「了解したんだが……これ大丈夫なのか」
紋様の中心から壁が割れるようにして奥の部屋へ道ができた。どこかの冒険映画のようである。
「なんか開いたな」
「反応薄いですね……。歴史的大発見になると思うのですが」
「ん。主は一杯発見してる」
「それもそうですね」
本来は古代魔法ひとつでも使えたらもう歴史的大発見である。もう日常茶飯事になってしまっているが。
「さてと。入ろうか」
『躊躇がないな。というか私を抜いてくれ』
アンノウン、一本置いていかれそうになった。引き抜いたら壁が戻ってしまうかもしれないと慎重に引き抜いたが問題なく引き抜けた。
「綺麗」
「なんだこれは」
白亜が珍しく絶句した。その場にしゃがみ、じっくりと見詰める。
「みたことがない花だ……。葉脈もないし………?根がない?植物の常識完全に無視してるな………」
作り物のような花。ガラスのように透き通った花弁に、引き抜いてもあるべき筈の根がない。歯には葉脈も見当たらない。
その植物学者が頭を抱えそうな花が数えきれないほど咲き誇り、地面を埋め尽くしている。
「っていうかここ、屋外じゃないよな……。温室か?」
「とりあえず進んでみましょう。まだまだ先はあるようですし」
「ん。行く」
花の常識破り度をあまり気づいてない二人と、何かあってもさらっと流してしまう白亜なので、まるでお決まりのように気にせず進んでいく。
『気温が下がってきましたね』
「天然の温室なんだろうな」
「ん。道」
スターリが先の方を指差すと大理石の道が見える。
『なかなかの技術力だな』
「ああ。ここまでいろいろやろうと思うと相当面倒だからな」
大理石の彫刻を観察しながら道を歩いていく。
「遺跡の中に遺跡ですか……」
『よほど隠したいことがあるのでしょうか』
「どちらにせよ、これは俺じゃ開けれないかもな……」
『どうしてだ?』
「魔力認証型のロックがかかってる」
「壊す?」
『それはやめた方がいいと思います。このタイプのロックは基本、無理に解除すると罠が作動するので』
白亜でも進めない遺跡の入口。鍵解除も試してみたが、反応しなかった。
「ここまでか」
『ですね。記録はとっていますのでご安心を』
白亜が無造作に遺跡の壁に触れると、白亜が目を見開く。
「主?」
「今………なにが………?」
触れた箇所を一歩離れた場所から見詰める。すると、周囲にノイズのようなものが走った。
【―――ザザ――……を、にん……かい……き……す】
「何て言った……?」
「聞き取れませんでした」
抑揚のない声がノイズ混じりでどこからか聞こえてくる。白亜達は声を聞き取ろうと必死に耳を澄ます。
【……を認証……徐の……します……か?】
「言葉が全然繋がらないな……」
『なにかを聞いているみたいですね』
『とりあえず答えてみたらどうだ』
「それ危険じゃないか……?」
何度か繰り返す度に何となく聞き取れるようになっていく。
【………の魔力……認証……解除……しますか?】
「なんか魔力を認証したみたいですね」
「だれの?俺たちの他にこの周辺に人は居なさそうなのに」
白亜の感知を掻い潜れる者はレイゴットと同程度か、それ以上の化け物である。いたらいたで大問題なのだが。
「お願いします」
とりあえず白亜がそう言ってみた。
【了解………魔法を解除………】
「了解したんだが……これ大丈夫なのか」
言った本人が一番驚いている。すると、壁が引き戸のように横にスライドされて奥へ入れるように動いた。
「これ……なんか凄く罠っぽいんですが大丈夫でしょうか」
「さぁ……?」
「とりあえず行く?」
一番行動力があったのは玄武だった。危機感がないと言うのが一番正しいのかもしれないが。
ここで悩んでても仕方ないという結論になり、なにが起こってもはぐれないように三人固まって中に入る。白亜は既にアンノウンを構えて戦闘体勢だ。
『魔法障壁準備しておきます』
「頼む」
寄り添って歩くので少し不格好ではあるが徐々に奥へ進んでいく。ちゃんと上がステンドグラスなので暗いこともない。
「なんか冒険してるみたい」
「冒険に近い………というかこれもう冒険じゃないでしょうか?」
「俺に聞くなよ……」
割りとリラックスした雰囲気で、それでもしっかり構えたまま歩いていくと、豪奢な扉にたどり着いた。
白亜は二人に目線を送ってからゆっくりとノブに触れる。すると、ピンッと金属が弾かれるような音がなったあとに、
【……ロッ……解除………】
相変わらずノイズ混じりの音声がなり、扉が開く。
「図書室……か?」
「そのようですね」
本棚が壁一面にあり、本がぎっしりとつまっている。白亜は一冊を手にとって開いてみたが、時間の経過による劣化が激しく、文字がかすれてほとんど読めない。
「これは読めないな……。古代文みたいだし、読めるところをかき集めても意味がわかるかどうか」
完璧に残っていても解読に苦労するものなのだ。穴だらけで読むのは相当大変だろう。
「まだ部屋ある」
「行くか」
さらに奥に部屋がある。かなり広い建物だったようだ。
「………」
部屋の戸を開けると、部屋一面に壁画が描かれている。床や天井にも描かれており調度品も置かれていない。
「これは………900年戦争のか?」
顎に手をやりながらじっくりと観察する白亜。
「あの……ハクア様」
「ん?」
「あれ……」
キキョウが指差す方を見ると、肩位まで髪の伸びた女性がこちらに背を向けて向こう側に翡翠色の杖のようなものを構えている絵が描かれていた。
背を向けている関係であまり見えないが、少しだけ顔を見ることもできる。
「俺……?」
「主?」
白亜に瓜二つだった。ただし、目は普通の黒色をしている。
『何故でしょうか。マスターは過去に行っていませんよね?』
「行ってない。未来の俺が過去に行ったっていうのならこういう可能性もあるが……それもないみたいだ」
「なんでわかるんですか?」
「いまここで俺が一生過去に行かないって決めたら、あの絵は変わるはずだから」
「そういうことですか」
白亜は過去には行っていない。では、何故だろうか。
「チカオラートに悪戯されたっていうのなら判らんでもないが……俺のこの顔は前世から変えていないからそれもないだろう」
地面の絵も見ながらじっくり考える白亜。
「ハクア様、これなんの絵ですか?」
「ああ、キキョウは知らないか」
それもそうだな、と独り言を言ってから白亜が話し始める。
「伝説や御伽噺の類いなんだが、魔法の文明が発達していた頃に大規模な戦争があってな……。人間国とか獣人国とか別れてるのはこの戦争が原因だと言われている」
スッと壁画に触れ、話し出した。
「自分の領土を作るための……生きる場を決めるための戦争。今よりずっと魔法文明が進んでいたからな。相当酷い被害をすべての種族が被った」
ここだな、と言いながら壁をコツン、と叩く。様々な種族が入り交じって互いに剣を構えたり魔法を撃っている絵だ。
「互いに相当強いからな。回復魔法なんかも相当効力が高かったから、どっちも早々死なないし。戦いは900年続いた」
「だから900年戦争ですか」
「そうだ」
「なぜそんなに長く続いた戦争が終わったのですか?」
「……ここから先はいろいろ説があってさ。魔王……レイゴットも生まれてないし、アンノウンも箱につめられてたらしいから不明なんだけど」
アンノウンが詰められていたというところをひどく問いただしたいが、今のところは我慢するキキョウ。
「この壁画に沿う説ならあるぞ」
んー、となにかを思い出す仕草をしてから再び話し出す。
「ある一団が戦争を終わらせたって話だな」
「ある一団?」
「確か、ルギリア。ルギリア傭兵団」
「ルギリア傭兵団……傭兵ってお金をもらって戦う?」
「そうだ。リーダーは緑色の髪に魔力視の魔眼を持つ、ルギリア・ファルセット」
こいつだ、と中央に描かれている男を指差す。金色の光を纏っているので、白亜と同じ聖の力を持っているのだろう。
「ルギリア傭兵団は種族関係なしに集まった腕っ節ばかりの集団だった。世界最高峰と呼べる力をもったやつらだな」
「それ、国に狙われないんですか?」
「狙われるさ。その次の日には国周辺の土地が無くなってたらしいけど」
「………」
まるで白亜みたいな傭兵団らしい。




