「天才、だな。やはり」
「デザートは結局どうするんですか?」
「そうだな……せっかく考えたものだし。俺の名前は伏せて提供しようか」
「良いんですかそれで」
「いいんじゃない?俺は喜んでもらえりゃそれで良いんだよ」
流石は白亜である。あんなことを言われてもぶれていない。
「災難だったな」
「キアスさん」
「お前さん等の飯だ。この国じゃあんなやつらは殆ど居ないんだがな。他国だとそうもいかねぇ」
「ええ。判ってますよ。だから部屋を出たわけですし」
「前々から思ってたが、お前のその思いきりのよさはなんなんだ?」
「私に言われましても」
ここまで思いきりがいいのは白亜くらいである。しかもいじめや罵倒を全く気にしないのも流石である。
「デザートは作ってくれるよな」
「ええ。それは一応。ですが、食べていただけないのも嫌なので」
「判ってる。名前を伏せるんだろ」
「お願いしますね」
白亜達は別室で会話をしながら食事をする。因みに、食堂の方では、
「「「………………」」」
誰も喋ることなく、静かに黙々と食べ進める。空気が重すぎる。たまに、かちゃ、と食器のなる音がするだけで無言である。
すると突然国王が料理を届けに来たキアスに、
「あちらはどうだ?」
「あちら………ええ、それはそれは楽しそうに」
「そうか」
と訊いたものだから、周囲に丸聞こえである。
「あちら、とは?」
「先程出ていった者達だ。あやつらはいつも何かしらやるからな………」
問題児扱いである。その筆頭が白亜と言うのもなんとも言えない感が漂っているのだが。
「あの銀髪の女の子は一体?」
「ハクアを女と見抜いたのは貴女ぐらいだ、皇女」
「違うの。前に一回会ったことがあって。あの子のこと、教えてもらえないかしら」
「ハクアを、か……」
なんと言えば良いのか、と暫し考え、
「天才、だな。やはり」
「天才」
「あやつにやらせて出来ないことは殆ど無い。どれも完璧にこなせてしまうのだ」
「どんなこともそつなくこなせるのではない。全て完璧なのだ。天才とはハクアの為にある言葉だと思える程に」
勿論白亜にも出来ないことはある。だが、そんなものは他でカバーしてしまうのだ。
ゲームが苦手なら計算で、人と話すのが苦手なら契約獣で。なんでも出来るからこそ出来ないことを完璧にカバーしてしまう。
「だからだろうな。息子はハクアを師に選んだ」
「子供なのに」
「子供だ。息子も、ハクアも。だが、ハクアはただの子供ではなかった。それを見抜いた息子も流石なのだろうが」
全員が食べ終わったとみたキアスがパン!と軽く手を叩く。
「きゃ!ビックリした……」
「申し訳ございません、皇女様。デザートでございます。フルーツクレープのバニラアイス添え。飾りは飴でして、全て食べることができます」
「凄い………!」
白亜が作ったデザートが運ばれてきた。皆、そのクオリティーに言葉を失っている。
「これは………成る程。作るのに少々時間がかかったのは飴細工とこのピリウィルだな?」
「ええ。ピリウィルは皮が硬く、包丁では歯が立たないと言われているので……特殊な方法で皮の方にも細工を」
言いながら内心で白亜に舌を巻くキアス。ピリウィルは岩のような硬さをもつ皮の柑橘類だ。
甘くて少し酸味があり、実自体も柔らかいのでフルーツの王様と呼ばれるが、その皮の硬さから加工が難しく、森の奥にあるような果物なので人工栽培が確立されていない。
とても貴重な果物なのだ。
なぜ、白亜がそれを平然と調理できるのか。理由は単純である。誰にも言っていないのだがエリウラの森に大量に生えているのだ。白亜ならば指先一本で岩も簡単に切れるので加工もお手の物である。
「これは……素晴らしい」
「こんな菓子は食べたことがない」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。作った本人は今食堂を追い出されて別室で楽器演奏中である。
「甘いのに溶けるみたいに無くなっていく。これは本当に飴細工なのか」
「美味しい………」
キアス、ドンマイ。またチャンスあるよ。と後に友人に言われたらしい。
「これを作ったのは料理長か」
「い、いえ。別の者です」
城で働いてもいない上に平民なのでなんとも説明し難い。
「料理人として雇いたいくらいだ」
「ほ、本人に伝えておきます………」
キアスはそろそろ限界である。自分ではなく、職人でもなんでもない白亜が作ったものが最も評価されているのだから、それも当然なのだろうが。
「会えないんでしょうか?」
「あ、え」
「直々にお願いしたいのです」
「…………」
皇女にそう言われてキアスの目線が国王にスライドしていく。もう国王に任せるらしい。
「会えるには会えるが………」
「なら、お願いしても?」
「むぅ……優秀な人材を引き抜かれてもな」
「本人の意思を第一に考えます」
「………付いてくるか?」
「ええ!」
国王がゆっくりと食堂を退室する。その後ろを皇女とその御付きがぞろぞろと。皆気にはなるのだろう。
暫く進むとどこからかピアノの音が響いてくる。
「なんの音でしょうか?」
「楽器だな。この時間になるとたまに弾いているのだ」
「吟遊詩人ですか」
「………吟遊詩人ではないのだが」
だんだんと広めの部屋に近付いていく。声や足音、何よりピアノの音が扉の向こう側から聴こえてくる。
「この中に料理人が?」
「うむ」
ガチャ、と音をたてながら扉が開く。その先では、巨大な黒い楽器を普段の無表情+やる気が無い目は一体どこにいったのかと問いたくなるほど穏やかな顔をして白と黒の鍵盤を弾く白亜がいた。
軽やかで弾むような曲を聞きながら酒や菓子を食べつつ話す者や、ピアノのハンマーの動きを不思議そうに見詰めるもの、既に酒を飲みすぎて顔を赤くしているもの。
白亜の配下達や城の使用人達である。
「なんと……!」
「楽しそう!」
皇女は目を輝かせている。
「それで、あの子って吟遊詩人だったの?」
「言ったであろう?全てにおいて完璧だと」
「ってことはまさか」
皇女が何か言いかけると、流れていた曲が終わった。弾いていた白亜が国王の前に歩いていく。
「国王様。どうかなされましたか?」
「先程のデザートの話だ」
「お気に召しませんでしたか。やはりもう少しアイスの量を増やした方が良かったでしょうか?」
「いや、あれは最高だった。その先の話なのだ」
首をかしげる白亜。背が低いのでどうしても皆を見上げるような格好になってしまうのは仕方がないだろう。
「先、といいますと」
「こっちで働いてくれないかしら」
「皇女様。しかし、私は料理人でも菓子職人でもありませんので………。身分も平民ですし」
「そこなのよね……」
ちらり、と傍らの太った貴族に目を向ける。ばつが悪そうに目を逸らした。なんだかんだ言って彼も白亜のデザートを絶賛していたので。
「もし、平民でも良いって言ったら来てくれる?」
「………いえ。それでも納得されない方もいらっしゃるでしょうし、何よりまだ右も左もわからぬ若造でして。弟子を放り出すわけにもいきませんし、申し出は大変嬉しいのですが、断らせていただきます」
「………そう」
白亜が右も左もわからぬ若造ならば相当大人は出来る人でないといけないだろう。




