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「シュナは……オレらを助けるために死んだんよ」

「そうだが……?」


 肯定する男……ルギリア・ファルセット。白亜だけが気づいたのには、訳がある。


「え!?壁画と全然違いますよ!?」

「そこなんだよな」

「え?わからないのに訪ねたんですか?」

「うん」


 もちろん白亜の言うことだから全部が全部勘ではない。


「ちゃんと聞こえたから聞いただけ」

「聞こえた……ああ、あれですか」

「そう」


 あれ、というのは万物の呼吸という能力である。周囲の声を聞き分け、会話することができるという、かなり便利だが使いどころに困る能力だ。


 心の声も聞くことができるので、それで何となく気づいたのだろう。


「オレは?」

「すみません。存じ上げません」

「なんで!?」


 関西弁の中でも標準語に近い少しおかしな関西弁(恐らくは三重弁や名古屋弁がごちゃ混ぜになっている)で話す男性が口を開けて唖然とする。


「オレ、結構知られてると思ってたんやけど!?」

「なにぶん勉強不足で」

「ならええけど。オレ、ヴォルカっていうんよ。ヴォルカ・リンブリッジ」

「白亜です。ハクア・テル・リドアル・ノヴァ」

「長いな」

「不可抗力です」


 無理矢理に近い感じでつけられたので。そんなこんなしていると、白亜の眉がほんの少し動いた。


「……来る……?」

「どうしましたか?」

「キキョウ、スターリ。それとお二方」

「はい(ん)」

「今から俺が言う方向に突っ走って」

「え」

「回れ右して真正面に!」


 白亜が叫んだので条件反射で全員がクルッと後ろを向いて走り出す。


「は、ハクアちゃん!?そんな乱暴な言葉使ったらあかん‼」

「そんなこと言ってる場合じゃないです!」


 白亜が後ろから来る何かを魔法で打ち落としている。


「一体何が!?」

「とにかく走って!不味い、数が多すぎるし息が……!」


 ポタポタと汗を滴らせながら白亜は後方に魔法を打ち続ける。


「!右に曲がって!」


 視線を前に戻した白亜が再び指示を出す。方向を変えると、遠くの方から何かが走ってくるのが見えた。


「あれは!?」

「アリです!軍隊アリ!」

「軍隊アリって」

「本来全長一センチ程の小型のアリですが……何がどうなったらああなるのか。しかも装甲が魔法を弾くみたいで斬るしか絶命は不可能だと思われます。吹き飛ばして戦闘不能にまで持ち込んではいますが、数が多すぎて対処しきれない」


 そういいながらも後方に向かって鎌鼬のような魔法を打ち続ける。汗を拭いながら必死で出口を探す。


「主!話せない?」

「無理だ!数多すぎて何言ってるのか全然わからないし、聞こえてきたとしても、飯だ、とかそんなんばっかりだよ」

「前からも来た!」

「はぁ、はぁ………」

「ハクアちゃん、もう限界やん」

「いえ、これぐらいは……。ただ、酸素が薄すぎる……はぁ、はぁ、はぁ」


 もう目の焦点が定まっていない。普通の人間がここに入っていたら数分で死に至るだろう。それほど薄いのだ。逆によく持っている方である。


「キシャアア!」

「ハクア様」

「十日ぶりの飯だとよ……」


 翻訳して話す白亜。その言葉に男二人が目を見開く。


「わかるのか?」

「虫だけですけど、ね……はぁ、はぁ、はぁ……ケホッ」

「主。もう休む」

「まだ魔力も大半は残ってるし……問題な……」

「駄目。寝る」


 スターリが白亜の口にハンカチを当てる。普段なら抵抗は勿論、薬品を吸い込んでも無毒化してしまう白亜だが酸欠でそこまで頭が回らなかったらしい。


 しかもこのハンカチに染み込んでいる薬品はメイドイン白亜である。効果は抜群だ。


 ハンカチを口に当てられた瞬間、なんなのか気付いたようだが時すでに遅し、白亜が力なく倒れ込むのも一瞬だった。


「流石ハクア様の睡眠薬ですね。一瞬です」

「ん。吸わないように気を付ける」


 ぐったりと全身から力が抜けてしまっている白亜を背に背負い、スターリが立ち上がる。


「だ、大丈夫なんかそれ……」

「ん。主軽い。栄養失調」

「そっちの方がヤバそうやけど……今は喋ってる暇無さそうやんな」


 ポケットからカードのようなものを取り出して前に構えるヴォルカ。何かを呟くとそれが短剣に変化する。普通なら目を丸くして驚く事だが似たようなことを白亜がよくやっているのでそのすごさに気が付かないキキョウたち。


「で、どうする?シュナ………じゃなかったな。ハクアが唯一出口を見付けられるんじゃ無かったのか?」

「ん。でも主これ以上戦う、危険」

「そうだが、これをどうする?」


 二メートルまではいかないにしても人の背丈はある位の大きさのアリである。しかも一匹や二匹ではない。まさに大群である。


「見付けました!あっちです!」


 キキョウが水を介して出口を発見した。しかし、出口に向かう方向はアリが塞いでしまっている。白亜が魔法で壁を作ったりすればよかったのかも知れないが、残念ながら今は熟睡中である。


「ヴォルカ!」

「任せてーな!そんじゃ、ぶちかましますか!」


 キキョウとスターリが首をかしげる中、ヴォルカが別のカードを取り出して、魔力を込めた。すると、カードの紋章が光り、次第に熱を持っていく。


「危ないから離れといてや!行くで!」


 カードをピッと前に出した瞬間、そこから大量の岩が放出され、凄まじい音を立てながらアリを潰していく。


「え」

「?」


 これは魔法なのか。キキョウが意味不明の魔法に唖然としているが、直ぐに通らないとまたアリに囲まれる。白亜が動けない以上、負担を与えるわけにはいかないので取り合えず先に進むことにしたキキョウだった。


 思考が半分停止していてもちゃんと体は動いていることが流石というべきなのだろうか。








「出たっ」


 穴から脱出したキキョウたち。どうやって垂直の穴を上ったかというと、ヴォルカのカードで風を起こし、それにのって上まで来たのである。


 とはいってもそんな簡単な事ではない。風というのはかなり不確かなものである。それに体を預けて空に浮くのは相当バランス感覚がよくないと落ちてしまうのだ。


 流石はスターリ達である。


「主まだ起きない」

「ハクア様が作ったものですから当然ですよ」


 白亜にとって不幸中の幸いだったのは、スターリが持っていたあの薬は眠って数時間の薬品だったことだ。


 数日の方を使われていたら最悪の場合何日も眠ることになるところだった。


「なんや、ここ。息しやすいな」

「綺麗だな………?シュナ?」


 壁画を見付けたルギリア達がまじまじとそれをみる。


「まさか、これルギ!?ギャハハハ!わ、笑いが止まらへん!ギャハハハ!」

「俺こんなに老けてねーよ!誰だよ描いたやつ!」


 そう。本物のルギリアは20代前半の体つきなのだが、壁画の方は40才程のオッサンである。


「それ言ったらここのなかで唯一ちゃんと描かれてるのシュナだけだな」

「せやなー。一番面白いのはルギやけどな!」

「うるせぇ」


 壁画を見て一喜一憂している二人より少し離れたところで白亜がスターリの膝枕の状態で寝かされていた。キキョウだと大きさが合わないので膝枕以前に潰されるだろう。


「みればみるほどシュナにそっくりやわ」

「シュナってそこの絵の?」

「せやな。『大魔導士』シュリア・ファルセット」

「ファルセット?」


 スターリが訊ねるとルギリアが嬉しそうに話す。


「俺の嫁だ。正式には結婚してなかったんだけどな」

「へぇ」


 嫁、といいながらデレデレするルギリア。スターリは心底どうでもいい。


「なんでやろな?ハクアちゃんとシュナがここまで瓜二つやと」

「ひとつ聞いても?」

「ええで?」

「最初ハクア様を見たときになんであんなに喜んだんですか?」


 そういった瞬間、二人の顔から笑顔が消え、ほんの少しではあるが気まずい空気が流れる。


「シュナは……オレらを助けるために死んだんよ」

「まだ死んだとは決まってないだろ!」

「あれだけの魔力を解放して!生きてられると思う方がバカやろ!」


 互いに声を荒げて怒鳴り付ける。


「シュナは……あのとき死ぬはずじゃなかったのに」

「そんなこと悔やんでも仕方ないやろ。戦争を終わらしたんもシュナやから、夢がかなって良かった喜ぶところちゃうんか?」

「お前がシュナの夢を語るな!シュナは……」


「はい。そこまで」


 二人の間に大量の花が咲き、何らかの攻撃かと勘違いした二人が大きく後ずさって構えをとる。


「ただの花なんで警戒しなくてもなにもしませんよ」

「なんや、起きてたんか」

「今貴方達の声で起きたところです」


 アンノウンを支えにしながら立ち上がる白亜。


「それと、お話しが有ります。が、もう時間も時間なので今日は休みましょう」

「主」

「日本組の使ってた屋敷借りればいいだろう」

「ん」


 流石に王城に不審者連れ込むほど白亜はやりたい放題していない。国王は気にしないだろうが、それでいいのだろうか。


 一件空き家があるのでそこ使えばいいだろう、という考え方が一般的である。


「それじゃ、一旦帰りましょう。貴方たちは帰れるんですか?」

「いや、…………帰り方が判らない」

「ええ。大体の予想はつきますので。取り合えず私の所有している家で今夜は過ごしてください」

「宿を取るぞ?」

「この時間だとどこも一杯ですよ?それにお金持ってるんですか?流石に物々交換は怪しまれると思うんですが」

「う………では、お言葉に甘えよう」

「はい」


 キキョウとスターリは、白亜の雰囲気がいつもと若干違うことに戸惑っていた。


 かなりよくなったとはいえ、未だに目は死んでいるし、言葉もとぎれとぎれになりがちである。


 その白亜が微笑を浮かべながら流暢に話しているのだ。違和感を感じないはずがない。


「「………?」」


 しかし、決定的になにかが違うというわけでもないので互いに顔を見合わせて首をかしげるだけである。

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