「君なら……何を選ぶのかな?」
「おい、起きろ」
「ふぁ!?」
白亜が蹴り飛ばす。
「なんでコロポックルがいる?それと、なんで何も教えないんだ?」
「質問は少し待ってくれ。あと二時間寝たい」
「へぇ………?」
「いや、なんでもない」
白亜が右足を軽く持ち上げたので焦った様子でそういう。
「それにしても、君、どうやって入ってきてるの?ここ来るのに相当パスワード必要だったでしょ?」
「あれくらい解ける」
「君やっぱり怖いよね!」
カチャカチャと鎧を擦らせる音を響かせる。
「僕これでも最高神だよ?君の親だよ?」
「知るか。親なら親らしくしろ」
「相変わらず酷いなぁ……」
「チカオラート。あの世界……地球をもとにして創られてるだろ?」
「なんで?」
「色々と、な。遺跡のごちゃ混ぜ言語もそうだし、魔物も大抵は俺が知っているような地球から見ればポピュラーなものだし」
ふふん、と鼻をならすチカオラート。
「逆の可能性だってない?こっちを地球が真似したっていう」
「そうだとしても関係ないからどうでもいい」
「あ、そう」
白亜にとってはあっちとこっちになんの繋がりがあるのか知りたいだけなので、どっちでも構わない。
「君が知らないだけだよ。そっちの世界にはまだまだたくさんの魔物や種族がいる」
「臨機応変に、ってことか」
「そういうこと」
白亜は酷くやる気のないような目をチカオラートに向ける。
「魔物が増えてるのはどういうことだ」
「気付いてたのかい?」
「当たり前だ。周辺の魔物の数ならこまめにチェックしている」
「わぁ……」
学者でもやらないことをやっているのだ。魔物は数の変動が激しいため、多少増えたり減ったりしている程度では誰も気づかない。
「僕にもわからないんだよね」
「最高神なんだろ」
「こういうときに使うのやめてよ。最高神でも判らないものは判らないんです。忘れてるようだから言うけど君も神族だからね?」
「なんかやだ……」
「毒舌に磨きがかかってない?」
とことんチカオラートを嫌っている白亜だった。神官等が見たら即倒するだろう。
「わからないなら良い。帰るぞ」
「本当に君には神様に感謝とかしないよね………」
「悪魔と契約した人間にそれを求めるか?」
「それもそうだね」
白亜は自分から堕ちたのだ。感情や寿命までを全て捨てて。いっそ潔いくらいのものだ。
白亜はコンビニ寄って帰るような気軽さで帰っていった。
「彼、気づいてますかね?」
「さぁ?天然だから気づいてないかもよ?」
「そうでしょうか?ここであの話題を出さないのも気になりますし」
「それもそうだけど」
「もし気づいていなくても彼ほど頭がよければいずれ気づくでしょう。全部任せるおつもりで?」
「うん。あの子は優秀だからね」
「可哀想ですね。では、準備をしておきます」
背から羽が生えた天使が、静かに部屋から出ていく。チカオラートはそれを見送ってニヤリと笑う。
鎧が擦れて音がなる。
「君なら……何を選ぶのかな?」
白亜はコロポックルとの対話を試みていた。
「******」
「あー。えーと*****?」
「*******」
「全然わからない………」
なんとかそれなりに理解できるものの、あってるかどうかさえ不明なのでどうしようもない。
『訳しましょうか?』
『やれるなら早く言ってくれ……』
『マスターが必死だったので、言いづらくて』
『頼む』
白亜の右目にシアンが訳した言葉が浮き出てくる。
「もしここを手に入れたとしてどうする気だ?」
そう書かれている。
「ん……。単語が浮かばない……」
『もう見てられません。代わります』
「え?」
白亜の体から一瞬力が抜け、周囲がぎょっとする。スターリが白亜の腕を掴んで倒れないように支える。
「主!」
「…………すみません。少々入れ替わりに時間がかかってしまいました」
「…………?シアン?」
「ええ。お久し振りです。スターリ」
顔に黒い模様を浮かべながら白亜―――否、シアンが満面の笑みで答える。
「マスターはこの言葉を殆どご存じでないので、私が対応します」
「ん。助かる」
唯一言葉が判る白亜がたどたどしいので。
「*******?」
「*****」
「******!***!」
コロポックル達と会話し始めるシアン。誰も会話を聞き取れないので完全に暗号である。
シアン達が話し始めて、三十分。
「交渉が成功しました」
「!」
「これでエリウラの森は開拓可能です」
「何を話した?」
「内緒です」
「?」
本当に何を話したのか。コロポックル達が葉っぱのようなものに木の実を乗せて差し出してくる。満面の笑みで。本当に何をしたのか。
「さてと。マスターの魔力も消費しますのでここまでで私は戻りますね」
「ん。ありがと」
「これも私の仕事ですから」
スッと顔から黒い模様が消える。それと同時に白亜の体がしたに下がる。スターリが受けとめる前に自分で立ち上がったが。
「凄いなシアンは………。シアンさえいればなんでも上手く行く気がする」
『勿論です』
得意気にそう言うシアンに少し苦笑した白亜だった。
「そういえば。スターリ。大会の優勝商品どうするんだ?」
「持ってる」
封筒に入ったそれを白亜に渡す。
「これはスターリが持っておけ。お前のものだろ?」
「私のものは主のもの」
「格言か、それは……」
主人思いの配下である。
「俺は良いから。いつ使うかもわからんがお前が持っておけ。好きに使うと良い」
「ん」
冒険者を一人、雇うことが可能になる権利書だ。相当の価値がある。
白亜は窓の外を見て、風に揺れる花々を観察する。
「あ。そういえば今日ってカモミール収穫するつもりだったんだ」
「カモミール」
「行くか?」
「ん」
二人で外に出る。いくらか庭を歩くと、草が生えている畑に着いた。ここ、実は白亜のハーブ畑である。
白亜がハーブティー好きなので鉢で育てていたのだが、ほんの少ししか育たないのを見かねた庭師が白亜の畑の場所を開けてくれたのだ。
ハーブはパッと見ただの草なので雑草と間違われがちだ。白亜の畑だと知らずに草原と勘違いされてしまうことが多々あったので今では【ハクアの畑】と立て看板が立っている。
立てたのは白亜ではなくリンなので字が非常に可愛らしいことになっているのだが。
「咲いてる」
「いい感じだな」
小さくて白い花が白亜の畑の一角を埋め尽くしている。
「ハクア様、スターリ様。こんにちは」
「クイアスさん。こんにちは」
「こんにちは」
庭師のクイアスである。白亜のハーブ畑をたまに見に来てくれるので白亜と仲が良い。
「いい感じに育っていますね」
「はい。五分の一ほど収穫しようかと」
「収穫」
「そうですか。お手伝いしましょう」
「ありがとうございます。また今度お茶にするので宜しかったらどうぞ」
「ありがたくいただきますね」
白亜の作るハーブティーはかなり美味しいと城内で評判である。白亜が周囲の使用人達に配るので。
お菓子なんかも作って添えるので白亜のハーブ収穫時期になると城内では至るところに椅子とテーブルが意味もなく廊下に並べられたりする。
シェフさえも舌を巻く腕前なのだ。シアンがレシピを作っているし、白亜は目分量でもグラム単位で量れるので美味しくできるのは当然だったりするのだが。
「そういえば、今日はお客様が参られるらしいですよ?」
「お客様?謁見希望の方ではなく?」
「ええ。他国からの招待客だそうです」
「招待客……なんのために?」
「私にはわかりかねます。一介の庭師ですから」
「そうですか………。ん?」
白亜の手がピタリと止まる。
「招待客ってことは城内に泊まるんですか?」
「ええ」
「なにも聞いてないんですが……」
「ハクア様が森に出向いているときでしたからね」
「そうですか」
誰かが泊まる。それは、人付き合いが苦手な白亜には難易度が高いのである。城内は広いから会う確率も低いのだが、食事は使用人も一緒にとるという決まりがあるので確実に出会うことになるのだ。
「面倒じゃない人だったらいいなぁ……」
「面倒?」
「冒険者を見下してくるとか、割とあるじゃないですか」
「ああ、ハクア様は冒険者でしたね」
「え?じゃあ私のことなんだと?」
「第二王子様のお師匠様」
「ですよね」
むしろそれで王城に住めているのだから、人生どっちに転ぶか判らないものである。