眼を発動させたが、暫く目を光らせたあと、無言で首を振る。
「見えないとなると、本当に何が」
「判らないけど、風はある程度未来を予測できるから……」
「それでなんだね。皆にも伝えておいた方がいいよね?」
「ですね。僕、通信機で連絡します」
「私サロンの方に行ってくる」
「じゃあ俺はクイアスさん達の方に」
一斉にその場を動き始めた白亜達。しかし、皇女は残念ながら忘れられていた。誰も気付かなかった。可哀想なことに。




