「シュナ、だよな?」
「それで、どうやって戦争を終わらせたんですか?」
「それがな……。知らないんだ」
「判らないの?」
「いや、知らないんだよ。判る判らないの範疇じゃなく、誰も知らない。記録も残ってないし、どんな終わり方をしたのかさえ、伝承にすらない」
そこまで白亜が言うと、スターリが首をかしげる。
「じゃあなんで傭兵団関係ある?」
「ここも殆ど解明されていないんだが、伝承その他、そこから先の記述が全部白紙なんだ。つまり、傭兵団が出てきた。って書いてあるだけでそこから先は無い。判らない、というより時間そのものが抜き取られてるみたいに」
「?」
「簡単に言えば、世界中どこを探しても、傭兵団が出てきてから戦争が終わるまで記録がないんだ」
だからこの壁画がなんなのか正直さっぱりだ。と軽く触れながら話す白亜。
「それって今から何年前の話なんですか?」
『約10億年前かと』
「10億年ですか………」
気の遠くなるような年月である。
白亜は部屋を観察しながら紙に何か書いていく。
「これが本当の歴史って言うのなら最後はここで終わるはずだ」
白亜が指差したところは、最初にキキョウが指差した白亜に瓜二つの女性が翡翠色の杖を掲げている絵である。
「これが最後?」
「時系列からみて、多分これだ。意味判らないが」
白亜は結んでいた髪を解き、アンノウンを全部繋げて絵と同じポーズをとる。
「わ。主だ」
「鏡みたいですね」
「偶然………にしては繋がりすぎな気もするんだよな」
後ろから見ていた二人の反応を聞いて白亜は絡まってしまっている髪を手櫛で解きながらなにかを思考する。
「これが最後ってことは魔法で戦争が終結したのか?」
『安直すぎないか?』
『しかし、壁画を信じるのならばそれが正しいかと』
議論を重ねながら適当に歩く白亜。すると、突然足元を見て飛び退こうとする。
「ハクア様!?」
「なっ……!?」
白亜が小さく悲鳴をあげたのとキキョウが白亜を呼ぶのは同時だった。言葉が発された瞬間、白亜の足元が落とし穴のように開いた。否、足元の空間が消えたのだ。
「ヤバ………!」
準備なしで空を飛べるほど白亜は万能ではない。落とし穴ならば落ちる瞬間に穴の端を掴めばいいのだろうが、白亜の足元が消えたのは半径二メートルほどの大きさである。
手を伸ばして届く距離でもない。
しかし、そこであっさりやられてやるほど白亜は優しくない。落ちたと認識した瞬間、重力魔法を体にかけ落ちるスピードを止めてからしたに向かって竜巻並みの風を起こす。
重力が無いくらいにまで弱くなり、風で軽々と白亜の体が浮き上がった。これで抜けられる。そう思った瞬間、穴のそこから真っ黒な蔓が飛び出してきて白亜の足を掴む。
「はっ!?」
いつも自分がやっているようなことをやられて白亜の思考が数瞬の間停止した。
「主!」
「ハクア様!」
二人が空中で動きが止まっている白亜に飛び付く。思考が一時停止している白亜はそれに気付かず、抱きつかれた瞬間に我に返ったが、時すでに遅し。
白亜の腰にまで蔓が巻き付かれ、なす統べなく引きずり込まれていく。ギリギリでそれを理解した白亜は両手を二人に回し、自分の方に確りと抱き寄せた。
「上等だ……この野郎」
額に青筋を浮かべながらポツリとそう言った。
キキョウが目を覚ましたのはスターリとほぼ同時だった。
「あ、れ……?」
「キキョウ?」
二人揃って事態を飲み込めない。なんだか柔らかいものに乗っていることを認識し、自分の下に目を向ける。
「ハクア様ぁぁあああ!?」
「主!」
二人に押し潰されて気絶寸前の白亜だった。落ちる直前に体を反転させて二人を衝撃からカバーした結果こうなったのだが。
「ああ……俺は問題ない……ケホッ」
「血が!口から血が!」
「大丈夫だって……。体勢変えたのがギリギリだったから口の中切っただけ」
それ以外の主に二人の体重によるダメージの方が数倍大きそうだが。
「ここがどこかまず調べ……ぁ」
立ち上がろうとした瞬間、まだ足に巻き付いていた蔓に引っ張られて再び引き摺られていく白亜。地面に叩きつけられたダメージ……というか二人を庇って下敷きになったときのダメージが大きかったようで、踏ん張りきれずに引き摺られていく。
「主!」
スターリとキキョウが走って追いかけると、白亜が空中で体勢を立て直したようで途中で黒い蔓がぷっつりと切れていた。白亜の手には村雨が握られており、ポタポタと水滴を滴らせている。
「大丈夫ですか!?」
「問題ない……。……少し疲れた」
荒い息を吐きながら額の汗をぬぐう白亜。ここまで消耗する白亜は殆ど見たことがない。
「主」
「大丈夫。ここの空気が合わないだけ……」
「空気?」
「酸素が薄い……。中身は精霊かもしれないけど体は人間だからな……。スターリとキキョウは人間じゃないから多少過酷でも問題ないんだろうけど」
極力消耗しないようにしていかないと、と呟きながら村雨を構える。
「とりあえず戻ろう。ここから先はどう見てもヤバイ」
「はい。ですが」
「?」
「帰り道ってどっちでしょうか」
「しまった……」
白亜は引き摺られてきたし二人は途中気絶していたしで帰り道など誰も覚えていない。
「どうする?」
「どうしようか……シアンは?」
『申し訳ありません。記録が追い付かず』
「なら仕方ないか」
白亜がその場を立ち去ろうとした瞬間、地面が眩く光り始めた。
「なんですか!?」
「二人共俺から離れるな!」
「ん!」
白亜は村雨を即座に鞘に戻してアンノウンを出す。村雨はアンノウンよりも斬りやすく、攻撃力が高い。アンノウンは村雨ほどの攻撃力は無いが、魔法の発動体にもなる上、分解して使ったりもできるので応用向きだ。
白亜がアンノウンを出したのは何を使ってこられるか判らないから。純粋な一騎討ちなどであれば村雨を使う。意外とサブウェポンとメインウェポンの使い分けをしている白亜だった。
「っ……?ここは……?一体……?」
光が収まったとき目の前に突如男が二人現れた。さらに警戒を強める白亜。
「まさか……転移魔法!?」
「いや、違う。転移ならここまで光らないし何より魔力消費率が高すぎる。………時魔法の一種だな」
「ん。主が苦手なやつ」
白亜は魔眼を発動させ、臨戦態勢だ。目の前の二人はまだこちらを見ていない。
「すみませんが、何者でしょうか?」
白亜がいつでも魔法を使えるように準備しつつ、そう話しかける。
「んぁ?……シュナ?」
「は?」
「シュナ、だよな?」
「?」
誰?と白亜が周囲を見回す。
「何方ですか?」
「お前……シュナだよな?そうだよな?」
「いえ、あの」
白亜が意味がわからずぼうっとしていると、男が数メートルの距離を座った状態から一瞬で縮めて白亜に抱き着いた。
「!?!?!?」
「よかった………よかったぁ………」
白亜の顔から血の気が少し引く。白亜がここまで接近を許したということは、少なくともレイゴット以上の強さは持っているということだ。
それは白亜と同程度なのか、それとももっと上なのかもしれない。まさに怪物である。
「そこおるんは……シュナ!?」
同じ反応をもう一人の男がし、同じように白亜の方へ来て抱きしめる。抱きつくのが流行ってるのか?などとどうでもいいことを考える白亜の横で激怒する影が二人。
「なにやってるんですか!?」
「離れろ‼」
スターリとキキョウの鉄壁の防御により引き剥がされる白亜と男二人。
「誰や?」
「こっちの台詞です!」
「主に近づくな。野獣」
「いや、野獣は酷いだろ……」
白亜が髪を結んで、二人の男の前に立つ。
「なんや、シュナ縮んでるやんけ!」
「残念ながら私は白亜という名前でして。貴方方のいってる人とは恐らくは人違いでしょう」
「シュナでは……ないのか」
「ええ。それで、ひとつお聞きします」
白亜は敵意がないと察したらしくアンノウンを腰に戻す。そして男たちを見上げて、
「貴方………ルギリア・ファルセットってお名前ではないですか?」




